On depth in the local Langlands correspondence
概要
F を p 進体として,F 上の連結簡約群 G を考える.G に対する局所 Langlands 予想とは,G(F ) の既約スムーズ表現の同型類の集合から,G の L パラメータの同値類の集合への自然な写像(局所 Langlands 対応)の存在を主張するものである.この予想は表現論・整数論双方の観点において重要かつ中心的な課題として位置づけられており,これまで多くの研究者によって様々な結果が得られてきた。中でも G が一部の古典群の場合には,Harris–Taylor([HT01])および Arthur([Art13])などにより,対応の存在は完全に証明されるにいたっている.この古典群の局所 Langlands 対応は,現代の表現論・整数論の根幹を成す重要な成果であると言える.しかし一方で,彼らの対応の構成は跡公式をはじめとする種々の大道具を駆使した抽象的なものであり,その対応の様子は判然としない.また局所 Langlands 対応はその特徴付け以外にも様々な自然な性質を満たすことが期待されているが,それらの中には古典群の場合でも未だ解明されず予想として残っているものが数多くある.そこで次の段階として,「古典群の局所 Langlands 対応をより深く,明示的に理解する」という問が自然に生じるのである.
この問に対して,表現の「深度」という観点から取り組むというのが本論文の内容である.まず G(F ) の既約スムーズ表現に対して,種々の開コンパクト部分群による固定部分空間を評価することで,「深度」と呼ばれる不変量(0 以上の実数)が定まる.一方で G が馴分岐という仮定をみたすとき,その L パラメータに対しても,Galois 表現としての分岐の深さを表す「深度
(0 以上の実数)が定義できる.これら二つの深度という不変量が,局所 Langlands 対応の下でどう結びついているかを調べる,というのが本論文のテーマである.
主定理を述べる前に,局所 Langlands 対応は有限対一の写像となっており,その各ファイバーは L パケットと呼ばれる,ということを思い出しておく.以下が本論文前半部(Part 1 および Part 2)の主定理である:
定理 1 (Theorems 4.11, 5.6, 8.10). G を F 上の斜交群,準分裂直交群あるいはユニタリ群とし,剰余標数p は G のサイズに比べて十分に大きいとする.ϕ を G の L パラメータとし,ΠϕG をその L パケットとする.
このとき,等式
max{depth(π) | π ∈ ΠϕG} = depth(ϕ)
が成り立つ.更に G がユニタリ群の場合には,depth(π) は ΠϕG 内で一定となる.
このユニタリ群の場合の「深度は L パケット内で一定になり,L パラメータの深度に等しい」という性質は局所 Langlands 対応の深度保存則と呼ばれており,高次単数群が局所類体論で高次分岐群に対応することの一般化と見なせる。この性質は一般線型群の場合には Yu によって証明されており([Yu09]),一般の群の場合にも(すくなくとも適切な仮定の下での)成立が期待されている.Ganapathy–Varma によって不等式 max{depth(π) | π ∈ ΠϕG} ≤ depth(ϕ) が得られていたが([GV17]),それを等式に改良するとともに,ユニタリ群の場合には更に一定性も示すことで深度保存則を完全に証明した,というのがこの定理の内容である.
この定理の証明の大筋についてであるが,まず G が準分裂の場合に証明し,非準分裂の場合は準分裂の場 合に帰着させる,という方針をとる.準分裂の場合の証明の鍵となる道具は,「捻られたエンドスコピー指標関係式」と「表現の(捻られた)指標の局所展開」である.古典群に対する局所 Langlands 対応は,一般線型群の局所 Langlands 対応との整合性(エンドスコピー持ち上げ)によって特徴付けられる.一般線型群の局所 Langlands 対応は Yu の結果から深度を保つため,古典群の局所 Langlands 対応の深度保存則は,一般線型群へのエンドスコピー持ち上げの深度保存則に帰着されることになる.この持ち上げを特徴付けているのが,捻られたエンドスコピー指標関係式と呼ばれる,表現の(捻られた)指標の間の等式である.一方でこれらの表現の(捻られた)指標は,原点近傍では軌道積分の線型結合で表すことができる(局所展開).そしてこの局所展開の成立する半径,つまり原点近傍の大きさが,表現の深度と密接に関係している.そこで L パケット内の表現の指標と,その一般線型群への持ち上げの捻られた指標の,それぞれの局所展開の半径を捻られたエンドスコピー指標関係式を用いて比較する,というのが準分裂の場合の証明の概略である.この結果を非準分裂の場合に拡張するステップでは,θ 対応を利用する.θ 対応は Weil 表現と呼ばれるメタプレクティック群の表現を用いることで,相異なる古典群の表現同士を関係づけるものである.特に今回の場合は非準分裂ユニタリ群の表現と準分裂ユニタリ群の表現が θ 対応によって結びつく.この θ 対応は深度を保つことが Panによって証明されており,また局所 Langlands 対応との関係性も Gan–Ichino によって調べられている.そこでこれらの蓄積を合わせることで,非準分裂ユニタリ群の局所 Langlands 対応の深度保存則は準分裂の場合に帰着できるのである.
