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大学・研究所にある論文を検索できる 「統合失調症の早期段階におけるミスマッチ陰性電位と認知機能・全般的社会適応レベルの検討」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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統合失調症の早期段階におけるミスマッチ陰性電位と認知機能・全般的社会適応レベルの検討

越山, 太輔 東京大学 DOI:10.15083/0002002359

2021.10.13

概要

【背景】
統合失調症は、幻聴や妄想等の陽性症状、意欲低下や感情の平板化等の陰性症状、言語性記憶や遂行機能等の認知機能低下がみられる精神疾患である。その多くが思春期に発症し、慢性進行性に経過するため、統合失調症を若年期に発症しその後の人生を送る方々の負担は非常に大きい。しかしその病態のほとんどは未解明で、現在の薬物療法の治療効果は限定的である。よって統合失調症の病態の解明とそれに基づく新たな治療法の開発が喫緊の課題である。
 統合失調症をもつ方々は、その症状から社会生活に多くの困難を抱えている。症状のなかでも認知機能障害は日常生活に大きな影響を与えており、遂行機能、注意、記憶、処理速度等さまざまな機能低下がみられる。また統合失調症では認知機能のうち、記憶や注意等が特に大きく社会適応レベルに影響することが知られている。したがって認知機能障害により、統合失調症をもつ人々は社会生活に大きな困難をきたしている。
 統合失調症では、より早期の段階から支援を開始することが予後の改善に重要である。特に統合失調症発症後5年間は、後の予後に影響する臨界期にあたり、治療の重要性が高い。さらに精神病未治療期間が短いほど将来の精神症状や社会適応レベルの予後が良い。そのような観点から、精神病ハイリスク(Ultra-high risk, UHR)という概念により、早期支援を開始する試みが拡がっている。早期支援を進めるためには、統合失調症早期段階の病態解明と、それに基づく治療法開発が喫緊の課題である。そのためには精神疾患の病態を反映する生物学的指標が必要であるが、そのような指標は乏しいのが現状である。もし統合失調症早期の病態を反映する神経生理学的指標が確立されれば、その指標をターゲットとして、病態の解明もしくは新規の治療法の開発に向けた基礎科学的・臨床的アプローチが可能になる。そのようななか、統合失調症早期の病態を反映する神経生理学的指標として、脳波検査法により測定されるミスマッチ陰性電位(mismatch negativity, MMN)が有力な候補と考えられている。
 MMNの測定には、聴覚オッドボール課題を使うことが多い。オッドボール課題では、同じ長さと同じ高さの音(標準刺激)を繰り返し聞くなかで、長さや高さが異なる音(逸脱刺激)をランダムに混入させる。標準刺激で生じる事象関連電位と逸脱刺激で生じる事象関連電位では波形が違い、この差波形がMMNである。MMNにはいくつかの種類があり、なかでも音の長さを変えた逸脱刺激を用いて測定するduration MMN(dMMN)、音の高さを変えた逸脱刺激を用いて測定するfrequency MMN(fMMN)が広く研究に使われている。統合失調症ではMMNの振幅低下がみられることが知られており、これまでに繰り返し報告されている。さらにdMMN振幅は初回エピソード統合失調症患者およびUHR群で有意に低下がみられ、一方でfMMN振幅は初回エピソード統合失調症患者およびUHR群で有意な振幅の低下がみられないことが報告されている。よって、dMMNは統合失調症発症前のUHRの段階からすでに振幅が低下しており、一方でfMMNは統合失調症の発症前後では振幅の低下がみられないことから、dMMNとfMMNでは統合失調症の臨床病期において振幅が低下する時期が異なることがこれまでに明らかにされている。またMMNは統合失調症において認知機能や社会適応レベルと関連することが知られており、近年の慢性期統合失調症患者の大規模研究において、dMMNが認知機能障害を通じて社会適応レベルに影響するという階層的な関連があることが示された。しかしながらこれまでのところ、dMMN、fMMN、認知機能、社会適応レベルについて統合失調症の早期段階で包括的に調査した研究は存在しない。
 統合失調症の早期段階で異常がみられるMMNは認知機能や社会適応レベルと階層的な関連があり、早期段階の病態を反映する生物学的指標として病態解明および治療法開発に有用である可能性がある。しかしながら統合失調症早期段階におけるMMN・認知機能・社会適応レベルの関係は十分に明らかになっていない。さらにdMMNとfMMNは早期段階で振幅が低下する時期が異なるため、認知機能・社会適応レベルとの関係も異なるかもしれない。よって、本研究では統合失調症早期段階においてMMNと認知機能・社会適応レベルとの関連を調べ、さらにdMMNとfMMNで認知機能・社会適応レベルとの関係が異なる可能性があるため、それぞれで関連を調べることにした。

【方法】
 被験者は、発症後早期統合失調症(Recent-onset schizophrenia, ROSZ)26名、UHR30名、健常者(Healthy Control, HC)20名である。全般的社会適応レベルは、機能の全体的評定尺度(Global Assessment of Functioning scale, GAF)の分割版を用いて症状の重症度(GAF-S)、全般的機能(GAF-F)に分けて評価した。認知機能は、統合失調症認知機能簡易評価尺度(Brief Assessment of Cognitionin Schizophrenia, BACS)の日本語版(BACS-J)を用いて評価した。脳波データは64-channel Geodesic EEG Systemを用いてdMMNとfMMNの両方を測定し、EEGLABを用いて解析した。統計解析にはMMN振幅が最大であったFCz周囲の7電極の平均を用いた。そしてROSZおよびUHR群においてそれぞれMMN振幅とGAFスコア間について相関係数を算出し、ROSZ、UHR、HC群においてそれぞれMMN振幅とBACS-Jスコア間について相関係数を算出した。さらに、統合失調症の早期段階において、MMNは直接に全般的社会適応レベルに影響するのか、もしくは認知機能によって媒介されるのかを明らかにするため、構造方程式モデリングを使用した。構造方程式モデリングの解析には、MMN振幅と有意に相関したGAFスコアおよびBACS-Jスコアを用いた。モデル適合度の指標には、goodness of fit index(GFI)、root-mean-square error of approximation(RMSEA)およびAkaike information criterion(AIC)を使用した。すベての統計解析の有意水準はp<0.05に設定した。

