SO(3)-invariant G2-geometry
概要
Riemann多様体のホロノミー群はRiemann幾何学における最も基礎的な概念の一つである.Bergerによる,単連結,既約,非対称Riemann多様体が持ちうるホロノミー群の分類は,7次元と8次元Riemann多様体上の例外型ホロノミー群G2とSpin(7)を含むことが知られていた.このような例外型ホロノミー群G2を持つ7次元Riemann多様体は捩率零(torsion-free)のG2構造を持ち,捩率零のG2構造を持つ多様体はG2多様体と呼ばれる.また,8次元Spin(7)多様体も同様に定義される.実際に例外型ホロノミー群を持つRiemann多様体が存在するかという問題は長らく未解決であったが,BryantとSalamonは[BS89]の中で,初の完備な具体例も含む明示的な具体例を構成した.本論文の目的は,彼らの与えた具体例の中で特に,3次元多様体を底空間とする,捩率零とは限らない特殊LagrangeSO(3)束構造の1パラメータ族により構成されるG2多様体の例を一般化して,SO(3)対称性を持つG2多様体を統一的な視点から研究することである.
一方,Hitchinは[Hit01]の中で,G2多様体を6次元多様体上の3次と4次のコホモロジー類の直積空間上の拘束Hamilton力学系として記述した.このとき,その軌道上の各点は,6次元多様体上のSU(3)構造に対応する.この定式化は次に述べる相対論のHamilton形式であるADM形式[ADM59]を思い起こさせる.Mを向きづけられた閉3次元多様体とする.MでM上のRiemann計量全体の空間を表し,T∗Mでその余接束を表す.このときT∗Mは標準的なシンプレクティック構造を持つ.Arnowitt,Deser及びMisnerは真空でのEinstein方程式をT∗M上の拘束Hamilton系として定式化した.特定の時間スライスを選ぶことで,彼らのHamilton関数は次で与えられる.
HGR(γ,π)=−∫MR(γ)vol(γ)+∫M(tr(π2)−12tr(π)2)vol(γ)−1.
ここで,γはMの元,πは対称(2,0)テンソルと体積形式のテンソル積の空間Ω3(S2TM)の元とし.T∗M=M×Ω3(S2TM)と同一視する.また,R(γ),vol(γ),tr(π),tr(π2)はそれぞれγのスカラー曲率,体積要素,πとπ2のトレースとする.
定理([ADM59]).開区間(t1,t2)でパラメータ付けられたT∗M内の曲線を(γ(t),π(t))とする.このとき,M×(t1,t2)上のLorentz計量−(dt)2+γijdxidxjがRicci平坦であることと曲線(γ(t),π(t))が次を満たすことは同値である:
1.曲線(γ(t),π(t))はHGRの定めるHamilton系の軌道である.
2.拘束条件
R(γ)vol(γ)2+12tr(π)2−tr(π2)=0と∑3j=1∇jπij=0(i=1,2,3)
をMの各点ごとに満たす.ここで,∇はそれぞれの計量γ(t)ごとに定まるM上のLevi-Civita接続とする.
本論文では,SO(3)対称性を持つG2多様体の場合に,相対論のHamilton形式と上記のHitchinによるG2多様体のHamilton形式の間の明示的な類似を考察する.
さらに,Donaldsonは[Don18]の中で,G2幾何学における境界値問題の研究の中で,SL(3;C)構造をもつ6次元多様体の間のG2コボルディズムの概念を導入した.このようなコボルディズムは,自然に6次元多様体上の閉SL(3;C)構造の空間の上に二項関係を定める.この二項関係の基本的性質は([Don18],4節)で指摘されているように非自明であり,その性質を調べることは6次元多様体上の概複素幾何やシンプレクティック幾何の研究と関係することが期待される.本論文ではSO(3)対称性の仮定の下でこの二項関係の性質を研究する.
