Clinical evidence that a dysregulated master neural network modulator may aid in diagnosing schizophrenia
概要
1. 序論
統合失調症は約 100 人に1人が発症する主要な精神疾患である.思春期年代に多く見ら れ、さまざまな機能障害に至ることから患者が抱える障害が大きいのはもちろんのこと、社会全体に与える損失も大きい.しかし統合失調症の生物学的な発症メカニズムはほとんど解明されていない.そのため診断についても未だに症候学的な方法に頼っている.身体疾患ではすでに多くの疾患において生体指標が開発されており、診断や治療の場で活用されている.一方、精神神経疾患については脳炎に基づく器質性精神障害や一部の認知症を除けば未だ有用な生体指標は開発されていない.その理由として精神疾患が脳の機能的異常に起因しているため、疾患の発症や症状の表現型にどのような分子が影響を与えているのかを生体中で直接とらえることが極めて困難であることがあげられる.そのため現状では脳形態画像や脳機能画像をはじめとした中間表現型を利用した間接的な証拠を収集するか、脳組織以外のヒト生体組織の解析を通じて発症要因の手掛かりを得るほかない.そこで今回我々はヒトリンパ球中での分子の変化が統合失調症の生体指標として利用できるのではないかと考え、本研究を開始した.その標的分子としてこれまで横浜市立大学分子薬理神経生物学教室が機能解明に取り組んできた CRMP2(collapsin response mediator protein2)に着目した.CRMP2 は軸索ガイダンス分子間のシグナリングに関わる分子であり、これまでの基礎医学研究を通じて統合失調症との関連が数多く報告されている分子である.(Goshima et al., 1995) (Yamashita and Goshima, 2012) (Nakamura et al., 2016) 我々はまずヒトリンパ球中の CRMP2 とリン酸化した CRMP2 の測定を可能にする系を確立した.さらにその測定系を使用して統合失調症患者群とコントロール群での CRMP2 とリン酸化 CRMP2 の発現を測定した.そしてその結果が統合失調症の診断や症状重症度を反映しているのか検討した.(承認番号 B140801012)
2. 目的
現在においてなお、症候学的な診断となっている統合失調症に、生物学的な診断基準を付与することができれば診断精度は大幅に上がるだろう.それにより生物学的に同一の疾患集団を見いだすことができれば、病因の生物学的な機序の解明もより一層進むはずである.またそれに留まらず、新たな治療法への貢献も期待できる.我々は統合失調症のバイオマーカー開発を目的に研究を開始した.
3. 方法
本研究に使用する抗体の特異性を確認することから開始した.分子薬理神経生物学教室が作成した抗CRMP2 抗体と抗リン酸化 CRMP 抗体の特異性について、ノックアウトマウスとノックインマウスの脳ホモジュネート検体を用いてウェスタンブロッティングによる検出を行なった.(承認番号 F-A-14-045)この 2 つの抗体を用いて、ヒトリンパ球の可溶性検体でもCRMP2 とリン酸化 CRMP2 が検出できるのかを検討した.対象は横浜市立大学附属病院、横浜市立大学附属市民総合医療センター、横浜舞岡病院に通院もしくは入院している統合失調症の患者とした.診断基準としてDSM-Ⅳ(Diagnostic and Stastical Manual of Mentl Disorders,Fourth Edition)を用いた.またコントロール群として年齢や性別を一致させた健常成人のボランティアを設定した.採取した血液検体からリンパ球を分離し、IP buffer により細胞内タンパク質成分を抽出して検体として使用した.CRMP2 とリン酸化 CRMP2 の検出はウェスタンブロッティングによりおこなった.1 回の測定では 7~8 検体を検出できるにとどまるため、インターメンブレンコントロールを用いて標準化したのち、各検体間の比較を行った.各バンドの濃度を定量化し、統合失調症群とコントロール群における検出数値の相違を統計学的に解析した.
4. 結果
分子薬理神経生物学教室が作成した抗体について、抗 CRMP2 抗体は CRMP2 を補足し、検出できることが明らかとなった.また抗リン酸化 CRMP 抗体は CRMP2 の 522 番目のセリン残基のリン酸化を認識し、検出できることが明らかとなった.この抗体特異性により、CRMP2 の 522 番目のセリン残基におけるリン酸化について、その発現量を測定することが可能となった.ヒトリンパ球中のCRMP2 とリン酸化 CRMP2 のウェスタンブロッティングによる検出について検討したところ、可能であることが判明した.対象の統合失調症患者群とコントロール群におけるそれぞれの発現量を測定した結果、41 歳以下の統合失調症群ではコントロール群と比較してCRMP2 のリン酸化率が低かった.共同研究者であるKonopaske らは統合失調症患者の死後脳研究において、41 歳以下の疾患群で同様の傾向があることを確かめている.
5. 考察
統合失調症群とコントロール群において、ヒトリンパ球中での CRMP2 リン酸化率に違いがあることを見出した.これは患者死後脳での結果と同様の傾向を示しており、若い統合失調症患者においてバイオマーカーとなり得る可能性がある.また本研究における結果はヒト生体検体におけるタンパク質レベルでの翻訳後修飾の変化を捉えた点で貴重であり、タンパク質の翻訳後修飾が統合失調症の発症機構に関わっている可能性を示唆している.