スピン軌道相互作用を介した力学的スピン流生成の微視的理論
概要
電子の電荷だけでなくスピンの活用を目指すスピントロニクスにおいて、電子スピンの流れであるスピン流は磁化反転などの物理現象を通じて工学的な応用が期待されている。いかにしてスピン流を生み出すかという課題は、当該分野の基礎および応用研究における最重要問題の1つである。
近年、回転や渦運動などの力学運動に伴う角運動量から電子のスピン角運動量へ変換することによってスピン流を生み出す試みが行われている。その背後にある物理的なメカニズムとして、回転している電子系に乗った非慣性系に現れる有効磁場とスピンの結合(スピン・回転結合)が提案されている。このメカニズムの注目すべき点は、非磁性体におけるスピン流生成に不可欠と考えられてきたスピン軌道相互作用(SOI)を必要としないため、幅広い物質を舞台にスピン流生成を可能とすることにある。一方、より効率的なスピン流生成という観点からは、SOIの強い物質の方が有利であるように考えられる。しかしSOIに着目した研究はあまり行われてこなかった。
申請者は、力学的なスピン流生成に対するSOIの効果について微視的な解析を行なった。具体的には、不純物の持つ外因性SOIもしくは反転対称性の破れた系に現れるラシュバ型SOIの存在する自由電子系を考え、動的格子歪みに対するスピン密度およびスピン流密度の応答を線形応答理論に基づいて計算した。外因性SOIを介した機構として、格子との速度差に対応する電流または拡散電流がスピンホール効果によってスピン流へ変換される機構およびスピン密度が拡散する機構の3種類あることを示した。ラシュバ型SOIを介した機構としては、従来のスピンホール効果やエーデルシュタイン効果に起因する機構の他、格子変位からスピン流が直接生成される機構があることを示した。いずれの場合もスピン・回転結合を介した機構と同程度の、実験的に観測可能な大きさのスピン流が生じ得ることを示した。
また申請者は電子の渦運動からスピンへの角運動量移行の別例として、自然酸化した金属などの不均質な系に伴う電子の剪断流におけるスピン流生成について解析した。不均質な分布をもつスピン軌道不純物の散乱を受ける自由電子系において、電場に対するスピン密度およびスピン流密度の応答を電子間クーロン相互作用の効果も考慮し線形応答理論に基づいて計算した。得られた結果について物理的な考察を行うことで、SOIを介した有効的なスピン・回転結合が現れることを示した。また、不均質系においてスピン密度およびスピン流密度の満たす一般的なスピン拡散方程式を推定し、それを用いた現象論的な解析を行なった。その解析から不均質にすることでより大きなスピン密度が現れることを示した。