高原子効率でグリーンな触媒反応 : イソプレングリコールの酸化、非対称ジスルファン合成、ポリスルファン合成、不斉アミノリシス
概要
合成化学は、現代の人類社会にとって必要不可欠であるが、20 世紀半ばまで環境への影響や安全 性は重要な課題として認識されていなかった。しかし、現代では、環境破壊、公害、資源の枯渇、 爆発や毒性物質による事故などの問題が顕在化し、環境負荷の低減や安全性の確保が重要な課題と なっている。1997 年 にまとめられたグリーンケミストリーの 12 原則は、有機反応の開発において、 重要な指標となっている。 本研究では、こうした課題を念頭に置き、均一系触媒、不均一系触 媒を 駆使して、高原子効率でグリーンな触媒反応の開発に取り組 んだ。
有機分子触媒は、有害な金属廃棄物を伴わない環境調和性の高い不斉触媒として注目されている。 本研究では、アズラクトン類の不斉アミノリシスの開発を行った。従来の報告では、キラルなペプ チドを求核剤に用いて 80: 2 0 のジアステレオ選択性が最高であった。著者は、カルバジン酸エステ ルを求核剤に、キラルチオウレア触媒を用いて 69 % ee で不斉アミノリシス反応を行うことに成功し た。選択性や収率にまだ改善に余地があるが、得られた生成物が優先富化現象を極めて起こ し やす い性質を持つことも見出した。
3-ヒドロキシ-3-メチルブタン酸(HM B)はサプリメントの 筋肉増強用の成分として含まれる有用 物質である。従来の報告では、ヨウ素やピリジンなど化学量論量の試薬を用いる原子効率の低いも 例もあるが、よりグリーンな系として、汎用工業原料の イソプレングリコール (I P G) から空気を酸 化剤に用いて、白金触媒で合成する例も検討されている。ただし、この触媒反応系では、白金の凝 集や流出が起こり、触媒の再利用性が低い問題があった。本研究では、ジルコニアやチタニアを担 体に用いると、これらの問題を解決でき、再利用性がかなり改善できることを見出した。
非対称な有機ジスルファン化合物は、生理活性物質などにもしばしばみられる構造であるが、対 称なものに比べてその合成は難しい。硫黄原子上を脱離基で置換したチオールに対し、無置換のチ オールが SN2 反応を起こす系が多く開発されているが、脱離基由来の分子量の大きい副生成物を伴 うため、原子効率の低い反応が多かった。本研究では、市販の塩基性ゼオライトを触媒に用いると、 極めて容易にジスルファンとチオールの置換反応が可能になることを見出した。
一方、有機ポリスルファン化合物は、潤滑油の添加剤として需要や生産量の大きい化合物である が、アルケンと単体硫黄に加え、有毒な硫化水素を原料に用いる必要があり、より安全性の高い合 成法が望まれていた。本研究では、不均一系のコバルト触媒と先の塩基性ゼオライト触媒を用いる ことにより、硫化水素の代わりに水素を用いることができる、優れた触媒反応を開発することに成 功した。