論文の公開元へInhibition of Rho-kinase ameliorates decreased spine density in the medial prefrontal cortex and methamphetamine-induced cognitive dysfunction in mice carrying schizophrenia-associated mutations of the Arhgap10 gene
概要
主論文の要旨
Inhibition of Rho-kinase ameliorates decreased spine
density in the medial prefrontal cortex and
methamphetamine-induced cognitive dysfunction in
mice carrying schizophrenia-associated mutations of
the Arhgap10 gene
Rho-kinaseの阻害は、統合失調症に関連するArhgap10遺伝子変異を
有するマウス内側前頭前皮質のスパイン密度の減少と
methamphetamine誘発性認知機能障害を改善する
名古屋大学大学院医学系研究科
臨床医薬学講座
総合医学専攻
医療薬学分野
（指導：山田 清文
田中 里奈子
教授）
【緒言】
近年我々は、日本人統合失調症患者対象のゲノム解析により発症に強く関与する
ARHGAP10 遺伝子のコピー数変異(CNV)を同定した。さらにその中の患者の一人は対
立遺伝子の ARHGAP10 遺伝子エクソン 17 の一塩基変異(SNV: p.S490P)も併せて保有
していた(Sekiguchi et al. 2020)。ARHGAP10 遺伝子ミスセンス変異(p.S490P)は野生型
ARHGAP10 に比べ RhoA との結合能が低いことが確認され、患者由来の ARHGAP10 遺
伝 子 変 異 は ARHGAP10 の 機 能 低 下 を 引 き 起 こ す こ と が 示 唆 さ れ た(Sekiguchi et al.
2020)。ARHGAP10 は活性型である GTP 結合型 RhoA を不活性型の GDP 結合型に変
換することにより、低分子量 G タンパク質 RhoA を負に制御する。また、RhoA のエ
フェクター分子である Rho-kinase はアクチン動態を制御することで神経細胞のスパイ
ン形態変化に関与している(Newey et al. 2005)。
そこで、この患者の遺伝子変異(SNV/CNV)を模した Arhgap10 遺伝子改変マウス
(Arhgap10 S490P/NHEJ マウス)を作製し、病理学的解析並びに行動解析を行った。そ
の結果、ARHGAP10 の下流分子 Rho-kinase の異常な活性化及び統合失調症患者で見ら
れる内側前頭前皮質における錐体細胞のスパイン密度低下、野生型マウスには影響を
及 ぼ さ な い 低 用 量 の methamphetamine に よ り 認 知 機 能 が 低 下 す る こ と を 見 出 し た
(Sekiguchi et al. 2020, Hada et al. 2021)。しかし、これらの表現型と Rho-kinase の関係
は不明である。
そこで本研究では、Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの内側前頭前皮質におけるスパイ
ン密度の低下及び methamphetamine 誘発性の認知機能障害に対する Rho-kinase 阻害剤
fasudil の効果を検討した。
【対象及び方法】
本研究では、8－15 週齢の雄性 Arhgap10 S490P/NHEJ マウス及び同腹子の野生型マ
ウスを用いた。fasudil(20 mg/kg)又は vehicle を腹腔内投与し、その 60 分後に線条体、
側 坐 核 及 び 内 側 前 頭 前 皮 質 を 摘 出 し た 。 western blotting 法 に よ り リ ン 酸 化 myosin
phosphatase–targeting subunit 1(MYPT1)(Thr696)及び MYPT1 の発現量を定量した。さ
ら に 、 マ ウ ス 脳 切 片 を 作 製 し 、 免 疫 染 色 法 に よ り 内 側 前 頭 前 皮 質 の neuronal nuclei
(NeuN)陽性細胞数及びリン酸化 MYPT1(Thr696)陽性細胞数をカウントした。また、
fasudil(20 mg/kg)又は vehicle を 7 日間経口投与した翌日に脳を摘出し、ゴルジ染色法
