重合ポリフェノールの肌への健康効果とそのメカニズム解明
概要
現代社会では、医療の普及・高度化等により国民の平均寿命が伸びている一方で、健康寿命(心身ともに自立し健康的に生活できる期間)の伸びは限定的な状況にある。その結果、高齢時の健康に生活できない期間が伸び、医療・介護費の家計負担の増大やクオリティーオブライフの低下という新たな問題が生じている。しかも、この医療費増加は国の社会保障費支出の拡大ももたらし、国家の財政を圧迫している。特に少子化が進行してきた現代社会では、社会保障負担の世代間格差や当該制度の仕組み的な持続可能性への懸念も含めて、深刻かつ重大な社会問題として顕在化している。この課題の根源的な解決策としては、病気になる前の未病の段階での対策を講じ、健康寿命を延伸していくことが最重要になる。より具体的には、病気の発症後に医薬品で治療する現状の社会的慣習から脱却し、食生活という日々の営みのレベルから健康維持・増進により有効な方法論・スタイルの開発・実現・普及を果たし、潜在的な疾患を未然に予防可能にする次世代型の社会像へとシフトしていくことが重要であ る。学術・産業分野の役割としては、多様な食品の健康改善効果の検証やその有効成分の探索・同定を進め、その詳細な分子メカニズムの解明等の科学的なエビデンスに基づく精確な知見の蓄積がまず必要と考えられる。日本では現 在、特定保健用食品や機能性表示食品制度によって、機能性性成分の科学的根拠に基づいて食品に機能性を表示することが可能になっている。機能性成分としては、GABA、L-テアニンを代表とするアミノ酸や、難消化性デキストリ ン、イヌリン等の食物繊維、DHA や EPA などの脂肪酸、乳酸菌など多種多様な成分があるが、代表例としてポリフェノール類が挙げられる。代表的なポリフェノールとその効能としては、カテキン類やケルセチン配糖体による内臓脂肪低減効果、ルテインまたはアントシアニンによる眼精疲労改善、モノグルコシルヘスペリジンによる血流改善と体温維持などが挙げられる。一般にポリフェノールは抗酸化活性を有することは有名だが、全てのポリフェノール種が抗酸化作用のみで効果を発揮するわけではなく、様々な作用機序で様々な健康効果を発揮している(1)。このように、ポリフェノールによる健康効果は多様で、その分子メカニズムは複雑であり、現代科学はその全容の一端を検証・理解しているに過ぎず、未知の部分と未知の可能性が多く残されている。これを踏まえ、本研究では研究材料としてはポリフェノールに着目した。
ポリフェノールは、分子構造的にベンゼン環に複数の水酸基が結合した化合物の総称である。天然物として、これまでに 8,000 を超える化合物が同定さ れ,これらはジフェニルプロパン構造をもつフラボノイド類や単純フェノール類,また加水分解型(ピロガロール型)タンニン類,縮合型(カテコール系)タンニン類に分類される(2)(図 1).縮合型タンニンの中でも重合ポリフェノールは、カテキン類の重合物であり、様々な健康改善効果が報告されている有望な機能性化合物である(図 2)。カテキン類のモノマーとしては、(-)-エピカテキン(EC)の B 環が没食子酸(ガレート基)に変換されたものは(-)-エピガロカテキン(EGC)になり、(-)-エピカテキンに没食子酸が付加したものが(-)-エピカテキンガレート(ECg)になり、(-)-エピガロカテキンに没食子酸が付加したものが(-)-エピガロカテキンガレート(EGCg)になり、EC、EGC、ECg および EGCg の 4 種が存在している。ま た、カテキンのモノマーは大きく、エピ体と非エピ体の異性体が存在しており、例えばカテキンを例にすると 2,3-シスアイソマーは(-)-エピカテキンで,2,3-トランスアイソマーが(+)-カテキンになる。上述の 4 種のカテキン類に加えて、異性体がそれぞれ存在するため、カテキン類のモノマーは 8 種存在することになる。重合ポリフェノールは、そのモノマーのカテキン類が結 合・重合し、形成された化合物であり、その結合様式によりアイソマーが 2 つに大別され,C4–C8 あるいは C4–C6 結合したものを B-タイプと称し、C2–O– C7 結合したものは A-タイプと称す。自然界に存在するプロシアニジンは、(-)-エピカテキンからなるもののほうが、(+)-カテキンから構成されるものより多く発見されており,主に B-タイプである。例えば、ダイマーのプロシアニジン B1 は(-)-エピカテキンと(+)-カテキンが C4–C8 結合したものになる。この重合度はダイマーだけでなく、トリマー、テトラマーと重合度を重ねて存在しており、その総称をここでは重合ポリフェノールとしている(図 2)。この重合ポリフェノールは様々な食品に含まれており、特に柿、松樹皮(松の樹皮から抽出したエキス)、ブドウ種子や赤ワインに多く含まれる。その中でも、赤ワインには多くの種類のポリフェノールが含まれているが、量的に主要なものはアントシアニンとプロアントシアニジンである。赤ワインのプロアントシアニジンは、唾液タンパク質に親和することによりワインの渋味、収斂性(エグ味)に寄与すること(4)、アントシアニン類と相互作用することで赤ワインの色の安定性にも寄与すること(5)が報告されている。プロアントシアニジンの中でも低重合度の oligomeric proanthocyanidin(OPC)は様々な生理活性の報告がある。例えば、未熟なリンゴ果実 (Rosaceae, Malus spp.)由来の procyanidin C1 を含む OPC はマウスへの経口投与により抗アレルギー作用を示す(6)。また松樹皮由来の OPC であるフラバンジェノール®はレトロウイルス感染またはエタノール負荷したマウスに対して免疫賦活作用を示す(7)。 さらに OPC はヒトでも種々の健康効能が調べられており、OPC を含むセイヨウサンザシの経口摂取による抗高血圧作用(8)や、ブドウ種子由来 OPC であるロイコセレクト®の摂取によるヒト血清の抗酸化作用(9)などが報告されている。一方、OPC の特性として、モノマーのフラボノイドと比較しても吸収性が極めて低く、これが一因となり、上記の健康改善効果における生理学的な分子メカニズムは未だ解明されていない(3)(図 2)。本研究では、日常摂取する食品でもあり、重合ポリフェノールも多く含まれているブドウ、赤ワインに着目し、特にその重合ポリフェノールに焦点を当て、新たな健康効果とメカニズムについて検証を進めることとした。
