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大学・研究所にある論文を検索できる 「チーズ中における熟成促進乳酸菌 Lacticaseibacillus paracasei EG9株の遺伝子発現プロファイル解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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チーズ中における熟成促進乳酸菌 Lacticaseibacillus paracasei EG9株の遺伝子発現プロファイル解析

朝比奈, 唯 筑波大学

2021.07.27

概要

【序論】
日本国内において過去 10 年間のチーズの消費量は増加しており、同時にナチュラルチーズの消費量も増加している。その一方でナチュラルチーズの国内生産量には変化がない。

ナチュラルチーズのうち、特にゴーダあるいはチェダーのようなセミハードタイプのチーズの生産にあたっては長期間の熟成が必要であり、この工程が製造コストの一要因となる。そこで、熟成期間を短縮するための技術が必要とされている。

ゴーダタイプチーズは一般的に、原料乳の殺菌、スターター性乳酸菌(Starter lactic acid bacteria: SLAB)を主とした乳酸発酵スターターの添加、レンネットと呼ばれる凝乳酵素によるカゼインのゲル化とカード造成、ホエー排除、成型、塩漬、熟成の工程を経て製造される。熟成期間中には、カードに含まれるたんぱく質や脂質が徐々に分解され、アミノ酸や香気成分が生成される。このようなチーズ中の高分子の物質が分解され、より低分子の成分に変化していく動きを一般的に「熟成が進む」と表現し、熟成の進行に伴い、チーズの風味やテクスチャーが変化する。

熟成期間中の成分変化に関わる要因として、原料乳に由来する酵素、レンネット、 SLAB の他に、非スターター性乳酸菌(Non-starter lactic acid bacteria: NSLAB)と呼ばれる乳酸菌の存在が知られている。NSLAB は主に原料乳やチーズの製造環境に由来するとされる、SLAB 以外の乳酸菌を指す。チーズ中において、一般的に熟成が進むにつれて SLAB が減少するのに対し、NSLAB は増加し、熟成後期まで生存するという特徴を持つことから、NSLAB はチーズの品質や熟成期間に影響を与える要因の一つであると考えられる。
本研究の対象である Lacticaseibacillus paracasei EG9 株は、チーズの熟成を促進する補助スターターを探索している過程で分離され、2018 年に報告された新規NSLAB である。

先行研究において、1.7%NaCl および 10℃の低温環境に対する耐性および高い遊離アミノ酸生成能力が明らかにされたことから、EG9 株はセミハードタイプチーズの熟成期間を短縮するための補助スターターとして利用できる可能性があると考えられた。

しかし産業利用を最終目標とするにあたって、EG9 株の性質はまだ十分に検討されていない。

そこで本研究は、新規NSLAB であるEG9 株の特性を評価する事を目的として、
1. EG9 株がチーズ熟成に与える影響の検証
2. 熟成チーズ中におけるEG9 株のたんぱく質分解関連遺伝子の発現解析
3. 熟成チーズ中におけるEG9 株の代謝特性の解析
4. EG9 株のプラスミドバリアントの発生と生育特性の変化について検討を行った。

【1.EG9 株がチーズ熟成に与える影響の検証】
・目的
チーズ中の微生物の活動は、他の微生物との共生や競合、チーズの構成成分やpH等、熟成中に生じる環境の変化に影響を受ける可能性が高いと考えられる。

そこで第 1 章ではEG9 株と乳酸発酵スターターとの比率を変化させることによりチーズ熟成中における EG9 株の特性をより詳細に明らかにすることを目的とした。

・材料と方法
乳酸発酵スターターに Lactococcus lactis subsp. cremoris 712 株、補助スターターにLacticaseibacillus paracasei EG9 株を使用し、ゴーダタイプチーズを製造した。

全ての処理区に 712 株を 107fu/g 接種し、これに加えて EG9 株を 107(処理区 A)、 106(B)、105(C)、104(D)接種、またコントロールとして無接種区(E)を設定した。処理区ごとに製造したチーズカードを 3 分割してそれぞれ成形し、3 反復とした。チーズは真空バッグに入れて 10℃で保蔵熟成し、サンプリング時には開封して必要な分を切り出して残りを再度真空パックして熟成を続けた。

サンプリングは原料乳に菌を接種した時点を起点として、1,30,90 および 180 日後に行い、チーズ中の 712 株と EG9 株の生菌数、pH、総遊離アミノ酸(free amino acid: FAA)量を測定した。

pH と総 FAA 量の統計解析は、処理と熟成期間、およびこれらの交互作用を固定効果、個々のチーズをランダム効果とする混合モデル分散分析によって行い、多重検定には Tukey、またはTukey-Kramer 法を用いた。

