リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

大学・研究所にある論文を検索できる 「二粒系コムギとAegilops umbellulataの間の隔離障壁に関する遺伝学的研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

コピーが完了しました

URLをコピーしました

論文の公開元へ論文の公開元へ
書き出し

二粒系コムギとAegilops umbellulataの間の隔離障壁に関する遺伝学的研究

Okada, Moeko 神戸大学

2021.03.25

概要

パンコムギは A と B の異なるゲノムを持つ二粒系コムギと D ゲノムを持つ2倍体野生種タルホコムギが交雑して成立した異質6倍体である。Aegilops umbellulata は U ゲノムを持つ2倍体コムギ近縁野生種であり、これまでにも Ae. umbellulata が持つ有用遺伝子がパンコムギ育種に利用されてきた。現在でも Ae. umbellulata は豊富な多様性を持っていると考えられており、重要な遺伝子源として 200 系統以上が国内のシードバンクに保存されている。またAe. umbellulata は多くの4倍体、6倍体 Aegilops 種への U ゲノム提供親であり、Ae.umbellulata と4倍体コムギとの交雑が可能なことから、自然界でも AABBUU ゲノムを持つ6倍体コムギが成立する可能性があったと考えられる。しかし、AABBUU6倍体コムギは自然界には報告がない。つまり、Ae. umbellulata の多様性や種間交雑親和性に関する研究はコムギ育種だけでなく、コムギ・エギロプス属の進化過程解明にも寄与すると考えられる。そこで本研究では、(1) Ae. umbellulata 種内の遺伝的多様性の評価、(2) 二粒系コムギとの間の雑種不和合性に関する種内変異やメカニズムの解明、(3) grass-clump dwarf (GCD)原因遺伝子の同定、(4)Ae. umbellulata の表現型の多様性とその合成6倍体への伝達様式の解明を目的とした。さらに(1)〜(4)を通して、コムギの倍数性進化過程と Ae. umbellulata の関係、つまり「なぜ AABBUU ゲノムを持つ6倍体コムギは自然界で成立できなかったのか」について考察した。加えて、先日発表されたコムギ品種農林 61 号(N61)のゲノム配列を用いた比較ゲノム解析によって、N61 ゲノムの特徴や有用性を調査した。

Chapter II. Ae. umbellulata 種内の遺伝的多様性の解明と新規分子マーカーの開発
Ae. umbellulata の全染色体を網羅する新規遺伝マーカー開発と Ae. umbellulata 種内の遺伝的多様性を評価するために、種内変異を包括するように選んだ 12 系統の Ae. umbellulata について、幼苗葉の RNA-seq 解析を行い、各系統のリードの de novo アセンブルによって転写産物を再構築し、多数の一塩基多型(SNP)と挿入・欠失変異(indel)を得た。タルホコムギとオオムギのゲノム配列を仮想的な Ae. umbellulata のゲノム配列として用い、得られた転写産物と SNP/indel を位置付けると、Ae. umbellulata の全染色体を網羅する多型情報が得られていることがわかった。興味深いことに、Ae. umbellulata はタルホコムギよりも狭い地域に分布するにも関わらず、タルホコムギよりも高い遺伝的多様性を持っていることが明らかになった。得られた多型の比較解析の結果、Ae. umbellulata 集団内には明確な系統分化は認められず、Ae. umbellulata の集団内には低頻度の allele が多く蓄積しており、その allele 頻度のパターンはタルホコムギとは明らかに異なっていた。Ae. umbellulata 種内の高い遺伝的多様性はこれらの低頻度の allele の蓄積が原因である可能性が考えられた。以上により、Ae.umbellulata の全染色体を網羅する多型情報を RNA-seq を用いて効率よく検出し、Ae.umbellualta が持つ有用遺伝子を同定するための基盤を整えることができた。

Chapter III. 二粒系コムギと Ae. umbellulata の間の雑種不和合性
二粒系コムギ品種 Langdon (Ldn)と様々な Ae. umbellulata 系統の間の生殖隔離を調査するために交雑実験を行なったところ、得られる ABU3倍体雑種では種子形成の失敗、雑種生育異常、雑種不稔の3通りの雑種不和合性が確認された。雑種不和合性は Ae. umbellulata 集団内に広範に分布しており、約 50%の F1雑種が severe growth abortion (SGA), grass-clumpdwarfism (GCD)のいずれかの生育異常を示した。交雑成功率はタルホコムギを交雑した場合とほぼ同一であった一方で、雑種生育異常を示す系統の頻度はタルホコムギを交雑した場合よりも高く、AB ゲノムと U ゲノム間の生殖隔離は AB ゲノムと D ゲノム間の生殖隔離よりも強いと考えられた。
マイクロアレイ解析の結果、SGA は茎頂分裂組織の維持に関与する遺伝子および細胞周期に関連する遺伝子の発言がクラウン組織で著しく抑制されており、茎頂分裂組織での細胞分裂の機能不全が SGA の原因であることが示唆された。また、GCD の表現型は、開花促進因子として機能する APETALA1-like MADS-box 遺伝子の発現低下と分げつ数を制御するmiR156/SPLs モジュールの発現変動によって説明できると考えられた。これらの生育異常の表現型に関連する遺伝子発現変動パターンは Ae. umbellulata を親とする ABU3倍体雑種とタルホコムギを親とする ABD3倍体雑種の間で共通していたが、ABU3倍体雑種の GCDと ABD3倍体雑種の GCD では遺伝子発現プロファイルが異なっており、Ae. umbellulata が持つ GCD 原因遺伝子は Ae. umnbellulata 独自の遺伝子である可能性が見出された。