次に本論文後半部(Part 3)の結果について説明する.この Part 3 では単純超尖点表現と呼ばれる表現を考察する.単純超尖点表現とは Gross–Reeder により導入された,深度が正のものの中で最小値をとるような表現である.この表現は局所 Langlands 対応の明示的記述の動機付けの下で近年盛んに研究が行われている([IT15], [Kal15], [Adr16], [Oi16a, Oi16b] など).斜交群・準分裂直交群の場合に,単純超尖点表現を含む Lパケットの構造と,対応する L パラメータが完全に記述できる,というのが以下の Part 3 の主結果である:
定理 2 (Theorems 12.1, 14.16, 14.17, 14.18, 15.4, 15.6, 15.7). G を斜交群あるいは準分裂直交群とし,p は奇数とする.このとき G の単純超尖点表現を含む L パケットは,単純超尖点表現のみからなる高々二元の集合となる.またその一般線型群へのエンドスコピー持ち上げは,単純超尖点表現あるいは単純超尖点表現と指標による放物型誘導で与えられ,その L パラメータも Galois 表現として明示的に記述できる.
この定理の証明においてもやはりエンドスコピー指標関係式が鍵となる.一般線型群の場合には,単純超尖点表現の局所 Langlands 対応は Bushnell–Henniart と Imai–Tsushima らにより明示的に記述されている.故に定理 2 の本質は L パケットとその持ち上げの決定にある.証明のポイントの一つは,単純超尖点表現の(捻られた)指標の値は Kloosterman 和の一種により記述できる,ということである.Kloosterman 和の基本性質と指標関係式を組み合わせることで,L パケットの構造とエンドスコピー持ち上げの形を絞り込んでいく,というのが大まかな方針である.
では定理 2 の証明の概略を説明する.まず斜交群の単純超尖点表現を含む L パケットを考える.すると adjoint 作用に関する簡単な考察から,この L パケットは少なくとももう一つ単純超尖点表現を含むことが言える.そこで単純超尖点表現の「生成性」に,L パケットに関する種々の基本性質(生成的表現の一意性,形式次数の定数性,超尖点表現の parametrization)を組み合わせることで,「L パケットが更に別の表現を含むならば,それは深度 0 でも単純超尖点でもない超尖点表現である」ことが証明できる.しかし一方で,このような表現が我々の L パケットには含まれないことが,指標関係式と Kloosterman 和の非消滅性から示せる.これにより L パケットが単純超尖点表現から成る二元集合であることが従う.またこの考察から,この L パケットが分岐直交群の L パケットの持ち上げになっていることも示せる.ここでこれらの L パケットたちが θ 対応の関係にもあること(Gan–Ichino の定理)と,θ 対応が深度を保つこと(Pan の定理)に注目することで,分岐直交群の L パケットは単純超尖点表現一元のみから成ることが分かる.そしてこれら L パケットの間の関係を,指標関係式の計算により決定することで,斜交群の場合の定理 2 は,分岐直交群の場合に帰着されるのである.分岐直交群の場合の方針は基本的には [Oi16a, Oi16b] のものと同じである.ただし今回は [Oi16a, Oi16b] とは異なり,移送因子と呼ばれる指標関係式に現れる補正項が非自明になるため,計算は大幅に複雑となる.最後に不分岐直交群の場合であるが,この場合には分岐直交群の単純超尖点 L パケットに対して θ 対応を用いることで,L パケットを直接構成する.そしてその構造の決定では,やはり Gan–Ichino および Pan の結果に指標関係式を合わせる,という方針をとる.ただしここでの問題点として,θ 対応では得られない不分岐直交群の単純超尖点 L パケットが存在する.しかしそのような L パケットは spinor 指標による捻りを考えることで,θ 対応で得られる場合に帰着することができる.これによって全ての場合の証明が完結する.
定理 2 の帰結として特に,単純超尖点表現に関する深度保存則が,小さな p(定理 1 に比べて)についても成り立っていることが分かる.また本論文の最後では,定理 2 の応用として,平賀・市野・池田によって提唱された形式次数予想を単純超尖点表現の場合に証明する.このように,単純超尖点表現に対する局所 Langlands対応を精密に記述した定理 2 は,局所 Langlands 対応に関する種々の予想を検討する上での試金石としての意義をもつものと言える.