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哺乳類冬眠動物シリアンハムスターが有する細胞自律的な低温耐性機構の解析

姉川, 大輔 東京大学 DOI:10.15083/0002005150

2022.06.22

概要

【序論】
冬眠は、⾷糧不⾜と気温低下を伴う冬季の過酷な環境を、体温・代謝率を著しく低下させて乗り越える、⽣存戦略の⼀つである。多くの哺乳類にとって、体温を約37ºCに維持することは重要である。例えば、ヒトは体温が18ºCを下回ると⼼停⽌することが報告されている。また、ラットでは、15ºC以下の低温状態、またはそこからの復温により、臓器機能障害、細胞死が誘導される。⼀⽅で、ジリスやシリアンハムスターといった⼩型の哺乳類冬眠動物は、数ヶ⽉に及ぶ冬眠期間中、体温が10ºC以下まで低下する「深冬眠」と、通常とほぼ同じ体温まで復温する「中途覚醒」を何度も繰り返すが、顕著な⽣理学的障害は⽰さない(図1)。実際に近年、冬眠動物が細胞⾃律的な低温耐性を有することが、ジリスの神経細胞やシリアンハムスターの腎臓上⽪細胞の系で⽰されたが、その分⼦機構は未だ不明である。本研究では、通年冬眠誘導が可能な冬眠動物シリアンハムスターをモデルとし、冬眠動物の低温耐性機構の解明を⽬指した。

【⽅法と結果】
1.冬眠動物シリアンハムスターの肝細胞は⽣得的に細胞⾃律的な低温耐性を有する
深部臓器である肝臓は低温ストレスに脆弱なことが知られている。実際、冬眠しない動物マウスの初代培養肝細胞を低温で培養すると、⼤量の細胞死が誘導された(図2A)。⼀⽅でシリアンハムスター(以後、ハムスターと表記)の肝細胞では、この低温誘導性の細胞死量が顕著に少なかった(図2A)。この実験では、夏季様の環境で飼育している⾮冬眠期のハムスター(図1)を⽤いた。ハムスターは夏季様の環境から、冬季様の環境に移⾏後、2-3ヶ⽉の冬眠準備期間を経てから冬眠を開始する。ハムスターは、冬眠期の深冬眠と中途覚醒時に、低体温および、そこからの復温にさらされる。そこで次に、ハムスターの低温耐性が、⾮冬眠期から冬眠期にかけて、さらに向上するか否かを検証した。夏季様の環境で飼育している⾮冬眠期のハムスターと、冬眠期の中途覚醒ハムスターから肝細胞を単離し、⻑期間の低温培養を⾏ったところ、1週間強の低温培養後もわずかな細胞死しか誘導されないことが判明した(図2B)。⼀⽅で、2週間以上低温培養を続けると、⼤量の細胞死が⽣じた。しかし、⾮冬眠期・冬眠期間で、細胞死量に顕著な差は認められなかった(図2B)。さらに、深冬眠から中途覚醒への移⾏を模した復温ストレスに対する耐性についても同様の⽐較を⾏ったが、⾮冬眠期・冬眠期間で、細胞死量に有意な差は認められなかった(図2C)。これらの結果から、ハムスターの肝細胞は、⾮冬眠期においても顕著な低温耐性を有しており、この耐性は、⾮冬眠期・冬眠期間でほとんど変化しないことが⽰唆された。

