Organoid-based ex vivo reconstitution of Kras-driven pancreatic ductal carcinogenesis
概要
1.序論
膵管がんは代表的な難治がんであり,その早期診断法および長期生存を可能にする治療 法の開発は喫緊の課題である.特徴的な遺伝子異常として Kras 遺伝子の活性化型変異が大 部分の症例で認められるが,極めて早期の病変から検出されることもあり,発がん過程に おける重要な役割を果たしていることが示唆されている.実際,同変異を膵臓特異的に再 現したマウスでは多段階発がん過程が忠実に再現され,p16 や p53、Smad4 など膵管がんで 高頻度の異常を認める他のがん抑制遺伝子の欠失と組み合わせることで,がん化が顕著に 促進されることが示されている.Onuma K et al., 2013 は,マウス腸管の初代培養細胞 (オ ルガノイド) を用いて大腸の多段階発がん過程がin vitro で再現可能であることを示した.このアプローチをマウス膵管に応用し,オルガノイドを用いた新しい膵管発がんモデルを 確立し,膵管発がんにおける Kras の役割と Kras とがん抑制遺伝子の相互作用について解 明することを目的とする.
2.実験材料と方法
KrasG12D マウス膵管上皮細胞から正常膵管のオルガノイドを樹立した.レンチウイルスを用いて Cre-recombinase 導入や shRNA による遺伝子編集を行い,試験管内で遺伝子背景の異なる人工的な膵管がんオルガノイドを作成した.遺伝子編集後のオルガノイドにおこる表現型を観察し,それらをヌードマウスの皮下及び同所に移植し,腫瘍形成能の評価,組織学的検討、遺伝学的検討を行った.それぞれの皮下腫瘍よりオルガノイドを再度樹立し,皮下移植前後でスフェロイド形成能の比較や全エクソーム解析を行った.
3.結果
KrasG12Dの活性型変異の誘導により培養における増殖因子への依存性が消失した。このオルガノイドをヌードマウス皮下に移植すると腺管をわずかに含む小さな腫瘤を形成し、これらは膵上皮内腫瘍(PanIN)に相当した。KrasG12Dの活性型変異に加えてTrp53がん抑制遺伝子をノックダウンすると,常に PanIN またはより高悪性度の腫瘍を形成するようになった.しかしTgfbr2がん抑制遺伝子をノックダウンしても膵管癌形成は積極的に亢進することはなく,Tgfbr2は皮下環境では効率的に影響を及ぼさないことが判明した.腫瘍由来のオルガノイドの遺伝子解析により,ヌードマウスの皮下では野生型Krasの自発的欠失と KrasG12D発現細胞の積極的選択がされていることが明らかになった.腫瘍由来のオルガノイドにおいては皮下で選択を受けたことによりスフェロイド形成能および同所腫瘍形成能は有意に向上した。
4 考察
KasG12D の活性型変異を獲得した細胞は,培養中にはその発現細胞数は低下する傾向にあったが,生体皮下に移植することで濃縮され細胞数が増加する.これはKrasG12D のもたらす効果が周囲の環境に依存する可能性があることを示唆している.またヌードマウス皮下腫瘍から樹立したオルガノイドにおいて野生型Kras の自発的欠失を伴う現象が突然発生的に観察された.これらはヒト膵管がんでも報告されている現象であり,ヌードマウスの皮下でもヒト膵管癌の発がんと進展が再現されうることを示している。以上により膵管発がん過程はオルガノイドでかなり詳細に再現することができ,今後、発がん研究における新たなモデルとして役立つことが期待される.また本モデルは発がん研究のみならず,疾患の病態の解明,早期診断マーカーの同定,新規薬剤の安全性や有効性のスクリーニングなどに幅広く応用されることが期待される.