FLCN alteration drives metabolic reprogramming towards nucleotide synthesis and cyst formation in salivary gland
概要
序論
フォリキュリン(FLCN)はミトコンドリアの酸化的代謝やオートファジーを含む様々な代謝経路の調整を通じてエネルギー恒常性を制御するがん抑制遺伝子である。FLCN 遺伝子の変化によって引き起こされる Birt-Hogg-Dubé(BHD)症候群は,患者に腎臓がん・皮膚線維毛包腫・肺嚢胞,そして頻度は低いが唾液腺腫瘍を発症しやすくなる。唾液腺腫瘍は,腫瘍としては比較的まれな腫瘍である。また現在使用されている WHO 分類(2017)で良性 11 種,悪性 23 種と分類が多く,その発生メカニズムがあまり解明されていない疾患である。FLCN と唾液腺の関連性に関して,これまでにいくつか報告がある。FLCN の mRNA の発現は,筋肉,脂肪,肝臓などの代謝器官で多くの発現を認め,特に唾液腺で多い結果であった。(Hasumi Y et.al.,2009)このことは,唾液腺において FLCN が何らかの機能を果たしていることを示唆する。また,BHD 患者で唾液腺腫瘍の報告があること,FLCN が家族性腫瘍症候群の責任遺伝子であり,がん抑制遺伝子であることから唾液腺腫瘍との関連がある可能性も示唆される。前述のように,唾液腺腫瘍は種類も多く,腫瘍形成メカニズムなど明らかになっていないことが多い疾患であり,唾液腺における FLCN の機能解析が唾液腺腫瘍の発生メカニズムの解明につながる可能性も考えられる。FLCN の機能は未だ明らかでない部分も多く,唾液線での解析により新たな知見を得られる可能性が考えられる。以上を踏まえ,本研究の目的を,唾液腺における FLCN の役割を明らかにすることとした。
方法
BHD 患者に発生した唾液腺腫瘍に関して,免疫組織染色を行い評価した。また,BHD 患者と健康なボランティアに対して唾液腺の超音波スクリーニング検査を施行した。Cre-loxP システムを用いて,唾液腺特異的に FLCN をノックアウトしたコンディショナルノックアウトマウスを作成した。唾液腺特異的に Cre リコンビナーゼを発現するマウスとして,MMTV-Cre マウスと Lama-Cre マウスを用いた。作成したマウスの唾液腺を摘出し,組織学的評価を行なった。また,唾液腺を処理し,免疫組織染色・ウエスタンブロッティング・RT-PCR を施行し,mTOR-S6K 経路,TFE3-GPNMB axis,ミトコンドリアの生合成に関して評価を行なった。より網羅的かつ時系列によるタンパク質の発現の評価を目的に,1 週齢,2 週齢,6 週齢のマウスの唾液腺を用いて,プロテオーム解析を行い発現変動解析目的に GO 解析を施行した。 FLCN の唾液腺における代謝への機能を評価する目的に,ノックアウトマウスとコントロールマウスを6対準備し,メタボローム解析をおこなった。
結果
BHD 患者で発生した唾液腺腫瘍の免疫組織染色の検討からは,phospho-mTOR の亢進と TFE3の核への偏在化といった FLCN 欠損下での代謝の変化に特徴的な mTOR-TFE3 axis の亢進を示す結果となった。BHD 患者の超音波による唾液腺スクリーニングでは唾液腺の嚢胞形成のリスクが非 BHD 患者と比較し高いことが示され,FLCN 欠損にともなう代謝性変化が唾液腺に嚢胞発生をもたらす可能性を示唆した。マウスの唾液腺における FLCN の不活性化は,唾液腺の赤色化という肉眼的な色調の変化だけではなく,唾液腺の導管構造の破壊を引きおこし,結果として細胞質が透明な細胞に置換された。12 週齢では腺房の構造は比較的保たれており,構造の変化の中心は導管構造であるが,24 週齢になると腺房まで構造の破壊,細胞質の透明化が進んでいた。このことは, FLCN の欠損が導管細胞の機能障害を引き起こし,週齢依存的に置換が進行し腺房細胞までに置換が生じていくことが考えられた。また,マウスの FLCN 欠損唾液腺でも免疫組織染色の結果,TFE3 の核への偏在化を認めmTOR-TFE3 axis の亢進を認める結果となった。また mTOR-S6K 経路の亢進を認めた。さらに,プロテオーム解析・メタボローム解析から,FLCN 欠損唾液腺ではミトコンドリア生合成の増加,解糖系の亢進,および細胞増殖のためのヌクレオチド合成の増加をもたらす可能性のあるペントースリン酸経路の亢進を示す結果を得た。
考察
今回,BHD 患者の唾液腺腫瘍,マウスの FLCN 欠損唾液腺でもmTOR―TFE3 の亢進の所見を認めた。これはFLCN 欠損下での代謝の変化に特徴的な変化と考えられる。また,唾液腺特異的 FLCN ノックアウトマウスでは唾液腺組織の変化(導管構造の破壊と細胞質の透明な細胞への置換)・代謝リプログラミングは生じたが腫瘍形成は認められなかった。FLCN と同じがん抑制遺伝子である PTEN の不活性化によって引き起こされる唾液腫瘍形成の 2 つのマウスモデルが報告されている。(Cao et al.,2018;Diegel et al.,2010)これまでも FLCN は,2 ヒット理論が当てはまる腎腫瘍形成の古典的な腫瘍抑制遺伝子であると報告されており,多段階発癌の形式をとる可能性が示唆される結果であった。(Furuya et al.,2016; Hasumi H and Yao,2018; Hasumi Y et al.,2009)FLCN 欠損唾液腺のメタボローム解析において解糖の亢進,ペントースリン酸回路の亢進,ヌクレオチド合成の増加などの代謝変化をきたした。これは,がん細胞が細胞の増殖に有利な代謝様式に細胞内の代謝を変更する,代謝リプログラミングと一致した動きをしている。ペントースリン酸回路は,同化に必要なエネルギーの供給源となる NADPH や核酸の合成に必要なリボース 5-リン酸の産生をもたらし,細胞の増殖に重要と言われている。また解糖系も亢進しており,これはがん細胞が好気的な状況下でも解糖系が活性化される,いわゆるワールブルグ効果と同様の状況となっている。FLCN 欠損唾液腺の代謝がこのように腫瘍形成に有利な環境になるということは,唾液腺腫瘍の形成において一定の役割を果たしている可能性が示唆される。また,FLCN が唾液腺における代謝の恒常性を制御する機能を有していることも示唆された。