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大学・研究所にある論文を検索できる 「プロテアソーム機能低下時に代償的に働く機構の網羅的探索」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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プロテアソーム機能低下時に代償的に働く機構の網羅的探索

橋本, 永一 東京大学 DOI:10.15083/0002002535

2021.10.15

概要

【序論】
 プロテアソームはユビキチン化タンパク質の分解を通じて真核生物の多様な細胞機能制御に必須の役割を果たすタンパク質分解酵素複合体であり、その機能異常はがんや神経変性疾患をはじめとする各種のヒト疾患発症に関与することが知られている。がん細胞ではプロテアソーム発現が亢進し、bortezomib(Velcade®, BTZ)などのプロテアソーム阻害剤に高い感受性を示すことから、正常細胞に比べがん細胞の増殖・生存にプロテアソーム活性の維持が極めて重要であると考えられている。また加齢に伴うプロテアソームの機能低下は神経変性疾患の進行に関与することも示唆されている。こうしたプロテアソーム機能の変調によりもたらされる病態の解明や治療法開発のために、プロテアソーム機能変化に対する細胞応答機構の解明が求められているが、その実態はほとんど明らかになっていない。特にプロテアソーム機能低下に対する細胞応答機構は、老化に伴う神経変性疾患の発症メカニズムやがん細胞におけるプロテアソーム阻害剤耐性獲得機構の解明につながることから、その理解は重要であると考えられる。そこで本研究ではプロテアソーム機能低下時の細胞生存に寄与する因子の網羅的な探索により、プロテアソーム機能低下時に働く新規の細胞応答機構の解明を目指した。

【結果・考察】
1. ヘキソキナーゼ1(HK1)はプロテアソーム機能低下時の細胞死抑制因子である
 プロテアソーム機能低下時の細胞生存に必要な因子を網羅的に同定するため、細胞死を指標としたゲノムワイドsiRNAスクリーニングを実施した。一次スクリーニングではヒト約18,000遺伝子に対して4種類のsiRNAが混合されたsiRNAライブラリーを使用し、BTZ処理により強く細胞死が誘導される遺伝子の探索を行った結果1,146の候補遺伝子を得た。二次スクリーニングでは2種類の細胞株(U2OS細胞とHeLa細胞)に対して独立した4種類のsiRNAを個別に用いて解析を行なったところ、51遺伝子について3種類以上のsiRNAで効果が確認された。一方でU2OS細胞を用いたRNAシークエンシング(RNA-seq)解析から、BTZ処理により発現量が1.8倍以上増加した遺伝子として2,322遺伝子が得られた。これら二つの網羅的解析の結果を重ね合わせることにより、プロテアソーム機能低下時に働く細胞応答機構に関与する因子として6遺伝子を候補として絞り込んだ(Fig.1)。ここでRNA-seq解析よりプロテアソーム阻害時にグルコース代謝経路関連因子の発現亢進が確認されたことから、候補遺伝子のうち解糖系の律速酵素であるHK1に特に着目して解析を進めた。その結果BTZとHK1のノックダウン、またはBTZとヘキソキナーゼ阻害剤2-deoxy-D-glucose(2-DG)の共処理により顕著な細胞死誘導が確認された。またマウス腫瘍移植モデルを用いて抗腫瘍効果を検証したところ、BTZと2-DGの併用による相乗的な腫瘍増殖抑制が確認された。以上の結果からHK1はプロテアソーム機能低下時の細胞生存に必要な因子であることが示された。

2. O-GlcNAc化修飾の亢進はプロテアソーム機能低下時の細胞生存に必要である
 一般にHK1は解糖系の他に、糖鎖修飾経路およびO結合N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)化修飾経路に関与することが知られている。このうち本研究で実施したRNA-seq解析結果より、プロテアソーム阻害時においてO-GlcNAc化修飾に関連する遺伝子クラスターの発現誘導が確認されたことから、O-GlcNAc化修飾に着目して解析を進めた。プロテアソーム阻害時にO-GlcNAc化修飾の実行酵素であるO-GlcNAcトランスフェラーゼ(OGT)の発現亢進と共にO-GlcNAc化タンパク質の蓄積が観察されたが、2-DG処理により蓄積が抑制され細胞死が亢進した(Fig.2)。ここでGlcNAc添加によりO-GlcNAc化修飾を活性化すると、O-GlcNAc化タンパク質の蓄積が促進されると共に細胞死が抑制された。さらにBTZとOGTのノックダウン、またはBTZとOGT阻害剤OSMI-1の共処理により細胞死が顕著に誘導されたことから、プロテアソーム機能低下時におけるO-GlcNAc化修飾の亢進が細胞生存に必要であることが示された。

