多施設共同サーベイランスによる肺炎球菌に対する薬剤感受性の動向と血液・髄液由来肺炎球菌に関する分子疫学調査研究
概要
肺炎球菌感染症は、肺炎、気管支炎、副鼻腔炎、および中耳炎などが主要な病態である。これらの病態から菌血症、髄膜炎に進展した侵襲性肺炎球菌感染症は、予後不良の臨床的に重要な感染症の一つである。肺炎球菌に対する抗菌化学療法の第一選択薬はペニシリン系抗菌薬であるが、近年、ペニシリン耐性肺炎球菌は全世界へ拡散し、合わせて他系統の抗菌薬に耐性を獲得した薬剤耐性肺炎球菌の増加が大きな問題となっている。他方、肺炎球菌感染症の予防対策として肺炎球菌ワクチンが開発され、臨床応用されている。諸外国では肺炎球菌ワクチンの導入により、侵襲性肺炎球菌感染症は減少傾向が示されているが、ワクチンに含まれない血清型による肺炎球菌感染症の増加が懸念されている。これまで侵襲性肺炎球菌感染症由来の肺炎球菌の血清型変化については検討が行われてきたが、分離菌株のDNA配列解析やフラグメント解析による遺伝子型の変化については十分に検討されていない。
本研究は、肺炎球菌の同一地域内での長期の薬剤耐性化の動向を把握する目的で、2001年-2015年の15年間に近畿地区で分離された肺炎球菌4354株を対象に薬剤耐性調査の多施設共同サーベイランスを行った。さらに2008年-2013年の6年間に近畿地区で分離された侵襲性感染症由来の肺炎球菌159株を対象に血清型の調査、ならびにMLSTによるDNA配列解析、PFGEによるフラグメント解析を行い、遺伝子型の調査を行った。
2001年-2015年の15年間の多施設共同サーベイランスにおいて、本邦において7価肺炎球菌コンジュゲートワクチン(PCV7)が導入されるまでの薬剤感受性の動向としてPeriod1(2001-2002年)とPeriod5(2009-2010年)を比較すると、特に小児由来株でのβラクタム系抗菌薬、マクロライド系抗菌薬の耐性化が進行し、2009-2010年にピークとなった。一方、PCV7導入後の動向としてPeriod5(2009-2010年)と Period6(2011-2015年)を比較すると、小児由来株のβラクタム系抗菌薬の薬剤感受性は回復が認められるものの、成人、ならびに小児由来株のマクロライド系抗菌薬の耐性化はさらに進行した。これらの傾向に一致するように、多剤耐性肺炎球菌はPCV7が導入されるまでは、小児由来株で経年的な増加が認められるも、PCV7導入後は減少した。
2006年-2013年の6年間に分離された侵襲性由来の肺炎球菌の主要な血清型は、6B、22F、19A、および 22Fであった。成人において小児へのPCV7導入後に血清型14、4、および9Vが減少し、群れ免疫効果によると思われる血清型置換が認められた。MLST解析では、血清型6BのSeqence typeが14種類と他の血清型と比較して多く、遺伝学的多様性が認められた。PFGE解析では48種類のPFGEtype、10のクラスターに分類され、近畿地区での流行クローンの拡散と定着、および遺伝学的な系統の変化を示唆する成績が得られた。
本研究の成果は、肺炎球菌に対する抗菌化学療法における抗菌薬適正使用や、今後の肺炎球菌ワクチンプログラムの導入効果の検証に貢献できるものと考える。