ザンビア国北部における小規模灌漑農業開発に関する研究
概要
ザンビア国では全人口の約 7 割が農村部に居住し、農村部人口の約 9 割が農業に従事している。農業人口の約 8 割が土地所有 1ha 未満の小規模農家である。多くの農家は雨期の天水農業で主食の栽培を行っているが、不安定な天候の影響を受け、食料不足に直面してきた。ザンビア政府は灌漑開発により灌漑面積の拡大に取り組んできたものの、年間数百ヘクタール程度しか灌漑面積の増加が進んでいない状況であった。また、サブサハラ・アフリカ地域で実施された大規模灌漑事業は、高コストが主な原因で評価が低く、小規模灌漑事業に関心が寄せられていた。
このような状況の下、現地の材料(木、草、土など)を用いた取水堰と、現地で入手可能な簡易水準器を用いて適切な水路勾配で建設された土水路を活用し、小規模灌漑開発がザンビア国北部地域において JICA 支援により実施された。これらの灌漑施設は、簡易な技術を使って農家が自ら建設できたため、維持管理も容易であり、短期間のうちに多数の灌漑開発と灌漑面積の拡大が実現された。
しかしながら、灌漑農業の水管理に関しては、過剰潅水により土壌や肥料分の溶脱を発生させるケースや、上流域での優先的な取水により下流域での用水不足が散見され、地区全体で適切な灌漑農業が実践されているとは言い難い状況であった。そこで本研究では、北部州ムングイ郡に位置する 1 つの小規模灌漑グループおいて、全ての農家を対象に一筆毎の灌漑の実態調査を行い、土水路の搬送効率、1 回の平均潅水量、平均間断日数、水盤灌漑の適用効率などについて検討して評価を行った。
また、ザンビア国北部地域は栄養不良を示す指標が周辺国や自国の他州に比べ高く、栄養改善への関心が高くなっていた。灌漑開発が農業分野に及ぼす影響としては、農業生産性の向上や農家の生計向上が知られているが、食材の多様化や食料安全保障に与える影響を分析した研究はほとんどない。そこで本研究では、農業生産性と農家の生計だけでなく、食費支出、食材の多様性や栄養改善についても定量的に評価することを試みた。
1.灌漑管理の実態
土水路(幹線水路)の 3 地点(取水部、中流部、下流部)で流量測定を行い、今後の適用性を考慮して 1km 当たりの搬送効率を算定した。土水路はロームから粘土の土性と判断し、1km 当たりの搬送効率は 80%/km と算定した。
また、グループ内の全農家に灌漑した日および時間、栽培作物、灌漑面積を記録してもらい、作物・区画毎に、灌漑期間、灌漑回数、灌漑面積、1 回の潅水量、灌漑期間中の総潅水量を整理し、平均間断日数、1 日の平均潅水量、平均潅水量を算定した。なお、調査は 2017 年と 2018 年の 2 乾期に行い、潅水量は三角せきを用いて測定し算出した。また、実測した気象データからペンマン法により蒸発散量を推定し、平均潅水量を用いて、適用効率を求めた。
1 回の潅水量について検討した結果、本圃場の TRAM を 20~30mm 程度と推定すると、全体の 10%が過剰潅水をしていたと示唆された。また、1 日当たりの平均潅水量は6.3mm で、平均間断日数は 4.3 日であった。一部農家による過剰な潅水はあるものの、概ね適正な灌漑が行われていたことが分かった。平均潅水量は 4.6~6.8mm の範囲で推移し、平均値は 5.8mm であった。適用効率は蒸発散量の低い 4 月から 7 月で 50%、蒸発散量が多くなる 8 月から 10 月で 80%であった。
2.灌漑開発の効果
北部州、ルアプラ州、ムチンガ州の北部 3 州において調査行い、丘陵地で雨期作の天水農業のみを営む「天水農家」と、丘陵地で雨期作の天水農業と乾期に灌漑農業を営む農家を「灌漑実践農家」に区分し、両者について 1 年間(雨期作+乾期作)の作物生産額等を比較して灌漑の効果を評価した。調査は世帯毎に行い、①農業生産性、②農家の生計、③食材の多様性、食料安全保障、④栄養状態について行った。児童への身長・体重の実測調査も実施した。
分析した結果、直接的な農業生産性の向上と収入増だけでなく、副次的な食費支出額、食材の多様化、食料安全保障や、栄養改善(低体重、消耗症)にも正の効果があることを定量的に明らかにした。しかしながら、慢性的な栄養不良である成長阻害の改善には、灌漑導入の効果が認められなかった。
本研究では、灌漑計画で重要な諸元となる搬送効率および適用効率を算定した。これらの諸元を用いて、今後の小規模灌漑での効率的な灌漑計画が立案されると考える。また、過剰潅水をしていた農家に対して、適切な潅水量を指導することで、有効な水管理が実現でき、灌漑面積の拡大も可能であると推察される。さらに、小規模灌漑開発による複数の効果を明らかにした。今後の小規模灌漑農業や灌漑施設のインフラ整備事業では、直接的な効果だけでなく、副次的な効果も考慮した事業計画、実施および評価が望まれる。