第2章ではSU(3)構造及びG2構造の基礎的事項と,参考論文[Chi19]の結果を復習する.これらの結果は本論文の後の章で用いられる.この参考論文の中で,我々は捩率零と仮定しない6次元SU(3)多様体上のG不変特殊Lagrange束構造を研究した.これはBryantとSalamonによって扱われたものの一般化である.我々は3次元Lie群Gがユニモジュラーである場合に,3次元多様体を底空間とする主G束上のそのようなSU(3)構造を,主束上のソルダー1形式,接続形式及び3×3正定値行列値同変関数からなる三つ組に一意的に分解した.この分解を使って,T3作用とSO(3)作用の場合に,我々はLagrange型の3次元群作用をもつG2多様体を上記の三つ組の空間上の拘束力学系として記述した.ここでLagrange型とは,G2構造を定める3形式がその群作用の軌道上に引き戻したときに消えていることとする.
第3章では,この参考論文の中で得られた力学系を上記の余接束T∗M上の拘束Hamilton系に簡約する.T∗M上のHamilton関数HG2を次で定める.
HG2(γ,π)=−∫MR(γ)vol(γ)+∫Mdet(π)vol(γ)−2
ここで,det(π)はπの行列式を表す.これはπの定義により,体積要素vol(γ)の3階テンソルに比例することに注意する.このHamilton関数は相対論のADM形式における関数HG2と非常に類似した形をしている.さて,T∗Mの元から自明な主束M×SO(3)上のSU(3)構造への持ち上げを次のように構成する.Pを主束M×SO(3)上のMの向きと両立するソルダー1形式全体の空間と3×3対称行列値同変関数全体の空間の直積空間とする.また,GをM×SO(3)のゲージ群とする.すると主G束P→T∗Mが定まり,さらにこの主束は実3×3行列の対称部と反対称部への分解から得られる自然な接続を持つ.この接続によって,開区間(t1,t2)によってパラメータづけられたT∗M内の任意の曲線c(t)は,P内の曲線c(t)に持ち上げられる.このとき,この持ち上げられた曲線c(t)はM×SO(3)×(t1,t2)上にG2構造を与える.以上の準備の下で我々の主結果は次に述べられる
定理A.c(t)=(γ(t),π(t))をT∗M内の曲線とする.このとき,c(t)の持ち上げc(t)が捩率零のG2構造を与えることと,曲線c(t)が次を満たすことは同値である:
1.曲線c(t)はHG2が定めるHamilton系の軌道である.
2.π/vol(γ)は正定値対称(2,0)テンソルであり,さらに発散零条件∑3j=1∇jπij=0(i=1,2,3)を満たす.ここで,この拘束条件はMの各点ごとに満たされるとする.
加えて,HG2が定めるHamilton系の軌道は以下の命題のように,πについての発散零条件を保つ.これはADM形式における場合と同じである.
命題B.曲線c(t)をHG2が定めるHamilton系の軌道とする.条件∑3j=1∇jπij(t0)=0(i=1,2,3)があるt0∈(t1,t2)でMの各点ごとに満たされているとする.このとき,条件∑3j=1∇jπij(t)=0(i=1,2,3)が軌道全体で成り立つ.
さらに,定理Aと参考論文の結果([Chi19],定理1.6)を合わせることで次が得られる
定理C.全てのSO(3)不変Lagrange束構造を持つG2多様体は局所的に定理Aの拘束Hamilton系の軌道で記述される.
第4章では,SO(3)対称性と余結合(coassociative)条件の下でG2コボルディズムを考察する.つまり,3次元多様体Mを底空間とするSO(3)不変余結合束M×SO(3)×[t1,t2]を考察する.ここで余結合束とは,7次元全空間上のG2構造を定める3形式を各4次元ファイバーに引き戻したときに消えている束構造である.このとき,M×SO(3)×[t1,t2]上のこのような閉G2構造は,その境界の二つの連結成分M×SO(3)上に,SO(3)不変閉SL(3;C)構造を誘導する.これにより,M×SO(3)上のこのようなSL(3;C)構造の空間の上に二項関係が定まる.我々はこの二項関係を明示的に記述して,特にこの二項関係が非反射的であることを示す.この結果は一般のG2コボルディズムの場合の,閉スピン6次元多様体がシンプレクティック構造を許容しないことと,G2コボルディズムにより定まる閉SL(3;C)構造の空間上の二項関係が非反射的であることは同値であろう,という我々の予想を支持している.