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大学・研究所にある論文を検索できる 「微生物触媒を用いた電気と空気からのアンモニア合成法の開発」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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微生物触媒を用いた電気と空気からのアンモニア合成法の開発

山田 祥平 東京薬科大学

2022.03.18

概要

化石の資源枯渇や地球温暖化などが顕在化する現在、地表にある資源を循環して利用する持続可能な物質生産プロセスの確立が望まれる。特に空気中のCO2やN2を原料とした有用物質の生産に大きな期待が寄せられているが、これらのプロセスには多くの還元力とエネルギーが必要になることが課題である。近年、電気化学活性細菌(electrochemically active bacteria, EAB)が発見され、太陽電池とEABを組み合わせた物質生産プロセスを構築することで、光合成と比べて約5~10倍高いエネルギー変換効率を達成できると試算されている。EABを利用した物質生産プロセス(微生物電気合成)では、電極から電子が供給され、同化反応(炭素固定や還元的代謝など)のための還元力として利用される。そのため、国内外でEABの基礎的知見の拡充や応用技術開発に向けた研究が盛んに行われているが、これらのプロセスは未だ実用化されていない。

学位申請者は化石燃料に依存しない工業生産を創出すべく、好酸性鉄酸化細菌Acidithiobacillus ferrooxidansを用いた新たなバイオプロセスの確立を目指している。A. ferrooxidansは炭酸固定に加えて窒素固定を行う能力を持つEABである。さらに本細菌は低pHで培養可能なために、コンタミネーションのリスクが低く、また物質生産に必要なプロトンを効率よく供給できるという利点を持つ。A. ferrooxidansのこれらの特性を活かせば、空気と電気を主原料にした持続的な含窒素有機化合物の生産が可能になると期待される。その最初のステップとして、本研究ではアンモニアの微生物電気合成プロセスの確立を目指した。アンモニアは化学肥料の主成分であり、食糧生産に必須な物質であるが、現状のアンモニア生産法(ハーバー・ボッシュ法)には莫大な化石燃料を要するという課題がある。一方、A. ferrooxidansの窒素固定能を利用すれば、省エネ型のアンモニア電気合成プロセスを開発できる可能性がある(図1)。

しかし、生物学的窒素固定反応には多くの還元力とATPが必要なため、一般的に微生物は窒素固定能(ニトロゲナーゼ活性)を厳密に制御しており、自身の生育に必要な量以上のアンモニアを合成しない。したがって、微生物にアンモニアを余剰に合成させるためには、窒素固定制御系の解除が必要となる。ゲノム解析の結果から、A. ferrooxidansにもニトロゲナーゼの発現を制御すると推定される遺伝子の存在が示唆され、本細菌の窒素固定系も厳密な制御を受けていると推定された。しかしながら、本細菌の窒素固定の制御メカニズムが未解明である点や、高効率な遺伝子操作技術や電気化学培養法が十分に確立されていないことが、上記のプロセスを確立する上での障壁となっている。そこで本研究ではA. ferrooxidansのニトロゲナーゼ遺伝子の発現制御機構を解明し、その知見を元にした遺伝子改変や高効率電気化学培養法を開発することで、微生物電気化学プロセスの基盤を確立することを目的とした。研究概要は以下のⅠ~Ⅳに記す。これらの研究成果は空気と電気を主原料にした持続的物質生産系の構築に向けた第一歩になるものと考えられる。

I) A. ferrooxidansにおけるNifA転写因子の機能解明(論文準備中)
A. ferrooxidansのニトロゲナーゼ遺伝子(nifHDK)の近傍には転写制御因子をコードすると推定される遺伝子(nifA)が存在し、その遺伝子産物が窒素固定系の制御に関与していると予想された。そこでnifAを過剰発現させたA. ferrooxidans変異株(nifA-OE株)を作製し、窒素源(NH4+)存在下と非存在下における遺伝子発現プロファイルを対照株(VC株)と比較することにより、NifAの窒素固定制御系への関与を調べた。DNAマイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析の結果、野生株においてnifHDKの発現が窒素源存在下で顕著に抑制されることが示され、A. ferrooxidansにおいてニトロゲナーゼが厳密な発現制御を受けることが確認された。一方、nifAはnifHDKほど顕著な発現変動を示さず、恒常的に発現していると考えられた。nifA-OE株においてもnifHDKの発現は窒素源存在下で抑制されたが、その発現量はVC株よりも約2倍高かった。また、窒素源非存在下ではnifA-OE株におけるnifHDKの発現量はVC株よりも約30倍高かった。さらに、nifA-OE株ではnifHDK以外にも多くの窒素固定関連遺伝子の発現量が増加していた。以上の結果から、nifA-OE株はVC株よりも高いニトロゲナーゼ活性を示すと予想された。そこで、nifA-OE株とVC株のニトロゲナーゼ活性をアセチレン還元法により比較した。窒素源存在下ではnifA-OE株、VC株ともにニトロゲナーゼ活性が検出されなかったが、窒素源非存在下ではnifA-OE株はVC株の約3倍のニトロゲナーゼ活性を示した。以上の結果から、nifAの過剰発現によりA. ferrooxidansのニトロゲナーゼ活性を増強できることが示された。nifA-OE株においても窒素源存在下ではニトロゲナーゼ活性が抑制されたことから、NifAは窒素源の有無を直接または間接的に感知するセンサーとして機能し、窒素源非存在下でニトロゲナーゼ遺伝子の発現を活性化することが示唆された(図2)。

