Effect of vonoprazan on the treatment of artificial gastric ulcers after endoscopic submucosal dissection: a prospective randomized controlled trial
概要
1. 序論
早期胃癌に対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が広く普及している(Ono et al., 2001). ESD の結果,人工胃潰瘍が生じるが,この潰瘍はしばしば後出血や胃穿孔といった合併症の危険性がある.これらを予防するためにも,潰瘍は速やかに治癒することが望ましい. ESD 後の人工胃潰瘍に対してはプロトンポンプ阻害薬(PPI)が投与されるが,PPI を投与していても潰瘍治癒の遷延や,後出血に悩まされる症例を時に経験してきた.
エソメプラゾールはオメプラゾールの光学異性体である S 体のみを取り出した初の PPIであり,個人差の少ない強力な酸分泌抑制効果を特徴としている.Johnson (2003)によると,逆流性食道炎などの酸関連疾患において,エソメプラゾールはオメプラゾールに対して優れた効果を示したが,Bunno et al. (2013)によると,ESD 後の人工胃潰瘍治癒においては優位性を認めなかった.
新しい酸分泌抑制薬として,カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-Cab)であるボノプラザンが近年開発された.P-Cab は強力かつ持続的な酸分泌抑制作用を特徴としており,酸分泌関連疾患や H. pylori の除菌療法において優れた効果を示してきた(Garnock-Jones, 2015).しかしながら,ESD 後人工潰瘍に対するボノプラザンの効果は未だ明らかでない.PPI よりも潰瘍治癒や後出血の予防能に優れた薬剤を見出すことは,非常に意義があると考えられる.そこで今回我々は,ボノプラザンが ESD 後の人工胃潰瘍においても,PPI より優れた効果を示すのではないかと仮定し,この仮説を検証するために,ボノプラザンをエソメプラゾールと比較する前向きランダム化比較試験(RCT)を行った.
2. 実験材料と方法
この研究は,倫理審査委員会でプロトコルが承認され,UMIN に登録後(UMIN000017077),ヘルシンキ宣言に従って実施された.2015 年 4 月から 2016 年 6 月にかけて,胃の ESD を施行した患者 92 例を対象とした.被検薬への過敏症を持つ者,併用禁止薬を使用している者,妊婦,授乳婦,経口投与ができない者,上部消化管の手術歴がある者,被検薬との相互作用が考えられる薬剤(他の PPI,ヒスタミン H2 受容体拮抗薬,粘膜保護薬,ステロイド)を内服している者は除外した.患者は ESD 前に,コンピューターで作成された乱数表に基づいて,年齢と性別ごとに 1:1 で層別ランダム化され,ボノプラザン群(V 群)またはエソメプラゾール群(E 群)に割り付けられた.年齢,性別,BMI,飲酒歴,喫煙歴,抗血栓薬,非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の内服歴,合併症,H. pylori の感染状況,萎縮性胃炎の程度,病変の部位をESD 前に調査した.
主要評価項目は ESD8 週間後の潰瘍治癒率,副次評価項目は ESD1,2,4,6,8 週間後の潰瘍縮小率,後出血発症率とした.潰瘍治癒に関しては,ボノプラザンの内服有無に加え,年齢,性別,過去に潰瘍治癒への影響が指摘されている項目(潰瘍の大きさ,病変の部位,H. pylori の感染状況,NSAIDs の内服有無)を含めてロジスティック回帰分析による多変量解析を行った.
3. 結果
ESD が行われた 92 例のうち,2 例は研究参加に対する同意が得られなかったため,90 例をランダムに 45 例ずつ各群に割り付けた.V 群のうち 6 名が,E 群のうち 4 例が,外科的追加切除や,誤嚥性肺炎などの合併症の治療のために介入を継続できず,最終的に V 群 39例,E 群 41 例を解析した.両群の患者背景に統計学的な有意差はなかった.すべての患者で服薬アドヒアランスは 90%以上だった.
8 週後の潰瘍治癒率は V 群が有意に優れていた(94.9% vs 78.0%,P=0.049).6 週までの縮小率に有意差はなかった.8 週後の縮小率は,治癒率を反映して V 群で有意に高かった(P=0.037).後出血は E 群にしか認められなかったが,有意差はなかった(0% vs 7.3%, P=0.029).多変量解析では,ボノプラザンの内服が唯一独立して潰瘍治癒に関連する因子だった(odds ratio=6.33,95% CI=1.21-33.20,P=0.029).
4. 考察
本研究立案後,RCT ではないが,ボノプラザンと粘膜保護剤の併用療法をPPI と粘膜保護剤の併用療法と比較した研究が報告され,ボノプラザンの優れた縮小率や優れた後出血の抑制効果が示された(Kagawa et al., 2016; Maruoka et al., 2017).しかし,他剤併用例や非連続症例では,これらの効能が純粋にボノプラザンの影響なのかは明らかでなかった.
今回我々は,ESD 後の人工胃潰瘍に対し,ボノプラザンとPPI を単剤療法で比較する初の RCT を行った.ボノプラザンはESD 後の人工胃潰瘍において,PPI よりも有意に優れた治癒率を示し,多変量解析では潰瘍治癒における独立した因子だった.統計学的な優位差はなかったが,V 群で後出血を認めなかったことは,後出血の抑制においてもボノプラザンは PPI より優れている可能性が示唆された.
ボノプラザンによる強力かつ持続的な酸分泌抑制効果は,ESD をより安全な手技にする可能性がある.ESD 後の人工胃潰瘍治療において,ボノプラザンは第一選択薬として有力な薬剤だと考えられた.