2.ハムスター肝細胞の低温耐性は⾷餌由来の栄養に依存して劇的に変化する
次に、マウス・ハムスター間の低温耐性の差をもたらす分⼦機構の解明を⽬指した。低温誘導性細胞死は、ferroptosisと呼ばれる制御された細胞死の⼀種と共通した特徴を⽰すことが、ヒト株化細胞の系で過去に⽰されている。実際、ferroptosis阻害剤であるdeferoxamine、troloxをマウス肝細胞の低温培養時に添加すると、細胞死量が顕著に抑制された(図3A)。ferroptosisの分⼦機構を⾜がかりにハムスターの低温耐性機構を解析する過程で、私は、ハムスター肝細胞の低温耐性が、⾷餌に依存して劇的に変化することを⾒出した。上述の、顕著な低温耐性を⽰したハムスターを飼育していたSTD餌とは異なる、STC餌でハムスターを飼育すると、低温耐性が消失した(図3B)。このSTC餌ハムスターの肝細胞で⽣じる低温誘導性細胞死は、ferroptosis阻害剤によって顕著に抑制された(図3C)。これらの結果は、ハムスターの初代培養肝細胞が有する⽣得的な低温耐性には、⾷餌由来の何らかの栄養が必要であることを⽰している。

3.α-tocopherolはハムスター肝細胞の細胞⾃律的な低温耐性に必要である
そこで次に、冬眠動物の細胞⾃律的な低温耐性に必要な栄養を明らかにすることを⽬指した。ferroptosisは、過酸化脂質の蓄積を伴う細胞死であり、その阻害剤であるtroloxおよびferrostatin1は、ラジカルスカベンジャーとしての抗酸化作⽤を介して細胞死を抑制すると考えられている。したがって、餌に含まれる抗酸化物質が、ハムスター肝細胞の低温耐性に必要である可能性を考えた。実際、STD餌の⽅が、STC餌よりもその組成上、脂溶性抗酸化物質ビタミンEの含有量が多い。そこで、⾷餌由来のビタミンEが、ハムスター肝細胞の低温耐性に必要か否かを確かめるために、哺乳類⽣体内に選択的に蓄積すると考えられているビタミンEの同族体、α-tocopherol(αT)をSTC餌ハムスターに2週間経⼝投与した(図4A)。その結果、αT投与群から単離した肝細胞では、低温培養時の細胞死量が顕著に抑制された(図4B)。この結果は、ハムスター肝細胞の細胞⾃律的な低温耐性には、⾷餌由来のαTが必要であることを⽰している。

4.マウスとハムスターとのリン脂質組成の差異
興味深いことに、今回実験に⽤いたマウスにはSTD餌を与えていた。つまり、STD餌はシリアンハムスターには低温耐性を付与するが、マウスには付与しないと⾔える(図2A)。では、マウスとハムスターの低温耐性の差異は、どのような機構でもたらされるのだろうか。先⾏研究において、脂質代謝酵素の機能操作、もしくは脂肪酸の添加によって、脂質組成の変化と相関して、細胞のferroptosis耐性が増強することが報告されている。よって、低温耐性の差異も、細胞膜脂質組成の違いに起因する可能性が考えられる。そこで私は、マウス(STD餌を摂取)と、STD餌ハムスター、STC餌ハムスターとで、肝細胞のリン脂質組成を⽐較することを⽬指した。そのために、動物から単離した直後の肝細胞から総脂質を抽出し、LC-MSによるリピドーム解析(慶應義塾⼤学医学部・杉浦先⽣との共同研究)を⾏って、細胞内に豊富に存在するリン脂質である、phosphatidyl choline(PC)およびphosphatidyl ethanolamine(PE)の脂質組成を⽐較した。同定できた主要なPC,PEに関して、主成分分析を⾏ったところ、マウスとハムスターとで、異なるクラスターを形成した(図5A)。この結果は、マウスとハムスターとでは、同⼀の餌を与えていても、肝細胞のPC、PEの脂質組成が異なることを⽰唆する。実際、⼆重結合数の数でPC、PEを分類したところ、⼆重結合数が3つ以上の、多価不飽和脂肪酸(Poly unsaturated fatty acid: PUFA)を含む脂質の⽐率は、ハムスターよりマウスの⽅が⼤きいことが判明した(図5B)。⼀般に、不飽和度の⾼い脂肪酸ほど、酸化ストレスによる傷害を受けやすいとされる。したがって、不飽和度の⾼い脂肪酸を含むPC,PEが多い、マウスの肝細胞の脂質組成は、低温ストレスにより⽣じる酸化ストレスに対して脆弱である可能性が⽰唆される。