【結果】
 ROSZ群とUHR群との間でGAF-Sスコア、GAF-Fスコアでともに有意差がみられ、いずれもROSZ群の方がUHR群よりもスコアが低く、重症であった。BACS-Jスコアでは、HC群と比較してROSZ群で、総合得点(p<0.001)、言語性記憶と学習(p=0.001)、ワーキングメモリー(p<0.001)、運動機能(p<0.001)、言語流暢性課題(p=0.005)、注意と情報速度(p<0.001)、遂行機能(p=0.03)が有意に低下していた。またHC群と比較してUHR群で、総合得点(p=0.03)、注意と情報速度(p=0.04)が有意に低下していた。
 dMMN振幅は、HC群に比ベてROSZ群の方で有意に低下しており(p=0.01)、HC群に比ベてUHR群の方で低下する傾向にあった(p=0.09)。fMMN振幅はROSZ群、UHR群、HC群の3群間で有意差はなかった。dMMN振幅は、ROSZ群においてGAF-Sスコア(r=–0.42, p=0.03)およびGAF-Fスコア(r=–0.45, p=0.02)と有意に相関した。dMMN振幅は、UHR群においてはGAF-Fスコア(r=–0.37, p=0.046)と有意に相関した。fMMN振幅は、ROSZ群においてBACS-Jスコアのワーキングメモリー(r=–0.57, p=0.002)および注意と情報速度(r=–0.41, p=0.04)と有意に相関した。
 相関解析結果に基づき、dMMN、fMMN、ワーキングメモリー、注意と情報速度、GAF-Fの関係性を調ベるため、パス解析を行った。注意と情報速度を含めたモデルはROSZ・UHR群には適合しなかったが、dMMN、fMMN、ワーキングメモリー、GAF-Fを含めたモデルはよく適合した。想定し得るモデルのなかで、dMMNからGAF-Fに、dMMNおよびfMMNそれぞれからワーキングメモリーに、ワーキングメモリーからGAF-Fにパスを設定したモデルが最も良く適合した。ROSZ群におけるモデルの結果(GFI=0.98; RMSEA<0.001; AIC=18.93)とUHR群におけるモデルの結果(GFI=1.00; RMSEA<0.001; AIC=18.25)は、dMMN振幅がROSZ群(β=–0.48, p=0.006)およびUHR群(β=–0.43, p=0.002)においてGAF-Fスコアに直接影響を与えることを示しており、また一方でfMMN振幅がROSZ群においてのみワーキングメモリーに影響を与え(β=–0.69, p<0.001)、UHR群においてのみワーキングメモリーがGAF-Fスコアに影響を与えることを示した(β=0.56, p<0.001)。

【考察】
 dMMN振幅がROSZ群でHC群に比ベて低下しており、UHR群でHC群に比ベて低下する傾向にあるという本研究の結果は、先行研究の結果に一致していた。これらの結果は、dMMN振幅の低下が、統合失調症の発症前から存在することを示しており、dMMNが統合失調症のtrait markerとなりうることが示唆される。またfMMN振幅が3群間(ROSZ群、UHR群、HC群)で有意な差がないという本研究の結果も、先行研究の結果に一致した。統合失調症の慢性期においてはfMMNが低下していることが知られており、統合失調症早期段階ではfMMN振幅は低下していないことから、fMMN振幅は統合失調症発症後に低下すると考えられた。以上の結果は、先行研究により既知の知見であり、本研究でその所見が再現された。
 dMMN振幅がROSZ群およびUHR群の統合失調症の早期段階においてGAF-Fスコアにより評価された全般的社会適応レベルと関連することを示した本研究の結果は初めての報告であり、慢性期の統合失調症患者を対象とした先行研究結果に一致している。fMMN振幅がROSZ群においてワーキングメモリーと関連したという本研究の結果は、これまでに類似の報告は乏しく、新規性がある報告である。
 パス解析によりMMNがワーキングメモリーや全般的社会適応レベルに与える影響は逸脱刺激の種類と臨床病期によって異なることが本研究により初めて明らかになった。特にdMMN振幅が統合失調症の発症前から全般的社会適応レベルに影響するという所見は、dMMNが統合失調症発症前から存在する病的過程を反映している可能性がある。よってdMMNは、統合失調症の早期段階で社会適応レベルを改善する早期支援法の開発において、有用な神経生理学的指標になりうることが明らかにされた。一方でfMMN振幅はROSZ群においてのみワーキングメモリーに影響し、またワーキングメモリーがUHR群においてのみ全般的社会適応レベルに影響した。ワーキングメモリーはROSZ群で低下しており、UHR群では低下していなかった。したがってfMMNはROSZ群において障害されているワーキングメモリーと関連がみられ、UHR群においてはワーキングメモリーが障害されておらず、関連がみられなかった可能性がある。これらの所見から、ROSZ群でみられたfMMNとワーキングメモリーの相関は、統合失調症発症後に生じた病的過程を反映している可能性があると考えられる。

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