様々な健康効果の中でも、肌への健康効果は見た目でもわかりやすく、摂取した時の体感が得られやすい現象であることに着目し、本研究における健康効果の検証対象とした。皮膚は大きく3層構造になっており、表皮、真皮および皮下脂肪の3つに分けられる。その中でも表皮は細胞の層状構造(角化細胞 層)になり、基底細胞層、有棘細胞層、顆粒細胞層および角質細胞層の 4 層で構成され、それに介在する形で樹枝状細胞が存在している。最下層の基底細胞層が細胞分裂して表層に向かって成熟・分化し、最終的には垢として脱落する(10)。また、肌には血管が網目構造の形で張り巡らされており、栄養供給することで細胞のターンオーバーに影響している。肌のシミを形成する上で重要な細胞は、樹枝状細胞である色素細胞(メラノサイト)であり、アミノ酸からメラニン(色素)が合成され、それを角化細胞(ケラチノサイト)に受け渡すことでメラニンが沈着し、シミが形成される。また、肌の潤いの調節には大きく2つの機能が関与しており、1つは表皮のバリア機能を高め水分を逃がさない機能、もう1つは体内から水分を供給する機能で、両者のバランスで肌の水分コントロールをしている。肌のシミと潤いの改善には、化粧水等の外用剤が使われているが、表皮は高いバリア機能を有しており、水溶性化合物などは表皮の透過が妨げられることから、肌の表面から表皮や真皮の細胞に届く化合物は限定される。シミの原因となる樹枝状細胞のチロシナーゼ活性を阻害する仕組みで、シミを改善する医薬品も開発されているが、食生活レベルで摂取可能な自然食品による肌への健康効果を持つ食品素材が望まれてる。
シミを改善する化合物としては、ビタミン C(アスコルビン酸)がよく知られており、肌のコラーゲンの合成を促進しその抗酸化作用を補助的に高めることで、紫外線の光損傷で生じるシミの形成を抑制している(11)。自然食品では、リンゴポリフェノール摂取によるシミの沈着抑制効果の報告がある(1 2)。さらに本研究で注目する重合ポリフェノールに関しては、松樹皮抽出物
(フラバンジェノール®)のヒトでの経口摂取試験において、皮膚の光老化に対する改善作用が確認されている(13)。肌の潤いに関しては、SC-2 乳酸 菌、コラーゲンペプチドおよびスフィンゴミエリン含有食品による角層水分量の増加の報告がある(14)。その他にも外用剤としてアルブチンやフラボノイドなどのシミを改善した報告はある(15)が、ヒト試験において明確にシミと潤いの両者を同時に改善可能な化合物の報告はない。そこで、本研究では、シミと潤いの両者を同時に改善するという点で世界初の自然素材の実証を目的として、重合ポリフェノールに着目して研究を行った。
本研究の先行研究において、種々ワインの成分分析の結果から、Vitis vinifera CV. Ancellotta(以下、Ancellotta)のワイン品種に OPC が多いことがわかっている(16)。シミが生じるメカニズムとして、肌のメラノサイトにおいて、 UV などの影響によりチロシナーゼによってチロシンからメラニンの合成が行われ、シミが沈着する。先行研究において、このチロシナーゼ活性の阻害活性を検討した結果、OPC が豊富に含まれる Ancelotta 種で高いチロシナーゼ阻害活性を確認した(16)。更に、細胞でのメラニンの蓄積抑制効果を検討した結果、Ancelotta 種で高い活性を有し、OPC 量とメラニン蓄積抑制効果に相関があることを確認した(16)。
今回は、この健康研究を受けて、重合ポリフェノールであるOPC に着目し、OPC が豊富に含まれる赤ワインポリフェノール素材を中心に、その健康効果とメカニズム解明を行った研究内容について報告する。第 1 章では、重合ポリフェノール投与における肌のシミや潤いに対する効果を in vitro(ヒト表皮の培養細胞系)更には in vivo(マウス)のレベルで実験的に検証した。これを踏まえ、第 2 章ではヒトの臨床試験系(100 名)によって、重合ポリフェノール摂取時の肌のシミや潤いに対する効果を検証した。第 3 章では、第 1 及び 2 章で判明した肌のシミや潤いにおける改善効果のデータをもとに、その分子メカニズムの詳細を追究すべく、血流の改善や血管新生が肌の細胞のターンオーバーを高め、上記効果の発現に寄与するという作業仮説を立て、培養細胞系やラットによる動物試験にて、重合ポリフェノール摂取時の肌における効果を実験的に検証した。第 4 章では、第 1~3 章で得られたデータを横断的に再比較・検討し、その整合性等について、また可能性の高いメカニズムやその他のありえる可能性について総合的に考察した。同時に、本研究の周辺分野も含めた他の最新の研究データとの比較・考察を行い、本研究の意義を執筆時点の最新情報から位置づけ、本研究を今後より深めるための展望や、産業的な実用化(商品化)に向けた道筋についても言及する。