により内側前頭前皮質第 2/3 層における錐体細胞のスパイン密度を解析した。さらに、
認知機能を評価するために視覚弁別試験を行った。充分に視覚弁別学習の成立 した
Arhgap10 S490P/NHEJ マウスを用い、視覚弁別試験開始 5 分前に fasudil(3－20 mg/kg)、
30 分 前 に 低 用 量 methamphetamine(0.3 mg/kg) を 腹 腔 内 投 与 し た 。 な お 、 低 用 量
methamphetamine(0.3 mg/kg)は野生型マウスの視覚弁別試験の成績に影響を与えない
ことを確認している(Hada, Wulaer et al. 2021)。また、fasudil(3－20 mg/kg)及び低用量
methamphetamine(0.3 mg/kg)を腹腔内投与した Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの脳切片
を作製し、免疫染色法により内側前頭前皮質の c-Fos 陽性細胞数をカウントした。
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【結果】
Rho-kinase 阻害剤 fasudil の腹腔内投与は、Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの線条体及
び側坐核において Rho-kinase の基質である MYPT1 のリン酸化(Thr696)レベルの増加
を 有 意 に 低 下 さ せ た (Fig. 1A, B, C, D) 。 ま た 、 western blotting 法 で は 、 Arhgap10
S490P/NHEJ マウスの内側前頭前皮質において MYPT1 のリン酸化(Thr696)レベルに差
が見られなかった(Fig. 1E, F)。一方、免疫組織学的解析では fasudil の腹腔内投与によ
り Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの内側前頭前皮質の神経細胞マーカーNeuN とリン酸
化 MYPT1(Thr696)の共陽性細胞数の増加が有意に低下した(Fig. 2)。また、fasudil を
7 日間経口投与することにより、Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの内側前頭前皮質にお
けるスパイン密度の低下を有意に改善した(Fig. 3)。さらに、fasudil の投与は低用量
methamphetamine 処置 Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの視覚弁別能の低下を改善し(Fig.
4)、methamphetamine により増加した内側前頭前皮質における神経活動マーカーc-Fos
陽性細胞数を有意に減少させた(Fig. 5)。
【考察】
Fasudil の投与により Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの線条体、側坐核及び内側前頭前
皮質においてリン酸化 MYPT1(Thr696)レベルが抑制されたことから、fasudil は脳内に
おいて Rho-kinase 活性を抑制することが示唆された(Fig. 1, 2)。次に、ゴルジ染色の結
果より Rho-kinase が Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの内側前頭前皮質第 2/3 層における
錐体細胞のスパイン密度低下に寄与することが示唆された(Fig. 3)。RhoA/Rho-kinase
シグナルは、アクチン細胞骨格を調節し、神経細胞のスパインの収縮及び消失と神経
突 起 の 退 縮 を 促 進 す る こ と が 知 ら れ て い る (Sarowar et al. 2020, Martin-Camara et al.
2021)。我々は Rho-kinase 阻害剤 Y-27632 が、ARHGAP10 変異を有する統合失調症患
者由来の人工多能性幹細胞から分化したチロシンヒドロキシラーゼ陽性神経細胞の神
経突起伸長の障害を改善することを報告している(Sekiguchi et al. 2020)。さらに、本研
究の結果は他グループの RhoA 又は Rho-kinase の阻害剤が様々な神経精神疾患モデル
マ ウ ス の 異 常 な ス パ イ ン 形 態 を 改 善 す る と い う 報 告 と 一 致 す る (Bobo-Jiménez et al.