3. O-GlcNAc化修飾の亢進はプロテアソーム機能低下時のプロテアソーム活性維持に必要である
 プロテアソーム機能低下時におけるO-GlcNAc化修飾亢進を介した細胞応答機構の詳細を解明するために、O-GlcNAc化修飾の阻害によるプロテアソーム機能への影響を調べたところ、BTZとOSMI-1の共処理によりプロテアソーム活性低下と共にユビキチン化タンパク質の蓄積が確認された(Fig3)。またプロテアソーム活性変化を生細胞内で観察できる蛍光モデル基質ZsGreen-mODC(mouse ornithine decarboxylase)の安定発現U2OS細胞株においてもBTZとOGTのノックダウン、またはBTZとOSMI-1の共処理による基質の蓄積が認められたことから、O-GlcNAc化修飾の亢進はプロテアソーム機能低下時におけるプロテアソーム活性維持に必要であることが示された。

4. O-GlcNAc化修飾はNrf1非依存的にプロテアソーム活性維持に働く
 プロテアソーム機能低下時のプロテアソーム活性維持機構として、転写因子Nrf1を介したプロテアソームサブユニット群の代償的発現上昇が知られている。そこで、O-GlcNAc化がNrf1の活性化に必要である可能性を検証した。その結果、Nrf1ノックアウト細胞においてもBTZとOSMI-1の共処理により野生型と同程度の細胞死誘導およびプロテアソーム活性低下が確認された。またOGTノックダウンおよびOSMI-1処理によるプロテアソームサブユニットの発現低下は認められなかったことから、O-GlcNAc化修飾はNrf1とは異なる新規のメカニズムでプロテアソーム活性維持に働くことが示された(Fig.4)。

5. O-GlcNAc化修飾とプロテアソームの同時阻害によりがん細胞死が促進される
 ここまでの解析で明らかになったプロテアソーム機能低下時の細胞応答機構を逆手にとった抗がん剤治療の可能性を、マウス腫瘍移植モデルにより検証した。その結果、単剤ではほとんど抗腫瘍効果を示さないほど低濃度のBTZおよびOSMI-1であっても、併用により強い腫瘍抑制効果を示した(Fig.5)。この結果からプロテアソーム機能低下時の腫瘍の増殖・生存にO-GlcNAc化修飾の亢進が重要であることが示された。

6. RNF181はプロテアソーム機能低下時の細胞生存に必要な因子である
 プロテアソーム機能低下時にO-GlcNAc化修飾される標的タンパク質を同定するために、質量分析による解析を実施した。アジド化GlcNAcを細胞に取り込ませることで産生されたアジド化標識されたO-GlcNAc化タンパク質を、Click反応を利用して精製した後に質量分析を行い、BTZ処理によりO-GlcNAc化修飾が亢進し、BTZとOSMI-1処理を行うことでO-GlcNAc化修飾が抑制される因子を同定したところ、19因子が最終候補として絞り込まれた(Fig.6)。ここでゲノムワイドsiRNAスクリーニングおよびRNA-seq解析の結果プロテアソーム機能低下時の細胞死抑制因子として同定されていたRNF181が最終候補に含まれていたため、RNF181に焦点を当てて解析を実施した。
 RNF181はRING型ユビキチンリガーゼであり、プロテアソーム機能低下時にプロテアソームに結合することが報告されている。実際に様々なストレスの存在下でRNF181とプロテアソームの結合を調べたところ、RNF181はプロテアソーム機能低下に特異的に応答してプロテアソームと結合することが明らかとなった。またプロテアソーム機能低下時のRNF181の機能を調べるためにCRISPR/Cas9システムを利用してRNF181ノックアウト(KO)細胞を樹立した。RNF181KO細胞では野生型と比べてBTZ処理に対する感受性が上昇していた。一方BTZとOSMI-1の同時処理により野生型細胞ではBTZ単剤処理と比べて細胞死が強く誘導されたのに対し、RNF181KO細胞ではBTZ単剤処理と同程度の細胞死誘導が認められた(Fig.7)。これはRNF181がプロテアソーム機能低下時にO-GlcNAc化修飾を受けることで細胞死を抑制する因子であり、RNF181ノックアウトによりOSMI-1処理の効果が見られなくなったためであると考えられる。以上の結果よりRNF181はプロテアソーム機能低下時にO-GlcNAc化修飾が亢進することで細胞死を抑制する因子であることが示された。

【総括】
 本研究で私はプロテアソーム機能低下時の細胞生存に必要な因子の網羅的探索により、O-GlcNAc化修飾の亢進による新規のプロテアソーム機能維持機構の存在を明らかにした。O-GlcNAc化修飾はがん細胞の増殖・生存に寄与することが知られるほか、神経変性疾患の病態進行との関連も示唆されている。本研究はO-GlcNAc化修飾がプロテアソーム機能維持に働くことを初めて示したものであり、その詳細な分子機構の解明はがんや神経変性疾患などのプロテアソーム機能制御機構の破綻が病態発症の一因であると考えられる疾患に対し、プロテアソーム機能の正常化という側面から新しい治療戦略の構築に貢献できると考えられる。