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大学・研究所にある論文を検索できる 「血管細胞の凝固・線溶系に対する亜ヒ酸の毒性発現機構に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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血管細胞の凝固・線溶系に対する亜ヒ酸の毒性発現機構に関する研究

中野 毅 東京薬科大学

2021.03.19

概要

緒言
ヒ素は、環境中に広く分布する環境汚染物質であり、無味無臭で半金属の性質を有しており、その特徴から非意図的な曝露による慢性毒性を引き起こしやすい。特に、地下水のヒ素汚染は、世界各地で報告されており、現在においても重要な環境汚染問題の一つである。慢性的なヒ素曝露によって、動脈硬化症を含む循環器系疾患の発症リスクが増加することが報告されている。したがって、ヒ素中毒の毒性発現メカニズムの解明は、ヒ素曝露によって発症する循環器系疾患の予防と治療において重要な課題である。

血管内腔を一層で覆っている血管内皮細胞は、単に血液成分と内皮下組織との接触を隔てる障壁として存在しているだけでなく、様々な因子を産生・放出し、血液凝固・線溶系の調節を介して血液と血管壁との恒常性維持に寄与している。血液は本来、非常に凝固しやすいにも関わらず、血管内皮細胞由来の高い抗血栓性により血管内では凝固しない。しかし、血管内皮細胞の傷害時には、内皮下組織中の血管平滑筋細胞などの細胞表面に発現している組織因子( 血液凝固第 III 因子、TF)と血中に存在する血液凝固第 VII 因子が結合することにより、血液凝固反応(外因系凝固反応)が開始される。凝固反応の結果、最終的に生成したフィブリンと呼ばれる繊維状のタンパク質が構成する血栓によって傷害部は一時的に閉塞され修復が行われる。組織の修復後には、血栓は血管内皮細胞が産生する組織型プラスミノーゲンアクチベーター( t-PA)の働きによりプラスミノーゲンより変換されるプラスミンによって分解、除去される。また、動脈硬化病変の進展過程において、内皮下組織に蓄積したマクロファージは、高い凝固活性を有することが報告されており、動脈硬化プラークの破綻時には、血液凝固促進性に寄与し、虚血性心疾患などの発症に関与するとされている。したがって、凝固・線溶系は、血管傷害に対する組織修復機構として機能しているが、一方で、この凝固・線溶系の破綻による血液の凝固促進性並びに血栓形成の長期化は、動脈硬化症の発症と進展に影響を及ぼす要因であるとされている。

本研究の目的は、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞およびマクロファージが行う血液の凝固・線溶調節に対する亜ヒ酸の毒性発現を、 ヒト血管内皮細胞株であるEA.hy926 細胞、ヒト大動脈平滑筋細胞( HASMCs)およびマクロファージ様 THP- 1 細胞の培養系を用いて明らかにすることである。

第1章 亜ヒ酸が血管内皮細胞の線溶系に与える影響とその毒性発現機構
線溶系は、主に血管内皮細胞が産生・分泌している線溶促進因子 t-PA とその阻害因子であるプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1( PAI-1)の 2 つの因子のバランスによって調節されている。第 1 章では、亜ヒ酸に曝露した血管内皮細胞( EA.hy926 細胞) からの t-PA および PAI-1 の産生・放出の変化、およびその結果生じる液相の線溶活性の変化、並びにその毒性発現メカニズムを検討した。はじめに、線溶活性に与える亜ヒ酸の影響を検討したところ、非特異的な細胞毒性が認められない濃度の亜ヒ酸に曝露した EA.hy926 細胞の培養上清中において、t-PA の線溶活性の低下が認められた( Figure 1)。このとき、培養上清中における PAI-1 の蓄積 量は 変 化 し な か っ たの に 対し、t-PA の蓄積量は有意に減少していた。また、亜ヒ酸による PAI-1 mRNA レベルの変化は認められなかったが、t-PA mRNAレベルの有意な減少が確認された。さらに、培養上清中の t-PAに対する亜ヒ酸の直接的な阻害作用は認められなかった。すなわち、亜ヒ酸は、EA.hy926 細胞の t-PA 線溶活性を低下させること、 並びにその線溶活性の低下が直接的な t-PA の活性阻害や EA.hy926 細胞からの PAI-1 の放出促進ではなく、t-PA の選択的な産生・放出の抑制に起因することが示された。