【まとめと考察】
本研究で私は、ハムスター肝細胞が細胞⾃律的な低温耐性を有することを⾒出した。さらに、その低温耐性は、⾮冬眠期・冬眠期に関わらず、約1週間の低温ストレスにさらされてもわずかな細胞死しか⽣じないほど顕著であった。⼀⽅で、⾮冬時期と冬眠期とで、約2週間の低温ストレスへの耐性、および復温ストレスに対する耐性は、ほとんど変わらないことが明らかになった。これら結果は、ハムスター肝細胞の低温耐性が、冬眠期に限定的なものではなく、⾮冬眠期においても⽣得的に備わることを⽰している。この⽣得的な低温耐性が、著しい低体温に陥る冬眠時において、臓器機能の維持、および⽣命維持に関与すると考えられる。さらに、本研究は、ハムスター肝細胞の低温耐性が、⾷餌に依存して劇的に変化すること、および⾷餌由来のα-tocopherol(αT)がその低温耐性に必要であることを明らかにした。⼀⽅で、ビタミンE含有量の多いSTD餌は、ハムスターには低温耐性を付与するが、マウスには付与しないことを明らかにした。それでは、αTはどのような機構で、ハムスター肝細胞に低温耐性を付与するのだろうか。また、マウスとハムスターとで、同じ餌を与えていても、⼤きく低温耐性が異なるのは、どのような機構によるのだろうか。第⼀に、肝細胞内のαT保持量が、低温耐性に直接寄与する可能性が考えられる。細胞内のαT量は、αTの細胞内取り込み、代謝、細胞外への排出のバランスにより規定される。これらプロセスを担うタンパク質の活性やαTとの親和性が、マウスとハムスターの種間で異なる可能性がある。低温耐性に寄与する第⼆の要素として、膜脂質の組成が挙げられる。本研究において、私は、リン脂質組成の網羅的な解析を⾏い、マウスとハムスターとでは、同じ餌を摂取していてもPC,PEの組成が異なり、中でも、⼆重結合数が3つ以上のPC,PEは、マウスの肝細胞により多く含まれることが判明した。マウスの脂質組成は、低温刺激により誘導される酸化ストレスに対して、ハムスターより脆弱な可能性がある。リン脂質組成のリモデリングには、アシル基転移酵素やアシルCoA合成酵素が寄与しうる。これら酵素の発現量や活性が、種間で異なることが、低温耐性の差異に重要かもしれない。低温耐性に寄与しうる第三の要素として、αTによるシグナル伝達が挙げられる。αTは、酸化ストレス応答に関わるNRF2を含む、複数の転写因⼦の活性を調整しうることが知られるため、細胞の酸化ストレス消去系の亢進を介して、低温耐性に寄与する可能性も考えられる。

今後、上記で挙げた点に種間の差異があるか否かををマウス・ハムスター間で検証していくことで、低温耐性を有する冬眠動物と、マウス・ヒトなどの低温耐性を有さない動物との違いを⽣み出す仕組みが明らかになると期待される。そこで得られる知⾒は、移植臓器の低温保存時や低体温療法時に誘導される低温傷害を抑制する⽅法の開発など、医療⾯での応⽤可能性も秘めると考えられる。

参考文献

[1] Chayama, Y., Ando, L., Tamura, Y., Miura, M., Yamaguchi, Y., Decreases in body temperature and body mass constitute pre-hibernation remodeling in the Syrian golden hamster, a facultative hibernator. R. Soc. open sci. 3: 160002, 2016

[2] Chayama, Y., Ando, L., Sato, Y., Shigenobu, S., Anegawa, D., Fujimoto, T., Taii, H., Tamura, Y., Miura, M., Yamaguchi, Y., Molecular basis of white adipose tissue remodeling that precedes and coincides with hibernation in the Syrian hamster, a foodstoring hibernator. Front. Physiol. 9: 1973, 2019

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