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大学・研究所にある論文を検索できる 「ヨーグルトの発酵を担う乳酸菌 Lactobacillus delbrueckii subsp.bulgaricus と Streptococcus thermophilus の共生メカニズムに関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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ヨーグルトの発酵を担う乳酸菌 Lactobacillus delbrueckii subsp.bulgaricus と Streptococcus thermophilus の共生メカニズムに関する研究

山本 恵理 明治大学

2022.01.01

概要

1 問題意識と目的
 ヨーグルトは紀元前数千年前に、環境中から生乳に偶然入った乳酸菌の発酵によって生まれたと推測されている。1900年代初頭に、ブルガリア共和国の伝統的なヨーグルトからLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus(L. bulgaricus)とStreptococcus thermophilus(S. thermophilus)が発見され、現在では国際規格(CODEX規格)にて、ヨーグルトは「乳酸桿菌のL. bulgaricusと乳酸球菌のS. thermophilusの2種類で乳酸発酵させたもの」と定義されている。L. bulgaricusとS. thermophilusは、お互いに共生関係にあることが明らかにされている。すなわち、L. bulgaricusとS. thermophilusはそれぞれ単菌でも発酵を進めることが出来るが、共生させるとお互いに生育に必要な栄養素を提供し合うことで、両菌の増殖性が向上し、発酵時間が大幅に短縮される。共生による発酵促進は、周囲の雑菌のコンタミネーションを防ぎ、食品の保存性を高める上で非常に優れた現象である。また、細菌に感染するバクテリオファージ(ファージ)による汚染の抑制にも繋がるため、ヨーグルトの工業生産においても重要である。
 共生因子の探索は1970年代から行われ、L. bulgaricusからS. thermophilusに提供されるペプチドと、S. thermophilusからL. bulgaricusに提供されるギ酸が、主要な共生因子であることが見いだされている。またS. thermophilusはギ酸以外にも葉酸、二酸化炭素、脂肪酸等をL. bulgaricusに提供することや、発酵初期に溶存酸素を減らし、両菌種にとって生育しやすい環境を作ることが報告されている。さらに2000年以降は、両菌種のゲノム情報が明らかになるにつれて、網羅的な解析を用いた新しい共生因子の探索が可能となってきた。そこで本研究では、共生による高い発酵促進効果が認められている工業用スターターであるL. bulgaricus 2038(LB2038)とS. thermophilus 1131(ST1131)に関して、トランスクリプトーム解析や遺伝子改変技術を用いて発酵に関わる遺伝子を詳細に解析することで、共生発酵において重要な働きを担う新規の因子を明らかにすることを目的とした。またS. thermophilusの中には、プロテアーゼPrtSを有し自身でペプチドを獲得することで、単菌でも高い発酵性を示す株が存在することが報告されている。本研究では、prtSを有するS. thermophilus(prtS+株)とL. bulgaricusとの共生発酵についても詳細に解析を行った。加えて、日本に生息するprtS+株の割合を検証し、発酵性の良好なprtS+株にファージ耐性を付与してその耐性獲得メカニズムを検証することで、prtS+株の産業応用の可能性を考察した。

