農村地域におけるカラス類の生息状況と農業被害対策技術の開発
概要
1-1 農業と鳥害
農地は地球上の陸地の 38%を占めている(FAO 2020)。農業活動や農地開発は、生
態系の単純化、生態系サービスの低下、種の絶滅などを招くと考えられる(Tilman et al.
2001)。その一方で、伝統的な農業景観の生物多様性保全効果も広く認識されている
(Queiroz et al 2014)。自然の食物と比べて質・量ともに摂食効率の良い農作物は、一
部の野生動物にとっては好適な食物資源であり、農作物の存在によって野生動物の
行動パターン、食性、個体数などが変化することもある。例えば、水田に存在する落ち
籾の量は、日本では 858 粒/m2(嶋田 1999)、有実率と 1 粒あたりの乾重量から計算し
て 84~103 kg/ha(嶋田・溝田 2008)、海外では 140 kg/ha(Hobaugh 1984)、388 kg/ha
(Miller et al. 1989)といった測定値がある。トウモロコシでは 225 kg/ha(Warner et al.
1989)、364 kg/ha(Baldassarre et al. 1983)、ダイズでは 290 kg/ha(嶋田・溝田 2008)と
いった測定値があり、これらの作物の他にもソルガム、テンサイ(砂糖大根)、ジャガイ
モ、ブロッコリー、ハクサイなど、様々な作物の収穫時のくずや落ちた実が植物食の鳥
類の重要な食物となっている(Gill 1996、Mowbray et al. 2000、Gates et al. 2001、溝田
ら 2009)。米国テキサス州では、内陸の草原が水田として開墾されると、それ以前は海
岸に近い湿地で越冬していたハクガン Anser caerulescens が内陸に入るようになり、越
冬個体数も増加した(Robertson et al. 1995)。スペイン南西部では、イネの栽培面積の
増加とクロヅル Grus grus の越冬個体数の増加に関連が見られる(Guzman et al. 1999)。
野生動物による農作物の摂食は、上記のように収穫時の残渣であって人間にとって
損失に該当しないものもあるが、生育中や収穫前の作物、播種した種子などの摂食は、
農業者に損失を与えることになる。このような「鳥獣害」は、古代から問題となり、農作
物を食害する野生鳥獣と人間の軋轢が続いてきた(Conover 2002)。種子や果実は植
物体に比べて重量あたりのエネルギーが大きく、多くの鳥が食物とするため、農作物
の鳥害は播種期と収穫期に多い。播種期の鳥害は穀類を食害する種子食や雑食の
鳥が起こし、収穫期の鳥害はこれらの穀類を食害する鳥に加えて、果実類や果菜類
を食害する果実食や雑食の鳥が問題となる。播種期の鳥害は、食べられた箇所が欠
株となり収穫量が減る、播き直しても栽培時期がずれるといった点で影響が大きく、収
穫期の鳥害は、特に果実では収穫物の単価が高く、鳥に突かれただけで商品価値が
なくなるため、経済的損失が大きくなる。生育期の牧草や麦の葉では、植物食のガン
類 Anserinae spp.などによる食害があり、時期や程度によっては深刻な被害となる
(Owen 1990、嶋田・溝田 2009、Fox et al. 2017、Olsen et al. 2017)。
米国では、ムクドリモドキ類 Icteridae spp.および移入種のホシムクドリ Sturnus vulgaris
による収穫期のヒマワリやトウモロコシおよび播種期と収穫期のイネ、コマツグミ Turdus
migratorius などの鳴禽類による果実類の食害の問題が大きく(Tobin 2002)、収穫期
のナッツ類に対するカラス科 Corvidae の食害もある(Crabb et al. ...