耐酸性細菌を利用した有用金属リサイクルシステムの開発に関する基礎的研究
概要
5G通信技術を基幹として、Internet of Thingsを活用したスマート社会を実現するため、通信インフラストラクチャーや電気自動車等の電化製品に使用される電子機器、部品類の需要は急速に拡大している(Halada et al. 2008, Elshkaki et al. 2018, Xu et al. 2020)。これらの電子機器類にはCuやCo等の重金属が多く使用されており、廃棄の際に適切な処理を行わないと環境汚染を引き起こす可能性がある。また、有用金属の安定供給や、持続可能な社会の実現の観点からも、廃棄される電子機器類のリサイクルの重要性が高まっている(Zhang et al. 2017)。
現在、電子廃棄物からの有用金属のリサイクルは、高温で金属含有廃棄物を加熱還元し、合金を得る乾式処理と、酸などにより金属を浸出したのち、中和沈殿、溶媒抽出や電気回収などにより金属を分離回収する湿式処理が主流となっている。乾式処理はエネルギー消費が大きく、リサイクル可能な金属の種類も限られる。湿式処理は回収効率が良いが、多量の有機溶媒、中和剤を必要とし、廃液処理などの必要が生じる(Zhang et al. 2012, Polyakov and Sibilev 2015)。また、技術の進歩とともに、電子機器に使用される金属の種類や組成は変化し続けており、様々な金属を含む廃棄物から、各種の金属を効率的に分離回収する処理システムが望まれている。
環境負荷を低減した湿式処理法として、細菌を用いた金属分離回収法が研究されてきた。しかし、その多くは中性条件下で行われており、上流工程である強酸性条件下における金属浸出とは隔たりがある(Markou et al. 2015, Rizvi et al. 2020)。強酸性条件下では、(1)金属の吸着効率が低下する(Chenetal.2005)、(2)従来の細菌の単離培養法が使用困難である(Johnson 1995)、等の問題点があり、強酸性条件下で高効率に金属を回収する細菌の探索や、金属浸出液に近い条件下での細菌を用いた金属回収法の開発は十分に行われていない。
以上の背景を踏まえ、本研究では、「強酸性条件下で金属を選択的に回収可能な細菌のライブラリーを構築し、それらを組み合わせて、電子廃棄物からの有用金属の選択的リサイクルシステムを実現する」コンセプトを構想した。
これを実現するため、まず、強酸性条件下で利用可能な有用細菌の探索を目的として、現行法の限界の把握と、新規培養法の開発を行った。現在主流の微生物単離培養法である寒天平板培養(AP)法と、酸性条件下で使用可能とされるゲランガム平板培養(GP)法について、破断応力を指標とした定量的評価法を確立し、強酸性条件下における使用可能限界を解明した。この結果、pH1.0の条件下で、AP法およびGP法を長期間の単離培養に用いるのは困難であることが示された。これを踏まえ、代替法としてSCF法を用いた単離培養法を確立した。SCF法を用い、pH1.0の条件下で4 weeksの単離培養を行った結果、pH1.5以下でのみ生育可能な好酸性細菌を単離培養できた。
次いで、中性条件下で生育可能な耐酸性細菌に着目した。強酸性条件下における生存能力を選択圧としたスクリーニング法として、pH変動培養法を開発した。本法を用いてEnterobacte rkobeiと相同性の高い耐酸性細菌を単離した。好酸性細菌と比較して生育が速く、培養時に酸性廃液が発生しないことから、本研究の目標とする有用金属リサイクルシステムには耐酸性細菌を用いるのが適していると判断した。
pH変動培養法を基に、1)菌体の生産が容易、2)強酸性条件に耐性を持つ、3)金属に耐性を持つ、4)強酸性条件下で種々の金属が回収できる、の4条件を満たす耐酸性金属回収細菌のスクリーニング法を確立し、中性環境から5菌株を単離した。Co, Cu, Mn, Ni, Liを含むpH1.5の模擬金属浸出液を用いて、強酸性条件下における各菌株の金属回収能力を評価し、比較に用いたMicrococcus luteus JCM 1464株も含めて、耐酸性金属回収細菌ライブラリーを構築した。
ライブラリーの菌株を用いて、強酸性条件下における金属回収系を構築した。先行研究と比較して高い金属回収率を実現したが、各菌株の金属選択性は低く、模擬金属浸出液中の金属の分離回収は困難であった。次いで、金属を回収した菌体を集菌し、中性の脱離溶媒に再懸濁して金属イオンを脱離する、金属脱離系を構築した。5%(w/w)グリシン溶液を脱離溶媒として用いて、中性条件下での金属脱離処理を行った。蒸留水による脱離処理の結果と比較して、Cuを選択的に脱離可能であった。本研究で構築した、耐酸性細菌を利用したリサイクルシステムのモデル系を溶媒抽出法(Provazi et al. 2011)や選択的沈殿法(Chen et al. 2015)と比較すると、リサイクル率が低く、現状では高コストであるものの、有害物質を使用しない、中和剤等の添加物量を低減した点等で、環境負荷の低い方法であることが示された。
本研究では、強酸性条件下における有用細菌スクリーニング法を開発し、獲得した細菌を利用して、有用金属リサイクルシステムのモデル系を構築した。一連の結果により、新規かつ持続可能な有用金属リサイクルシステムの実用化に向けた第一段階を達成したとともに、従来法では実現困難であった有用細菌スクリーニング法を提案した。本研究の成果は、使用済み金属の再資源化という社会課題の解決のみならず、未培養微生物の獲得や、従来知られていなかった生物機能の解明等、特殊環境下における細菌に関する学術研究の発展にも貢献しうるものである。