2 構成及び各章の要約
 牛乳に含まれる主な糖はラクトースであり、L. bulgaricusとS. thermophilusではcatabolite repressionが働かずラクトースを優先的に資化する。一方、ラクトースは乳糖不耐症の人にとって腹部の不快感につながり、ラクターゼ処理によりラクトースをグルコースとガラクトースに分解した乳製品に対する需要が高まっている。ラクターゼ処理した乳原料をヨーグルト製造に用いる場合、L. bulgaricusとS. thermophilusはともに優先糖ではない糖を資化することとなり、その影響が共生関係にも及ぶことが予想されたが、これまで詳細な研究報告はない。そこで第2章では、ガラクトースの資化性のないLB2038とST1131を用い、グルコースの資化によって生じる発酵性および遺伝子発現量の変化を検証した。その結果、グルコース資化下では発酵終了時のLB2038の菌数が大幅に増加することが明らかになり、資化する糖によって共生関係が変化することが認められた。また、S. thermophilusからL. bulgaricusへ提供される主要な共生因子であるギ酸濃度と溶存酸素除去速度が、共にグルコースの資化によって高まることが明らかになり、それらがLB2038の発酵を促進することが示唆された。加えて、マイクロアレイ解析により、LB2038は発酵1.5時間でリボゾームタンパク質の発現が増加しており、それより前にST1131から何らかの増殖促進因子を受け取っている可能性が考えられた。なおST1131において発酵0.5時間で発現が上昇した遺伝子は、グルコースの取り込みに関わるPTS、アミノ酸の取り込みに関わるトランスポーター、アルギニノコハク酸をアルギニンとフマル酸に代謝するArgininosuccinate lyaseであった。

 第3章では、第2章においてST1131で発現が上昇したArgininosuccinate lyaseに着目し、本酵素によって産生されるアルギニンもしくはフマル酸がL. bulgaricusの増殖促進因子として機能する可能性を、ラクトースのみを含む通常の乳培地にて検証した。まず、アルギニンとフマル酸をLB2038に添加して単菌で発酵した結果、フマル酸の添加によって発酵が促進されることが明らかになった。また単菌発酵の結果、LB2038は添加したフマル酸を全てコハク酸に代謝すること、ST1131は発酵中にフマル酸を産生することが明らかになった。更に、フマル酸の代謝及び産生は、基準株を含む7株のL. bulgaricusおよび6株のS. thermophilusにおいても同様に確認された。以上より、S. thermophilusの生産するフマル酸が、L. bulgaricusの生育を促進する共生因子として普遍的に働いている可能性が示唆された。そこで、フマル酸の代謝がどのようにL. bulgaricusの発酵性を高めるのか解析するため、フマル酸を添加して発酵した際のLB2038のRNA-seq解析を実施した。その結果、フマル酸の添加によりピルビン酸をアセチルリン酸に代謝するpyruvate oxidaseの発現が上昇しており、アセチルリン酸から酢酸への代謝を増やしてATPを獲得することが推測され、実際に酢酸濃度の上昇を確認した。続いて、L. bulgaricusの増殖におけるフマル酸代謝の重要性を検証するため、フマル酸をコハク酸に代謝するフマル酸レダクターゼ遺伝子(frd)の欠損株の作出を試みた。L. bulgaricusの遺伝子操作はこれまで困難であったが、接合伝達法を用いることにより、LB2038とNCIMB701373の2株についてfrdの欠損株を作出することに初めて成功した。両株ともfrdの欠損によって発酵時間が大幅に長くなり、フマル酸を添加しても回復しなかったことから、frdによるフマル酸代謝がL. bulgaricusの増殖において非常に重要であることが明らかになった。

 第4章では、乳酸菌の生育において、炭素源に続いて必要不可欠である窒素源が共生発酵に与える影響を検証した。共生発酵において、S. thermophilusはL. bulgaricusがプロテアーゼPrtBにより乳タンパク質から切り出したペプチドを利用して発酵する。しかし、一部のS. thermophilusは水平伝播によりプロテアーゼPrtSをコードする遺伝子prtSを獲得し、L. bulgaricusと共生せずとも高い発酵性を示すことが報告されている。そこで、prtSによるペプチドの供給が共生発酵性をさらに高める可能性があるのか検証するため、prtSを持たないST1131にprtSを導入しLB2038と共生発酵させた。その結果、prtSを導入しても発酵時間や発酵後の菌数は変わらないことが明らかになり、LB2038が共生発酵を進める上で十分量のペプチドを供給していることが示唆された。続いて、S. thermophilusのprtSの獲得や脱落にL. bulgaricusとの共生関係の有無が寄与する可能性を検証するため、prtSを導入したST1131について、単菌もしくはLB2038と共生した状態で継代を繰り返した。その結果、単菌よりも共生で継代した方がprtSを脱落しやすいことを確認した。加えて、L. bulgaricusが生息しない日本の生乳からS. thermophilusを分離し、prtS+株の割合を検証した結果、他国よりも割合が高いことが明らかになった。本結果から、S. thermophilusとL. bulgaricusとの共生発酵における窒素源は主にL. bulgaricusが供給しており、L. bulgaricusと共生発酵する頻度がS. thermophilusのprtSの獲得や脱落に影響を与える可能性が示された。