2017, Francis et al. 2019)。 続 い て 、 視 覚 弁 別 試 験 の 結 果 よ り 、 Rho-kinase が 低 用 量
methamphetamine により誘発される認知機能障害に関与することが示唆された(Fig. 4)。
fasudil が低用量 methamphetamine 処置後の内側前頭前皮質における c-Fos 陽性細胞数
の増加を抑制したことから、Rho-kinase は低用量 methamphetamine により惹起される
内側前頭前皮質の異常な神経活動の活性化に寄与することが示唆された(Fig. 5)。視覚
弁別試験では、皮質－線条体回路が重要な役割を果たしている。特に前頭前皮質の神
経活動は、刺激と応答の関連付けや逆転学習時よって活性化される(Asaad et al. 1998,
Brigman et al. 2013, Bissonette et al. 2015)。我々は、野生型マウスにおいて Y-27632 を
内側前頭前皮質へ局所投与することにより、methamphetamine(1 mg/kg)誘発性の視覚
弁別障害が改善することを報告している(Liao et al. 2022)。これらの結果より、Rhokinase を介した内側前頭前皮質における methamphetamine 誘発性の異常な神経細胞の
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活性化が、Arhgap10 S490P/NHEJ マウスの methamphetamine に誘発される認知機能障
害と関連していることが示唆された。
【結語】
本研究で得られた知見より、Rho-kinase は Arhgap10 S490P/NHEJ マウスのスパイン
形態の神経病理学的変化と methamphetamine 誘発性の認知機能障害に重要な役割を果
たしていることが示唆された。 したがって、RhoA/Rho-kinase シグナルは ARHGAP10
遺伝子変異を有する統合失調症患者に対する新しい治療標的になり得る可能性が示さ
れた。
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Fig. 1 The effect of fasudil on phosphorylation levels of MYPT1 at Thr696 in Arhgap10 S490P/NHEJ mice. A, C, E:
Western blotting of pMYPT1 (Thr696) and total MYPT1 in the striatum (A), NAc (C), and medial prefrontal cortex
(mPFC) (E). B, D, F: Ratios of pMYPT1 (Thr696) levels to total MYPT1 levels in the striatum (B), NAc (D), and
mPFC (F) of Arhgap10 S490P/NHEJ mice or WT mice 60 min after fasudil (20 mg/kg, i.p.) treatment. Data represent
the mean ± SEM (n = 10 mice per group) and were analyzed by Tukey’s multiple comparison test. **P < 0.01 compared
with WT mice and #P < 0.05, ##P < 0.01 compared with the vehicle group.
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Fig. 2 The effect of fasudil on expression levels of pMYPT1 (Thr696) on NeuN-positive neurons in the mPFC of
Arhgap10 S490P/NHEJ mice. A. Representative images of pMYPT1 (Thr696) (magenta) and NeuN (green)
immunoreactivity in the mPFC of Arhgap10 S490P/NHEJ mice (scale bar indicates 10 μm). B. Ratio of pMYPT1
(Thr696) and NeuN double-positive neurons to NeuN-positive neurons in the mPFC of Arhgap10 S490P/NHEJ mice
or WT mice 60 min after fasudil (20 mg/kg, i.p.) treatment. Data represent the mean ± SEM (n = 15 slices in each of 5
mice per group (3 slices per mouse)) and were analyzed by Tukey’s multiple comparison test. *P < 0.05 compared with
WT mice and ##P < 0.01 compared with the vehicle group.
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Fig. 3 The effect of fasudil on spine density in the mPFC of Arhgap10 S490P/NHEJ mice A. Representative images of
dendric spines (scale bar indicates 5 μm). B. Spine density of layer 2/3 pyramidal neurons in the mPFC of Arhgap10
S490P/NHEJ mice or WT mice after fasudil (20 mg/kg, p.o.) treatment for 7 days. Data represent the mean ± SEM
(n = 30–32 dendrites in each of 5 mice per group (6–7 dendrites per mouse)) and were analyzed by Tukey’s multiple
comparison test. **P < 0.01 compared with WT mice and ##P < 0.01 compared with the vehicle group.
Fig. 4 The effect of fasudil on the methamphetamine-induced impairment of visual discrimination in Arhgap10
S490P/NHEJ mice. Percentage of correct responses in the visual discrimination task. The animals were treated with
methamphetamine (0.3 mg/kg, i.p.) and fasudil (20 mg/kg, i.p.) 30 min and 5 min before the task, respectively. Data
represent the mean ± SEM (n = 7–16 mice per group) and were analyzed by Tukey’s multiple comparison test.
**P < 0.01 compared with WT mice and #P < 0.05 compared with the vehicle group.
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Fig. 5 The effect of fasudil on the number of c-Fos–positive cells in the mPFC of Arhgap10
S490P/NHEJ mice A. Representative images of c-Fos immunoreactivity in the mPFC of Arhgap10 S490P/NHEJ mice
(scale bar indicates 50 μm). B. Number of c-Fos–positive cells in the mPFC of Arhgap10 S490P/NHEJ mice. The
animals were treated with methamphetamine (0.3 mg/kg, i.p.) and fasudil (20 mg/kg, i.p.) 150 min and 125 min before
perfusion, respectively. Data represent the mean ± SEM (n = 12–15 slices in each of 4–5 mice per group (3 slices per
mouse). *P < 0.05, **P < 0.01 compared with the saline-saline–treated group and ##P < 0.01 compared with the
methamphetamine-saline–treated group.
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