・結果
生菌数の変化:無接種区の処理E から EG9 株が検出された。その理由として原料乳または製造環境に元から存在していたか、または製造過程で混入したかのいずれかの可能性が考えられる。処理 E を含め、全ての処理区において、EG9 株は接種した時点の菌数から増加し、108-109 程度で維持された。これらの結果は、一般的なNSLAB の生育の特徴と一致していた。一方で 712 株は時間の経過とともに減少することに加え、EG9 株の接種量が多いほど 712 株の減少が早い傾向が認められた。

pH の変化:混合モデル分散分析より、EG9 株接種量、熟成期間、およびこれらの交互作用がチーズの pH に有意に影響を与えることが明らかになった。また処理区 A において接種後 1 日時点の pH の有意な低下が認められた。しかしそれ以降は、どの処理区においても、pH5.0 から 5.1 の間でほぼ同じ動向を示した。

総FAA 量の変化:混合モデル分散分析より、EG9 株接種量、熟成期間、およびこれらの交互作用がチーズの総FAA 量に有意に影響を与えることが明らかになった。またいずれの処理区においても、熟成期間の経過とともに総 FAA 量は増加し、特に接種後 180 日時点では処理区A およびB において有意な増加が認められた。

以上の結果から第 1 章では、EG9 株は熟成中にチーズのたんぱく質分解を促進すること、EG9 株の接種量が多いほど熟成中の 712 株の生菌数の減少が早くなることが示された。

【2.熟成チーズ中における EG9 株のたんぱく質分解関連遺伝子の発現解析】
・目的
第 1 章において EG9 株がチーズ中のたんぱく質分解を促進することが示されたが、その作用機序は未だ明らかではない。

乳酸菌のたんぱく質分解機構について、これまでに様々な菌体内外の分解酵素やトランスポーター等の関与が報告されている。乳中でのたんぱく質分解に関しては、始めに細胞壁結合型プロテイナーゼ(cell envelope proteinase: CEP)と呼ばれる菌体表層の酵素がカゼインをペプチドに分解する。このペプチドをトランスポーターを介して菌体内に取り込み、菌体内のペプチダーゼがアミノ酸へと分解する。

これら関連酵素のプロファイルは菌種や菌株によって異なり、また同じ役割を持つと考えられる酵素が異なる配列や構造でコードされる場合もある。

第 2 章では、熟成チーズ中における EG9 株のたんぱく質分解の特性を明らかにすることを目的とした。

・材料と方法
EG9 株ゲノム配列の解読:EG9 株培養液から長鎖 DNA を抽出し、single molecule real-time (SMRT) technology を用いたシークエンス解析により、EG9 株の全ゲノム配列を構築した。

EG9 株ゲノム上におけるたんぱく質分解関連遺伝子の BLAST 検索:データベースから乳酸菌の既知の乳たんぱく質分解関連遺伝子のアミノ酸配列を得てリファレンス配列とし、EG9 株全ゲノム配列をもとにTranslated BLAST searches を行った。リファレンス配列と 98%以上の同一性(identity)を示す配列を含む Open Reading Frame(ORF)を検索し、このうちアミノ酸残基数がリファレンス配列と近いものを EG9 株における推定相同遺伝子(候補遺伝子)とした。そして各候補遺伝子の特異的プライマーを作成した。

チーズ中における発現解析:EG9 株ゲノム上で見出された各たんぱく質分解関連遺伝子についてリアルタイム PCR を行った。第 1 章の処理 A と同じ条件で製造したチーズの接種後 1 日目と 30 日目のチーズをサンプルとして Total RNA を抽出し、それぞれの候補遺伝子の発現を比較した。結果の解析には 2−ΔΔCT 法(内在性コントロール:16S rRNA、対照:スキムミルク中で 712 株と共培養した、定常期の EG9 株の発現)を用いて相対的発現量を算出した。チーズ中の発現とスキムミルク中の発現の差の検定には t 検定を用いた。

・結果
EG9 株ゲノム配列の解読:EG9 株は約 2.9Mbp の染色体の他に、pEG9A、B および Cの3 種類のプラスミドを持つことが明らかになった。

EG9 株ゲノム上におけるたんぱく質分解関連遺伝子の BLAST 検索:調査した 38 遺伝子のうち、ペプチダーゼ、細胞壁結合型プロテイナーゼ、ペプチドトランスポーター、制御因子を含む 31 遺伝子の相同配列(候補遺伝子)が EG9 株ゲノム上に確認された。候補遺伝子はすべてEG9 株染色体上にコードされ、プラスミド上には確認されなかった。

