Characteristic classes via 4-dimensional gauge theory
概要
本論文では,4 次元多様体の族に対するゲージ理論,より詳しくは SO(3)-Yang–Mills 理論と Seiberg–Witten 理論を用いて,4 次元多様体をファイバーとするファイバー束の特性類を構成した.さらに,いくつかの具体例を計算し,この特性類が非自明であることを証明した.
この研究の動機付けおよび位置付けを説明するため,まずは対比として,2 次元トポロジーにおける特性類の研究を振り返る.2 次元多様体,すなわち曲面そのものの分類は古典的に知られているが,曲面束の分類は比較にならぬほど困難である.分類問題の第一歩は不変量の構成であり,とりわけ,ファイバー束の不変量として,特性類は最初に構成を試みる対象である.そして実際,曲面束に対しては,Mumford–Morita–Miller類と呼ばれる特性類が定義され,曲面束の豊かな理論における中核を担っている.一方,4 次元に目を転ずると,4 次元多様体をファイバーとするファイバー束を考える以前に,4 次元多様体そのものが,既に分類の困難な対象である.にもかかわらず,Donaldson の登場以降,ゲージ理論は,4 次元多様体の分類問題に対して,強力な手段を提供し続けてきた.ゲージ理論に基づき定義される Donaldson 不変量および Seiberg–Witten不変量は,4 次元多様体の微細な違いを見分けるための中心的な不変量として,現在既にその地位が確立されているといえる.さて,ひとつの 4 次元多様体の分類も困難である以上,4 次元多様体をファイバーとするファイバー束,すなわち,4 次元多様体束の分類は,極めて挑戦的な問題だと予想される.しかし,2 次元トポロジーにおける豊かな族の研究およびひとつの 4 次元多様体に対する分類理論の研究を合わせて考えると,この挑戦的問題に取り組む第一歩として,ゲージ理論に基づき 4 次元多様体束の特性類の構成を試みるのは自然である.本論文は,この最初のステップを,想定しうる範囲内で最も普遍的な形で実行したものである.すなわち,本論文で定式化される特性類は,4 次元多様体の微分同相群の然るべき部分群の分類空間上のコホモロジー類として定式化される.加えて本論文では,この特性類に基づいた 4 次元多様体束の分類理論が実行可能であることを示唆するべく,いくつかの具体的な 4 次元多様体束に対して特性類を計算し,自明な値と非自明な値の両方を実際に取る場合があることを証明した.
本論文の主結果は以下の通りである.SO(3)-Yang–Mills 方程式に基づく特性類と Seiberg–Witten 方程式に基づく特性類の 2 種類が定義できるが,両者の構成のアイデアは平行しているため,計算例の多い Seiberg–Witten 方程式に基づく特性類のみここでは述べる.X を向き付けられた 4 次元閉多様体とする. Diff+(X) を X 上の向きを保つ自己微分同相写像のなす群とする.s を X 上のひとつの spinc 構造の同型類とし,Diff+(X) の部分群 Diff(X, s) を
Diff(X, s) := { f ∈ Diff+(X) f∗s = s }
で定義する.また,O を X のひとつのホモロジー的向き (homology orientation) としたとき,Diff(X, s) の部分群 Diff(X, s, O) を
Diff (X, s, O) := { f ∈ Diff (X, s) | f ∗ O = O }
で定める.さて,spinc 構造(の同型類)s に対しては,形式的次元 d(s) と呼ばれる整数が定まった.d(s) は,Seiberg–Witten 方程式の解のモジュライ空間の次元を数定理により形式的に計算したものである.
定理 1 n を非負整数とし,b+(X) ≥ n + 2 かつ d(s) = −n と仮定する.このとき,コホモロジー類
SW(X, s) ∈ Hn(BDiff(X, s); Z/2)
および
SW(X, s, O) ∈ Hn(BDiff(X, s, O); Z)
を,Seiberg–Witten 方程式の n-パラメータの族を用いて構成できる.
定理 1 の変量は Seinerg–Witten 変量の族版である.すなわち,定理 1 において n = 0 とすると,SW(X, s, O), SW(X, s) はそれぞれ通常の Seinerg–Witten 変量およびその mod 2 に一致する.
一般に,ファイバー束に対する特性類が構成されたとしても,その特性類が非自明であるかは,別の困難を孕む問題となる.例えば,曲面束の Mumford–Morita–Miller 類の定義は比較的容易であるが,その非自明性の証明は容易とは言い難い.本論文では,定理 1 の特性類は,非自明な値を取り得るものであることを証明した.論文内で計算されているいくつかの具体例の内のひとつを以下に述べる.
