軟骨魚類の繁殖様式と卵黄タンパク質レパートリの関連性についての進化学的考察

概要

脊椎動物の繁殖様式は、卵生と胎生の２種類に大きく分類される。さらに、胚発生に
おける栄養源に着目すると、卵生種と多くの胎生種では卵黄のみであるのに対して、一
部の胎生種では母体からの供給に依存することが知られている。このような繁殖様式は
母体依存型胎生（matrotrophic viviparity）と呼ばれており、様々な動物系統で複数回独立
に獲得されてきた。とくに軟骨魚類では、哺乳類のような胎盤型胎生をはじめとして多
様な繁殖様式が存在することが先行研究によって明らかにされてきた。いっぽうで、軟
骨魚類の多様な繁殖様式を生んだ遺伝子基盤については、全ゲノム配列情報の不足や生
物試料確保の難しさなどの要因からほとんど明らかになっていない。
脊椎動物において、繁殖様式の移行に伴って変化する遺伝子の一つに卵黄タンパク質
ビテロジェニン（VTG）が知られている。とくに、胎生哺乳類（真獣類、有袋類）では、
胎盤や授乳といった母体依存型栄養供給の獲得に伴って卵黄タンパク質である VTG フ
ァミリーの遺伝子をゲノム中から完全に喪失したことが知られている。しかしながら、
多様な繁殖様式を持つ軟骨魚類の VTG やその受容体である very low-density lipoprotein
receptor （VLDLR）については、その遺伝子レパートリの全容や繁殖様式の違いによる
種差の有無についてほとんど明らかになっていない。本研究では、軟骨魚類における卵
黄関連遺伝子の全容を解明するために、遺伝子配列情報が整備されていない胎生軟骨魚
類であるラブカ（Chlamydoselachus anguineus）とシロザメ（Mustelus griseus）について
トランスクリプトーム情報を取得し、それらを含めたの軟骨魚類 12 種の VTG ならびに
VLDLR 遺伝子を同定し分子進化学的解析を行った。その結果、軟骨魚類では、３種類
から４種類の VTG パラログをゲノム中に存在することが示された。また、VLDLR は、
軟骨魚類の共通祖先で起きた遺伝子重複によって系統特異的な 3 種類のパラログを保
持していることが明らかになった。また、哺乳類とは異なりそれらの遺伝子レパートリ
は繁殖様式の違いによる種差は存在しないことがわかった。
さらに VTG と VLDLR 遺伝子の発現レベルでの種差の有無を調べるために、胎生種
（ラブカ、シロザメ）と卵生種（トラザメ Scyliorhinus torazame）について組織ごとの
RNA-seq データを利用して遺伝子発現プロファイルの比較を行った。その結果、ほかの
卵生脊椎動物と同様にトラザメでは VTG 遺伝子が肝臓で高い発現レベルを示すのに対
して、胎生種では肝臓だけでなく子宮でも高い発現レベルを示すことが明らかになった。
このことは、胎生軟骨魚類の VTG タンパク質が卵黄栄養のみではなく、母親から胎児
への栄養供給源としても流用されている可能性を示唆している。 ...

この論文で使われている画像