Population pharmacokinetics of thrombomodulin alfa in pediatric patients with hematological malignancy and disseminated intravascular coagulation
概要
1.背景
汎発性血管内凝固症候群(Disseminated intravascular coagulation;DIC)は敗血症,白血病,固形腫瘍などの基礎疾患のために著しく過剰な血液凝固活性化が生じ,その結果として,多臓器不全や出血傾向がみられる重篤な病態である.リコンビナントトロンボモジュリンはトロンビンと結合しその凝固活性を阻害する抗 DIC 薬であり,従来の抗 DIC 薬に比べ,出血のリスクが少ないことから広く使用されている(Saito et al, 2007).リコンビナントトロンボモジュリンは,小児患者を対象とした薬物動態解析試験は施行されず,安全で有効な小児薬用量は定まっていない(旭化成ファーマ株式会社).現状は,臨床現場の必要性に迫られ,体重補正された成人薬用量を小児薬用量として投与されている(白幡ら,2014).しかし,このような外挿方法は,小児臨床薬理学の観点でみると過剰あるいは不十分な暴露量となる可能性があり(Holford,2013),小児における薬物治療の最適化にはつながらない.
2.研究の目的
小児血液悪性腫瘍疾患で DIC を発症した患者におけるリコンビナントトロンボモジュリンの薬物動態パラメータを推定し,小児における至適投与量を検討する.
3.対象と方法
横浜市立大学附属病院または神奈川県立こども医療センターに入院した 1 歳から 18 歳未満の小児血液悪性腫瘍症例で,DIC スコア 4 点を満たした時点で,成人薬用量であるリコンビナントトロンボモジュリン 380 U/kg を 30 分かけて 1 日 1 回 6 日間静脈内に点滴投与し
た.初回投与終了直後,6 日目の投与開始前,6 日目の投与終了直後,最終投与の 24 時間後の 4 点で血中薬物濃度を測定した.血中薬物濃度をもとに,リコンビナントトロンボモジュリンの母集団薬物動態モデルを構築し,薬物動態パラメータを推定した.最終モデルの適格性は,内部データを用いたリサンプリング法である Bootstrap 法と,Visual predictive check (VPC)法による内部評価法を用いて確認した(辻ら,2019).さらに,最終モデルを基にシミュレーションを行い,臨床的有効性を示すトラフ血中濃度>500 ng/ml を 50%以上の患者で達成できるように小児 DIC 患者における至適投与量を決定した.全ての解析は,Non- linear Mixed Effective Model (NONMEM) version 7.2 (ICON development solutions)と PLT tools ® (version 4.6.7. “P Less Than”, San Francisco, CA, USA)を用いて行った.
4.結果
8 名の小児 DIC 患者から 28 点の血中薬物濃度が得られた.8 名中 6 名が 6 日目のトラフ血漿中濃度が 500ng/ml 未満であった.最終モデルとして 1 コンパートメントモデルのクリアランス(CL)および分布容積(Vd)に体重を付与した以下の式が得られた.
CL[L/h] =0.16×(BW/70)0.75
Vd[L] =4.68×(BW/70)
小児 DIC 患者における平均的な CL は 2.9ml/㎏/h と推定され,既報の成人 DIC 患者の CL(ml/kg/h)に比べ高かった(鶴田ら,2011).母集団平均値からの CL と Vd の個体間変動は CL=21.7%と Vd=18.1%であり,血漿中リコンビナントトロンボモジュリン濃度の個体内変動は 15.5%であった.最終モデルを用いたシミュレーションでは,リコンビナントトロンボモジュリン 380 U/kg を小児患者に投与した場合,トラフ血中濃度>500 ng/ml を達成する割合は 43.9%であった.体重別にシミュレーションを行うと,20 ㎏未満の患者においてはトラフ薬物血中濃度 >500 ng/ml を達成する割合が 22.6%と低い結果であった.
5.考察
本研究では,初めて小児 DIC 患者におけるリコンビナントトロンボモジュリンの母集団薬物動態モデルを構築し,薬物動態パラメータを推定した.小児 DIC 患者におけるリコンビナントトロンボモジュリンの CL(ml/kg/h)は成人 DIC 患者に比べ高く,体重補正された成人薬用量を小児に投与した場合,不十分な暴露となることを示した.また,構築した母集団薬物動態モデルをもとに小児 DIC 患者における至適投与量を考案した.リコンビナントトロンボモジュリンの小児への適応拡大を目指すためには,小児患者を対象とした治験が必要となる.治験での小児における投与量の設定に,本研究で得られた至適投与量は重要な資料になると考える.
また,本研究ではこれまで慣習的に行われてきた,体重補正された成人薬用量をそのまま 外挿して小児薬用量とする方法が必ずしも適切でないことを示した.本研究結果が,製薬企 業,小児医療に従事する医師,薬剤師にとって小児臨床薬理学に興味を持つきっかけとなり,小児での薬物動態解析試験を促進する一助となることを期待する.