例 1 n ≥ 0 に対し,
SW(K3#n(S2 × S2), sspin) ̸= 0 in Hn(BDiff+(K3#n(S2 × S2)); Z/2) (1)
が成立することが確かめられる.ここで sspin は K3#n(S2 × S2) のスピン構造から来る spinc 構造(の同型類)である.(X が単連結で s がスピン構造から来る spinc 構造(の同型類)の場合,Diff(X, s) = Diff+(X)であることに注意する.)ここで,n > 0 ならば,K3#n(S2 × S2) に対する従来のゲージ理論的不変量,すなわち Donaldson 不変量や Seiberg–Witten 不変量は消滅している.にもかかわらず,族に対する不変量は消えていないことをこの例は主張する.
(1) の計算には,Seiberg–Witten 方程式の解の貼り合わせと壁越えを合わせた Ruberman [4–6] の議論の一般化を用いる.定理 1 の特性類は分類空間上の普遍的なコホモロジー類であるため,(1) の非消滅定理の証明のためには,K3#n(S2 × S2) をファイバーとする具体的なファイバー束に対して特性類の計算を行い,非自明であることを示せば十分である.そのような具体的なファイバー束は,互いに可換な微分同相写像たちによる多重写像トーラスの構成により,n 次元トーラス Tn 上に作ることができる.
例 1 は特性類の非消滅定理であるが,本論文では,特性類の消滅に関しても以下のことを証明した.これは,定理 1 の特性類の値は,4 次元多様体束のトポロジーや幾何構造を真に反映していることを保証するものである.まず,n > 0 の場合,(Diff(X, s) あるいは Diff(X, s, O) を構造群として) 自明なファイバー束に対しては定理 1 の特性類は消滅する.より非自明な消滅公式として,ファイバーの 4 次元多様体の b+ に関する然るべき仮定の下,4 次元多様体束のファイバーごとの連結和に対しては定理 1 の特性類は消滅する.これは, 4 次元多様体の連結和に対する Donaldson 不変量・Seiberg–Witten 不変量の消滅公式の族に対する類似である.また,与えられた 4 次元多様体束がファイバーごとに正スカラー曲率計量を許容する場合も,定理 1 の特性類は消滅する.これは,4 次元多様体上の正スカラー曲率計量に対する Seiberg–Witten 不変量の消滅公式の族に対する類似である.これらの消滅定理と例 1 の非消滅定理との双方を合わせると,本論文の特性類は,4 次元多様体束に対して様々な値を持ち得ることが期待される.
族に対するゲージ理論による不変量に関する先行研究には次の二つがある.一つ目は,Ruberman による 4 次元多様体上の自己微分同相写像に対する整数値不変量についての一連の研究 [4–6] である.二つ目は Li–Liu [3] による研究である.[3] では,spinc 構造の同型類ではなく,spinc 構造そのものがファイバーごとに与えられた,滑らかな閉多様体を底空間とする 4 次元多様体束に対する整数値不変量が定義された.これらの変量は,定理 1 の特性類のごく特別な場合として復元される.
これらの先行研究および本研究のルーツは,1989 年に書かれた Donaldson のサーベイ [2] に見つけることができる.Donaldson は [2] において,族のゲージ理論に基づき 4 次元多様体束の特性類が定義できる可能性を示唆していた.しかし,Donaldson のアイデアを正当化するには,以下に述べるように,いくつかの点で問題があった.なお,上述の Ruberman と Li–Liu による先行研究においては,以下の問題点は生じないことを注意しておく.
第一の問題はファイバー束の構造群に関わるものである.ファイバー束のトポロジーの立場からは,考察したい 4 次元多様体束の構造群として,ファイバーの 4 次元多様体の微分同相群あるいはその部分群を採用するのが自然な要請である.しかし,ゲージ理論で用いる Yang–Mills 反自己双対方程式と Seiberg–Witten 方程式を 4 次元多様体の上で立式するには,4 次元多様体上に非トポロジカルなデータを固定する必要がある.この非トポロジカルなデータの自己同型群を,考察したい 4 次元多様体束の構造群として採用しなければ,各ファイバーの 4 次元多様体の上で反自己双対方程式あるいは Seiberg–Witten 方程式を書くことができない.しかし,非トポロジカルなデータの自己同型群は,微分同相群の部分群としては実現できない.したがって,この群を構造群にするのは,先に述べたファイバー束のトポロジーの立場からの自然な要請に反する.加えて,ゲージ理論的不変量の族への拡張を作る立場から見ても,この構造群は不自然である.実際,族ではなくひとつの 4 次元多様体を考える場合には,Donaldson 不変量・Seiberg–Witten 不変量は,非トポロジカルなデータの取り方には依らず,純粋にトポロジカルな不変量として定式化されるからである.以上が第一の問題である.なお,上述の Li–Liu [3] の研究の説明において,spinc 構造の同型類ではなく spinc 構造そのものがファイバーごとに与えられた 4 次元多様体束を考えるというのは,この第一の問題が生じない状況のみを Li–Liu は扱っていることを意味する.