次にnifA-OE株を電気化学培養し、アンモニア合成を試みた。その結果、VC株は培地中にNH4+を蓄積しなかったのに対して、nifA-OE株は有意にNH4+を蓄積した。さらに、NH4+の同化を担うグルタミン合成酵素を阻害するL-methionine sulfoximine(MSX)を添加し、細胞外へのNH4+の分泌を促した。その結果、VC株、nifA-OE株ともにアンモニア生産速度が顕著に増加したが、nifA-OE株はVC株よりも多くのアンモニアを生産した。また、アンモニア生産量は非通電条件(OC)よりも通電条件(+0.2Vvs.標準水素電極(SHE))下の方が多かったことから、アンモニア合成は電気エネルギーに依存していることが示された。これらの結果から、nifAの過剰発現によってA. ferrooxidansの窒素固定能力が大幅に向上し、これにより大気中の窒素と電気からのアンモニア生産が促進されることが示された(図3)。

II) 高効率な電気化学培養法の開発
本プロセスの実用化を見据えた場合、電気培養槽の低コスト化とアンモニア生産速度の向上が必須である。現行の二槽式電気化学セル(図1;特許6919880号)は高価な陽イオン交換膜を必要とし、また長期運転に伴って膜の劣化が生じるため、低コスト化が難しい。そこで膜のない一槽式電気化学セルの使用を検討した。電極電位は参照極に対して+0.2Vvs.SHEに印加し、二槽式および一槽式電気化学セルにおいてA. ferrooxidansの培養効率を比較した。この際、初期Fe2+濃度を0mM〜36mMの間で変え、各条件における電気培養後の菌体量を測定することで、投入エネルギー(電力)に対する菌体増殖効率を算出した。その結果、Fe2+濃度を5mMとした場合の一槽式装置において最も高い増殖効率が得られた(図4)。

III) A. ferrooxidansにおける遺伝子抑制技術の確立(研究業績1)
A. ferrooxidansによるアンモニア生産速度の向上には、高い窒素固定能を持つ遺伝子改変株の作出が重要となる。しかし、本細菌は遺伝子操作が困難であり、遺伝子機能の解明や分子育種がほとんど行われていない。そこでゲノム編集法(CRISPR/Cas9)の応用技術であるCRISPR干渉法(CRISPRi)を用いて、A. ferrooxidansの遺伝子発現抑制技術の開発を試みた。本手法の確立にあたり、標的遺伝子としてnifH(ニトロゲナーゼ還元酵素)およびcyc2(鉄酸化に関与する外膜シトクロム)を選定した。まず、広宿主プラスミドpBBR1MCS-2に、ヌクレアーゼ活性を欠損させたCas9(dCas9)をコードする遺伝子、および標的遺伝子に対するsingle-guideRNAをコードする配列をクローニングした。次に構築したプラスミドを接合伝達によってA. ferrooxidansへ導入したところ、これらのプラスミドを保持した形質転換体(Kd_nifH株とKd_cyc2株)を得ることに成功した。Kd_nifH株の表現型を調査した結果、対照株(VC株)と比較して窒素源枯渇条件でnifHの発現が50%減少し、増殖も同様に低下した。またKd_cyc2株表現型を調査した結果、Kd_cyc2株はFe2+を含む無機塩培地においてVC株に比べて明らかな鉄酸化の遅延を示すことが確認された(図5)。これらの結果から、本研究で開発したCRISPRiシステムによってA.ferrooxidansの遺伝子発現が抑制され、本細菌の表現型が変化したことが示された。本研究は鉄酸化独立栄養細菌において初めてCRISPRiを適用した例であり、これによりCRISPRiシステムがA. ferrooxidansの遺伝子解析に有用な遺伝子発現抑制株を構築するための効率的な技術であることが示された。

IV) 高効率培養槽・遺伝子改変株によるアンモニアの電気合成
上記Ⅱ、Ⅲより、A. ferrooxidansにおいて、現行の培養法と比較して低コストかつ高効率な培養法の確立、および標的遺伝子を特異的に発現抑制する技術の開発に成功した。そこでこれらの技術を統合し、アンモニア生産の高効率化を試みた。A.ferrooxidansのアンモニア生産能力を高めるためには、窒素固定制御系の解除が重要となる。多くの細菌において、DraTによる翻訳後修飾によりニトロゲナーゼ活性が抑制されることが知られている。A. ferrooxidansのゲノムにもdraT遺伝子が存在するため、本細菌においてもDraTがニトロゲナーゼ活性の制御に関与していると予想される(図2)。このことから、CRISPRiによってdraT遺伝子の発現抑制株(Kd_draT株)を作出した。まずCRISPRiによる遺伝子発現抑制の効果を検証した結果、Kd_draT株ではdraTの発現量が約60%抑制されていた。一方、nifAとnifHの発現量は変化しておらず、Kd_draT株ではdraTが特異的に抑制されていることが示された。次にKd_draT株を一槽式電気化学セル(図6)を用いて電気培養し、アンモニアの生産量を評価した。その結果、OC条件ではアンモニアの蓄積が見られなかったのに対して、+0.2Vvs.SHEに印加した条件ではKd_draT株はVC株の2倍量のアンモニアを生産した。この結果から、draTの発現抑制によってアンモニアの電気合成が促進されることが示された。また、一槽式電気化学セルを用いた場合のVC株のアンモニア生産速度は二槽式電気化学セルを用いた場合よりも高かったことから、一槽式電気化学セルの使用によりアンモニアの微生物電気合成を高効率化できることが示された。

以上の研究成果は、遺伝子改変A. ferrooxidansを用いたアンモニアの電気合成法を世界で初めて提供し、実用化に向けた研究開発の基盤となるものであると考えられる。本省エネ型アンモニア合成法が将来的に脱炭素社会を実現する技術の一助となることを期待したい。

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