血管内皮細胞の t-PA の産生・放出抑制を介在する細胞内情報伝達経路として、 cyclic AMP 経路や NF-κB 経路が知られている。そこで、亜ヒ酸による t-PA 合成阻害作用への cyclic AMP 経路および NF-κB 経路の関与の可能性について検討したが、これらの経路の関与は認められなかった。亜ヒ酸は、血管内皮細胞をはじめとする多くの細胞種において、活性酸素種( ROS)の産生を介して、その毒性を発現することが報告されている。そこで次に、亜ヒ酸による t-PA 合成阻害作用への ROS 産生の関与の可能性について検討したところ、亜ヒ酸が EA.hy926 細胞の細胞内 ROS レベルを有意に増加させること、また、亜ヒ酸による t-PA mRNA レベルの低下作用が ROS 消去剤であるトロロックスの処理により一部回復することが確認された。亜ヒ酸は、ROS 産生を介して NRF2 経路を活性化させることも知られていることから、亜ヒ酸による t-PA 合成阻害作用への NRF2 経路の関与の可能性についても検討した。その結果、亜ヒ酸が、EA.hy926 細胞に対して NRF2 経路を活性化することが確認された。また、NRF2 をノックダウンした EA.hy926 細胞では、亜ヒ酸による培養上清中の t-PA 線溶活性の低下作用が消失するとともに、培養上清中のt-PA蓄積量ならびに t-PA mRNAレベル低下作用がともに回復することが確認された( Figure 2)。以上の結果より、亜ヒ酸は、cyclic AMP 経路や NF-κB 経路には依存せず、一部 ROS 産生を介した NRF2 経路の活性化を通じて、血管内皮細胞の t-PA 合成を選択的に抑制することにより、t-PA 放出量を減少させ、結果として液相中の t-PA 線溶活性を低下させることが示された。

第2章 亜ヒ酸が血管平滑筋細胞およびマクロファージ様細胞の凝固・線溶系に与える影響とその毒性発現機構
血管内皮細胞が重篤な傷害を受けた場合や血管が破綻した場合には、内皮下組織の血管平滑筋細胞も血液と接することとなり、このとき血管平滑筋細胞も凝固・線溶系の調節に関与することになる。第 2 章では、亜ヒ酸に曝露した血管平滑筋細胞である HASMCs の t-PA、PAI-1 および TF の合成に対する影響、並びにその毒性発現メカニズムを検討した。亜ヒ酸に曝露した HASMCs では、t-PA mRNAレベルの減少が認められたが、細胞内の t-PA タンパク質レベルは変化しなかった。このとき、亜ヒ酸による PAI-1 の mRNA およびタンパク質レベルの増加がわずかに認められた。したがって、HASMCs において、亜ヒ酸は、PAI-1 合成を促進することにより、線溶活性を低下させることが示唆された。また、亜ヒ酸は、HASMCsに対して、TF の mRNA およびタンパク質レベルを増加させることが確認された。すなわち、亜ヒ酸は血管平滑筋細胞において、線溶活性を低下させるだけでなく TF の発現増加を介して凝固活性を促進させることが示唆された。さらに、これらの亜ヒ酸の毒性発現への NRF2 経路の関与の可能性を検討したところ、t-PA の発現低下および PAI-1 の発現増加への NRF2 経路の関与は認められなかったが、TFの発現増加には、NRF2 経路の活性化が関与することが、NRF2 をノックダウンした細胞を用いた検討により確認された( Figure 3)。

また、動脈硬化病巣に蓄積したマクロファージも、動脈硬化プラークの破綻時には血液と接することになり、凝固・線溶系の調節に関与することとなる。そこで、ヒト単球系 THP-1 細胞から分化誘導したマクロファージ様 THP-1 細胞を用い、 PAI-1 および TF の発現に対する亜ヒ酸の影響とその毒性発現メカニズムを検討した。マクロファージ様細胞において、亜ヒ酸は、 PAI-1 および TF の mRNA レベルをともに有意に増加させた。このとき、培養上清中におけるPAI-1 の蓄積量の増加と TF タンパク質の発現増加も認められた。さらに、マクロファージ様細胞においても、血管平滑筋細胞と同様に、亜ヒ酸による PAI-1 発現増加への NRF2 経路の関与は認められなかったが、TF の発現には NRF2 経路の活性化が関与していることが確認された。したがって、亜ヒ酸は、マクロファージの PAI-1 産生を増加させることで、線溶活性を低下させるだけでなく、TF の合成促進を介して凝固活性を増強させ、血栓形成を促進させる可能性が示唆された。

総括
本研究では、亜ヒ酸によって誘発される動脈硬化病変などの血管病変の発症と進展に、血管を構成する血管内皮細胞や血管平滑筋細胞、さらには内皮下組織に浸潤・蓄積するマクロファージが行う血液凝固・線溶系の調節の撹乱が関与することを細胞培養系を用いて明らかにした。また、亜ヒ酸による血管内皮細胞の t-PA 産生・放出の抑制、並びに血管平滑筋細胞およびマクロファージの TF の発現増加に、 NRF2 経路の活性化が重要に関与していることが明らかとなった。すなわち、転写因子である NRF2 は、生体防御因子の発現誘導を介して有害物質の解毒に関与しているが、血管構成細胞における亜ヒ酸による NRF2 経路の活性化は、凝固・線溶系の調節撹乱を通じて、亜ヒ酸の毒性発現に関与することが示唆された。これらの研究成果は、血管構成細胞の血液凝固・線溶系に与えるヒ素の毒性発現機構の一部を明らかにしただけでなく、ヒ素による動脈硬化症などの血管病変の発症メカニズムの解明、並びに新たなヒ素中毒患者の治療法を開発する上で、有用な知見を提供できるものと考えられる。