 第5章では、第4章で分離したprtS+株に関して産業応用の可能性を検証した。分離した大半のprtS+株は単菌での発酵性が良好であり、かつ低温保存中のpHの低下も少なかったことから、発酵乳製品のスターターとして利用可能であることが分かった。一方、prtSを持つものの単菌での発酵が遅い株も少数ながら存在した。それらの株はいずれもprtS遺伝子にアミノ酸変異を伴う変異が確認され、ペプチドを添加することで発酵性が速まったことから、PrtSが正常に機能していないと考えられた。続いて、スターター適性の高いprtS+株に関して、製造現場でのファージ汚染による発酵不良のリスクを低減するため、予めファージ耐性を付与する検討を実施し、ドラフトゲノム解析によりファージ耐性メカニズムを探索した。その結果,作出したファージ耐性株12株はいずれもClustered regularly interspaced short palindromic repeats(CRISPR)領域に新規スペーサーを獲得していることを確認した。本検討により、日本の生乳中に発酵乳製品のスターター適性のあるS. thermophilusが存在すること、またそれらの株に予めファージ耐性を付与することで、製造中のファージ汚染リスクの低減が可能となることが分かった。

 本研究において、今まで共生研究で実施されてこなかったグルコース資化下におけるL. bulgaricusとS. thermophilusのトランスクリプトーム解析に取り組んだことで、S. thermophilusが生産するフマル酸が、L. bulgaricusの発酵性を高める共生因子の一つであることを明らかにすることが出来た。さらに、遺伝子操作の難しいL. bulgaricusのfrdの欠損株の作出に成功し、frdによるフマル酸代謝がL. bulgaricusの生育において重要な働きを担うことを明らかにした。frdは補酵素であるFADと共有結合しており、FADHが水素イオンをフマル酸に渡すことでコハク酸が産生される。すなわち、フマル酸代謝はL. bulgaricusにおいて菌体内のレドックス制御を担っており、それがpyruvate oxidaseをはじめとした生育に関わる様々な代謝系に影響を与えている可能性が考えられた。L. bulgaricusのTCA回路は不完全であり、リンゴ酸をフマル酸、フマル酸をコハク酸に代謝する酵素のみを有していることからも、フマル酸の代謝がL. bulgaricusにとって重要であることが伺える。また本研究では、ST1131にprtSを導入し共生発酵性を検証することで、LB2038が両菌種の発酵において十分なペプチドを供給していることを示した。更に、L. bulgaricusとの共生によりprtSが脱落しやすくなることや、L. bulgaricusの生息しない日本でprtSを有するS. thermophilus株が多いことを明らかにし、L. bulgaricusとの共生関係の有無が、S. thermophilusのprtSの獲得や脱落を決める大きな要因である可能性を示した。L. bulgaricusとS. thermophilusは共生発酵を最適化するため、両菌で重複した機能を担う遺伝子を削ぎ落としゲノムを縮小してきたことが報告されており、本知見はそのようなゲノム進化を裏付ける一つの例となると考える。加えて、日本の生乳由来のprtSを有するS. thermophilus株の中に、発酵乳製品のスターター適性のある株が存在し、それらに予めファージ耐性を付与することで、製造時のファージ汚染リスクの低減が可能となることを示した。本研究で得られた知見は、今後ヨーグルトの工業生産において応用可能であるばかりでなく、ヨーグルトの共生発酵メカニズムを理解する上で有用な基盤知見であると考える。

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