大学病院勤務歯科医師の日中過度の眠気と職業性ストレス及び労働時間との関連
概要
【研究の目的】
長時間労働や職場でのストレスの増加は日中の眠気の増加と関連があることが徐々に明らかになっ ている。医療専門職に焦点を置くと,医師や歯科医師の業務過多による長時間労働が課題となっており,心身のストレス等による日中の眠気増加が,集中力・判断力・作業効率等の低下につながる可能性が 懸念される。特に歯科医師は他の専門的職業と比較してもストレスレベルが高いと考えられる。長時 間の腰を曲げた姿勢や診療中の騒音や材料の臭い・患者への責任感などは歯科医師にとって大きなス トレス要因である。さらに国内の週当たりの平均労働時間は38.9時間であるのに対し大学病院等の医 育機関に勤務する30代男性歯科医師では60時間を超えている。このように歯科医業はストレスレベル が高い中で長時間労働に耐えなければならない環境下にある職種の一つである。
先行研究において医師や看護師について職業性ストレスや週の労働時間と日中の眠気に関する報告がある。職業性ストレス簡易調査票およびESS(Epworth Sleepiness Scale)が評価指標として使用され,医師のEDS(Excessive Daytime Sleepiness)有の群は無の群と比較して職業性ストレスや週の労働時間が有意に高い結果となっている。職業性ストレスの中でも医師は特に疲労感・不安感及び抑うつ感と有意な関連を示し,看護師では疲労感及び職場環境によるストレスとの有意な関連性を示している。
このように同じ医療従事者間でも専門職種によりEDSと関連のある因子はやや異なる傾向がある。治療のほとんどが歯の切削等歯科医師一人の単独作業であることや手作業に依存することなど,歯科医師は他の医療職とは異なる特殊性を持つことから,歯科領域における研究成果が重要となる。しかし歯科医師を対象としたEDSと職業性ストレス及び労働時間との関連に関する先行研究は乏しい。そこで本研究では歯科医師のみを対象にした質問票調査を実施し,歯科医師の職業性ストレス及び労働時間とEDSの関連性について構造的に検討することを目的とした。
【方法】
国内の6つの大学病院へ勤務する歯科医師を対象とした質問紙調査を実施した。質問内容は,ESS,個人属性,就労状況及び職業性ストレス簡易調査票項目とした。得られた110名の有効回答を分析対象とし,各項目について,EDSの有無別にカイ二乗検定,フィッシャーの正確確率検定及びトレンド検定を行い,有意差の認められた項目について年齢及び性別調整のために多変量分析を行った。その後, 最終的にEDS有無に関連する項目の構造的な関連性を検討するため,多変量解析にてEDSの有無と有意な関連を認めた項目についてパス解析を行った。
【結果】
全体の半数以上(63.9%)が,週平均労働時間が60時間以上であった。また「,職場の対人関係ストレス」及び「職場環境によるストレス」「イライラ感」「疲労感」「不安感」「抑うつ感」「身体愁訴」「休日平均睡眠時間」「週の平均労働時間(80時間カットオフ)」においてEDSの有無と有意な関連が認められ(p<0.05),これらが高い群はEDS有の割合が高かった。一方「仕事のコントロール度」「仕事の満足度」が高いとEDS有の割合は低くなった。その後,年齢及びカイ二乗検定で有意な関連を認めた各項目を独立変数として投入した多変量分析では「職場の対人関係ストレス」「仕事のコントロール度」「イライラ感」「疲労感」「不安感」「抑うつ感」「身体愁訴」がEDSの有無と有意な関連性を示した。パス解析では「職場の人間関係ストレス」や「抑うつ感」がEDSとの直接的な関連を認めた。一方「仕事の満足度」「仕事のコントロール度」の得点は間接的にEDSと負の関係を示した。
【考察】
今回「労働時間」「職業性ストレス」「日中の過度の眠気リスク」これらの関連性について構造解明のためパス解析を行った。解析を行うにあたり,各観察項目の位置づけについてNIOSH,仕事の要求ー資源モデルであるJD-Rモデルを参考とした解析を行った。4つの変数の中で最もEDSに影響を与えていたのは職場の対人関係ストレスだった(標準化総合効果β=.32)。職場の対人関係ストレスはEDSリスクに直接的な関連のみならず,抑うつ感とも関連が認められた。Kawakamiらによれば,抑うつ感と人間関係の悪さは有意に関連があるとしている。今回の結果はこれらの研究結果と一致する。さらに職場の対人関係ストレスが高いと仕事のコントロール度(β=-0.39)や仕事の満足度(β=-0.12)が低い結果となった。職場の対人関係を良好に保つことは,仕事のコントロールを維持し,EDSリスクを低く保つうえで有効である可能性がある。
歯科医師において「仕事の満足」「職場での対人関係のストレス」「仕事のコントロール」「抑うつ感」は日中の過度の眠気リスクとの間に関連性があることが示された。しかし本研究は横断研究であることから因果関係の裏打ちは必ずしも十分ではなく,日中の眠気の高さが影響を与える可能性について否定できていない。今後は因果関係についても検証するため,縦断的な調査が必要である。
【結論】
日中の過度の眠気の有無へは,「職場の人間関係ストレス」や「抑うつ感」が直接的に,「仕事のコントロール」と「仕事の満足度」が間接的に関連していることが示された。