Chapter IV. RNA-seq BSA での雑種生育異常 grass-clump dwarfism 原因遺伝子座乗領域の同定
Ae. umbellulata 独自の雑種生育異常である GCD の原因遺伝子の同定を目的として、3倍体雑種集団を用いたバルク分離分析(RNA-seq based bulked segregant analysis; RNA-seq BSA)を行なった。RNA-seq BSA と連鎖解析の結果、GCD 原因遺伝子 Gcd1 は 6U 染色体長腕にマップされた。Gcd1 の座乗位置はこれまでに報告のあるムギ類種間雑種生育異常原因遺伝子の座乗位置とは異なっていた。また、多種ゲノムとの比較解析の結果、Gcd1 領は U ゲノム特異的な領域である可能性が示唆された。RNA-seq による発現解析では、マイクロアレイ解析で見られていた分げつを抑制する SPL 遺伝子の発現低下は確認されなかった。RNA-seqに用いた RNA は GCD 症状を示す前の植物体から抽出したことから、解析結果は GCD の表現型に関わる下流遺伝子ではなく Gcd1 遺伝子自体の発現変動を示すと考えられたが、Gcd1特定に必要な情報は得られなかった。一方で、RNA-seq BSA はゲノム配列のない種や合成倍数体での遺伝子座乗領域の検出に有効であることが示された。

Chapter V. 合成6倍体の種子硬度に対する U ゲノムの効果
穀粒硬度は小麦粉の品質を決める重要な形質であり、2つの Puroindoline 遺伝子と Grainsoftness protein 1 (GSP-1)を含む Hardness (Ha)遺伝子座によって制御されている。機能的なPINA と PINB のタンパク質によって種子は軟質となる。Ae. umbellulata 種内の Pina、Pinb、GSP-1のalleleの多様性と穀粒高度の関係を調査すると、Ae. umbellulata種内には様々なPina,Pinb allele が存在するにも関わらず、成熟種子は全て硬質であった。この硬質性は Pina とPinb の allele の非同義置換、もしくは PINA、PINB タンパク質の蓄積がないことに起因すると考えられた。
Ae. umbellulata と Ldn との交雑で得られる合成6倍体の種子は、U ゲノム親から機能的なPINA、PINB タンパク質が伝達されないことに加えて、胚乳細胞壁が肥大することによって硬質の特徴を示した。このことから、Ae. umbellulata の種子関連形質の多様性は、多様な硬質コムギ育種に特に有用であることが示唆された。

Chapter VI. 合成6倍体の表現型に対する U ゲノム種内多様性の効果
Ae. umbellulataの有用遺伝子をパンコムギ品種に導入する際に利用できる新規合成6倍体系統を確立するために、Ldn と 26 系統の Ae. umbellulata との交雑とコルヒチンによる倍加処理によって合計 26 の合成6倍体系統を作出した。RNA-seq データに基づいて開発した Uゲノム染色体特異的マーカーを用いて、これらの合成6倍体は7本の U ゲノム染色体を含む 42 本の染色体セットを持つことを確認した。
AABBUU 合成6倍体では開花形質や形態形質に大きな変異が認められたが、その変異幅は親の Ae. umbellulata 系統間の変異幅に比べて減少していた。一方で AABBUU 合成6倍体とタルホコムギを親にして得られるAABBDD合成6倍体はいくつかの形態形質で明確に区別でき、AABBUU 合成6倍体では穂首での傘型脱粒に加えて草丈や穂数の増加と穂長の減少が確認された。つまり、Ae. umbellulata と Ae. tauschii の間の形態形質の種間差が合成6倍体の植物構造決定に大きく影響していることがわかった。

Chapter VII. 農林 61 号ゲノムアセンブリの評価
本章の研究は JSPS 若手研究者海外挑戦プログラムを利用し、スイス、チューリッヒ大学の清水健太郎博士のもとで行なった。コムギ品種農林 61 号(N61)は広域適応性、赤カビ病抵抗性、早生などの特徴がある日本の代表的な麺用コムギ品種である。本研究ではコムギ 10+ゲノムプロジェクトで唯一のアジア系品種として解読された N61 のゲノム配列の有用性を検証するために詳細な情報解析と、パンコムギ品種 Chinese Spring (CS)との比較ゲノム解析を行った。反復配列の解析では N61 に特異的な反復配列を持つ染色体領域が同定され、その領域は PR13 ファミリーの遺伝子が重複していることがわかった。また、開花に関連するFT や Ppd1、種皮色のマーカー遺伝子である Tamyb10、半矮性遺伝子である Rht1 等の育種・環境適応に重要な遺伝子について、農林 61 号と CS の間の1塩基レベルの多型や新規コピー数の変異が確認された。このことから、N61 のゲノム配列は機能的・進化的研究の参照配列として十分に高精度であり、これを利用することで未開拓のアジアのパン用小麦の多様性を包括的に評価することが可能になると期待される。

総合考察では、以上の研究で明らかにした Ae. umbellulata と ABU 合成6倍体の遺伝的および表現型の多様性から、「なぜ AABBUU ゲノムを持つ6倍体コムギが自然界には存在しないのか」について議論した。雑種生育異常の研究、表現型の評価結果から、ABU6倍体は自然界でも成立しうるが、雑種の適応度が低く、人為選択の対象にならなかったために種として存続できなかった可能性が考えられた。本研究で示された交雑親和性や表現型に関する Ae. umbellulata の種内変異や多型情報は、Ae. umbellulata の解析や ABU6倍体成立過程の解明だけでなく、他の Aegilops 属の種間交雑親和性や異質倍数体種成立過程の解明に寄与すると期待される。