チーズ中における発現解析:接種後 1 日のチーズ中では、31 の候補遺伝子のうち、アミノ酸生成に関わるペプチダーゼ、カゼイン分解に関わる CEP、環境中のペプチドを菌体内に輸送するペプチドトランスポーターを含む 27 遺伝子の発現が有意に上昇した。特に、ペプチダーゼの pepO1010、pepA308、pepP304 は 10 倍を超える発現上昇を示した。一方で接種後 30 日のチーズ中では 25 遺伝子の発現が有意に減少し、菌体の活動がほぼ休止していることが推測された。

以上の結果から第 2 章では、EG9 株がチーズ中のたんぱく質分解において、カゼイン分解からペプチドの取り込みを経て遊離アミノ酸生成に至るまでの全体の過程に関与することが示された。


【3.熟成チーズ中における EG9 株の代謝特性の解析】
・目的
第 1 章において EG9 株がチーズ中で生菌数を増やし、チーズの品質に影響を与えていること、第 2 章において接種後 1 日のチーズにおいてEG9 株のたんぱく質分解関連遺伝子の多くが活性化していることが観察された。これらの結果から、EG9 株がチーズ中において生育し代謝活動を行っていることは確実である。

一方で、乳酸菌は主要なエネルギー源としてグルコースやラクトース等の糖類を利用することが知られているが、チーズカード中には糖類はほとんど含まれていない。

第 3 章では、チーズ中における EG9 株の代謝特性を明らかにすることを目的として、トランスクリプトーム解析を行った。

・材料と方法
実験デザインとして、
コントロール区:スキムミルク培地を用いて、712 株と共培養した定常期EG9 株
試験区:第 1 章の処理 A と同じ条件で製造したチーズの、接種後 1 日のサンプル中のEG9 株
を設定した。

これらのサンプルからTotal RNA を抽出し、トランスクリプトーム解析を行った。得られた各処理区の発現量のデータを、Differentially Expressed Gene 解析、階層的クラスタリング解析、Gene Ontology 解析、パスウェイ解析に供した。

【4.EG9 株のプラスミドバリアントの発生と生育特性の変化】
・目的
第 2 章および第 3 章の実験を行う過程で EG9 株をプレート培養したところ、大きさ、形状、色等の特徴が異なるコロニーの発生が観察された。この原因としていくつかの仮説を立てて検証した結果、プラスミド変異株が発生している可能性が考えられたことから、第 4 章としてEG9 株が持つプラスミドの安定性およびそれぞれのプラスミド変異株の特性を明らかにすることを目的とした。

・材料と方法
EG9 株プラスミドの特異的検出法の確立:EG9 株の 3 種類のプラスミド配列からそれぞれを検出可能なプライマーを設計し、マルチプレックス PCR によるプラスミド検出法を確立した。

EG9 株プラスミドの安定性の検証:MRS 液体培地を用いて EG9 株を継代培養した培養液を 3 本作成し、それぞれ MRS 寒天培地に展開して 30℃で嫌気培養した。生じたコロニーを各プレートにつきランダムに 16 個選択し、コロニーPCR に供した。

プラスミド変異株の分離:3 種類のプラスミドをすべて保有する株のコロニーから継代培養を繰り返し、生じたコロニーのプラスミドプロファイルを調べた。

プラスミド変異株の生育特性の検討:プラスミドプロファイルを調べた EG9 株のコロニーを、MRS 液体培地で 30℃で前培養した後、0%または 1.7% NaCl を含むMRS 液体培地に接種して 10℃で培養した。接種後 168 時間まで 24 時間ごとに OD 値を測定し、生育曲線を作成した。

チーズ中のプラスミド変異株の存在比と各プラスミドの保持率の調査:MRS 培養液および第 1 章で製造した処理 A の接種後 30、90、180 日のチーズの懸濁液をRogosa 寒天培地に展開し、生じたコロニーから 96 個をランダムに選択して特異的 PCR に供した。得られたプラスミドプロファイルのデータをプラスミド変異株の存在比および 3 種類のプラスミドpEG9A、B およびC の保持率について検討した。

【総括】
本研究より、EG9 株はゴーダタイプチーズにおいて、たんぱく質分解を促進することにより、熟成期間を短縮できる可能性のある新規NSLAB であると結論付ける。

今後の展望として、まず食品製造の観点から、EG9 株を使用して製造した乳製品の官能評価が必要である。

またチーズ中のEG9 株の代謝特性について、本研究では塩漬後の 1 時点のみの解析となったため、今後さらに熟成期間が経過した時点での解析を行い、代謝特性の経時的変化を追跡することを検討したい。

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