第一の問題を解消するには,中村信裕の注意していた議論を,すぐ後に述べる第二の問題の解消法と組み合わせて用いる.中村の議論は,非トポロジカルなデータの自己同型群と微分同相群の然るべき部分群との差がゲージ群であることと,モジュライ空間がゲージ理論的方程式の解空間のゲージ群による商であることを合わせるものである.この 2 点を同時に考えると,微分同相群の部分群を構造群に採用したファイバー束のファイバーごとには,ゲージ理論的方程式を書き下すことができないにもかかわらず,パラメトライズされたモジュライ空間は底空間上大域的に定義できる,というのが中村の議論である.本論文では,このアイデアを,モジュライ空間ではなく,ゲージ理論的方程式に対応する,無限次元多様体上の無限階数のベクトルバンドルの Fredholm 切断に対して適用する.モジュライ空間はこの Fredholm 切断の零点集合に他ならない.モジュライ空間ではなく Fredholm 切断そのものを考える理由は,次に述べる第二の問題の解消と関わる.
第二の問題を解消するには,Ruan による仮想近傍の方法の族版を確立し,それを用いる.仮想近傍の方法は,モジュライ空間ではなく,ゲージ理論的方程式に対応する Fredholm 切断の有限次元近似を取り,それを用いてゲージ理論的不変量を定義するものである.有限次元近似後には,有限次元多様体上の有限階数のベクトル束の切断が得られ,その零点集合は元々の Fredholm 切断の零点集合と無限小近傍の情報も込めて同型である.横断正則性が満たされている場合には,この零点集合は多様体であり,その基本類の Poincar´e 双対であるコホモロジー類を考えることができる.本論文では,このコホモロジー類を定義するには,横断正則性は何ら必要ないことに着目し,その族版を展開することで第二の問題を解消した.すなわち,仮想近傍の方法の族版を定式化すると,族の底空間が多様体でない場合には,切断の零点集合そのものが多様体になることはもはや期待はできないにもかかわらず,その基本類の Poincar´e 双対に相当するコホモロジー類はなお定義できる.このコホモロジー類を用いると,パラメトライズされたモジュライ空間の数え上げに相当する情報を,底空間が多様体であることを要請せずとも定式化することができる.なおこの議論は,Li–Liu [3] による先行研究の中で論じられていた,底空間が多様体であり第一の問題が生じない場合における族に対する Seiberg–Witten 不変量が,底空間の滑らかな構造には依らないこと,より強く,底空間の滑らかな構造がその定義には実は必要ないことも含意している.
以下,定理 1 の特性類の構成の具体的な手順のアイデアを述べる.その基調をなすものは,障害理論による特性類の構成の無限次元化である.障害理論では,然るべき次元の胞体に,胞体上のファイバーを見て得られる写像度を対応させることでコチェインを構成し,それがコサイクルであることを証明する.この写像度の代わりに,パラメータ付きモジュライ空間の数え上げを対応させるのである.写像度は Euler 類を用いて定義されるものであった.そしてモジュライ空間の数え上げも無限次元ベクトル束の Euler 類として解釈することができる.この類似が障害理論と同様の理論構成が上手くいく根拠であり,構成中に生じる技術的な困難を正しく整理し克服するために不可欠な指導原理である.構成の手順は,より詳しくは以下の 3 段階からなる.設定として,ゲージ理論的な方程式を立式するための非トポロジカルなデータの同型類(これはトポロジカルなデータとなる)がファイバーごとに固定された 4 次元多様体束が与えられたとする.この時点でモジュライの形式的次元という概念が定義できる.ある非負整数 n に対して,形式的次元が −n であるとする.特性類の構成の第 1 段階は,底空間上の胞体 n-コチェインの構成である.すなわち,各 n-胞体に対し,その上でのパラメトライズされたモジュライ空間の数え上げに相当する数を対応させることによりコチェインを定義する.この数え上げに相当する数を定義するために,上で述べた第一の問題,第二の問題の解消を用いる.また,数え上げに相当する議論を行うために,非トポロジカルなデータを固定する必要がある.第 2 段階は,第 1 段階で定義されたコチェインがコサイクルになっていることの証明である.第 1 段階のコチェインの定義において,仮想近傍の族版を用いてモジュライ空間の数え上げに相当する数を定義したことが,ここでも有効に用いられる.また,定理 1 における b+(X) ≥ n + 2 の仮定はこの段階で使われる.第 3 段階は,このコサイクルのコホモロジー類は,第 1 段階で固定した非トポロジカルなデータの取り方には依らないことの証明である.この段階は,第 2 段階を然るべく整備すれば,障害理論と全く同様の議論で証明ができる.