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大学・研究所にある論文を検索できる 「遺伝子発現解析に基づく浮遊性カイアシ類の環境応答に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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遺伝子発現解析に基づく浮遊性カイアシ類の環境応答に関する研究

大西, 拓也 東京大学 DOI:10.15083/0002004257

2022.06.22

概要

海洋の漂泳⽣態系における餌料環境は,動物プランクトンにとって変動が著しく,時空間的に不均⼀で,希薄である.そのような環境において,動物プランクトンは⽣残と繁殖に関わる様々な⽣理状態を⽰す.本論⽂では餌料環境の変動に伴う代表的な⽣理応答として飢餓と休眠を取り上げる.飢餓や休眠という⽣理状態を外観から判断することはできず,飼育を伴う測定によっても卵⽣産速度や消化酵素活性,タンパク質合成活性の低下等あくまで低代謝状態を⽰す間接的な情報が得られるのみであった.また,多くの⽣物で休眠メカニズムは未だ解明されておらず,カイアシ類での判定は栄養物質の蓄積,⽣理活性および刺激応答の低下などに基づく間接的な推定にとどまっており,⽣理状態を直接的に判定可能な⼿法の開発が必要であった.

 ⽣理状態の変化に伴い,関連する遺伝⼦の発現量が変化することから,特定遺伝⼦の発現量変化は⽣理状態の直接的な指標となる.⽣理指標としての遺伝⼦発現量の解析には多くの遺伝⼦情報を必要としたが,次世代シーケンサーの普及により,動物プランクトンといった遺伝⼦情報の乏しい⾮モデル⽣物においてもその解析が現実的となった.そこで本研究では,⽣理状態の判定が困難な浮遊性カイアシ類において,分⼦⽣物学的なアプローチから飢餓および休眠という環境に応じた特徴的な⽣理状態の判定とその評価を試みた.

 第⼆章では,⻄部北太平洋温帯域の陸棚域で優占し⾼次捕⾷者の重要餌料であるカイアシ類Calanus sinicusを対象⽣物とし,摂餌区と絶⾷区を設けた飼育実験を⾏い,次世代シーケンサーを⽤いた網羅的な発現変動遺伝⼦解析(RNA-Seq)を⾏ない,飢餓に関するマーカー遺伝⼦を探索することを⽬的とした.動物プランクトン試料および表層海⽔を静岡県御前崎沖にて採集し,採集された試料からC. sinicus雌成体を選別し実験を⾏なった.実験には摂餌区と絶⾷区を設けた.24時間の飼育後,飼育個体からtotal RNAを抽出しmRNAを精製後,断⽚化および逆転写反応によりcDNAを得た.次世代シーケンサーHiSeq4000により断⽚化された配列(リード)を取得し,de novoアセンブラTrinityを使⽤してトランスクリプトーム配列の構築を⾏なった.構築された配列に対してリードをマッピングし,各遺伝⼦の発現量を取得した.摂餌区と絶⾷区で発現量を⽐較し,発現変動遺伝⼦を特定した.遺伝⼦データベース上から本解析で得られた発現変動遺伝⼦と相同性の認められる配列情報を検索し,機能の推定を⾏なった.

 De novoアセンブリの結果,タンパク質をコードすると予想されるトランスクリプト84,095配列が構築された.アセンブリの信頼性の指標となるBUSCO解析の結果,真核⽣物に共通する遺伝⼦303配列のうち,完全⻑の281配列(92.8%)と断⽚化された14配列(4.6%)が⾒つかり,8配列(2.6%)を⽋いた.また,BLASTxによる相同性検索の結果,本研究で構築された84,095配列のうち53,387配列(63.5%)でNCBIのnrデータベース中の配列と相同性が認められた.相同性が認められた配列のうち,カイアシ類Eurytemora affinis由来の33,528配列(62.8%)が最も多く,次いでシロアリ類Cryptotermes secundus由来の518配列(0.6%)が多かった.発現変動遺伝⼦解析の結果,摂餌区と絶⾷区で16配列の発現量が有意に異なった.発現変動遺伝⼦16配列のうち,11配列は絶⾷区で発現量が⾼く,5配列は低かった.絶⾷区で⾼発現した11配列のうち6配列で相同な配列情報が得られ,低発現した5配列のうち3配列で相同な配列情報がデータベース上から得られた.相同な配列の機能から,発現変動遺伝⼦の機能を推定した.発現変動遺伝⼦をその機能から⼤別すると,NADH-dehydrogenase(ND)とcytochrome c oxidase(COX),short-chain dehydrogenase(SD)の3遺伝⼦はエネルギー代謝に,xylosyltransferaseは多糖の代謝に,ATP-dependent RNA helicase(DHX)とsmall ubiquitin-related modifier(SUMO)の2遺伝⼦は他のタンパク質の機能とその合成活性の調節に,vitellogenin 1(VTG1)とvitellogenin 2(VTG2)は卵⽣産に,singed wings 2(SW2)は体成⻑に関連すると考えられた.発現量変化と飢餓応答との直接的な関連が不明な遺伝⼦もあるが,飢餓状態のカイアシ類はエネルギーおよび物質の消費が著しい卵⽣産と体成⻑に関連する遺伝⼦の発現量を低下させ,⼀⽅で,最低限の⽣理維持に必要なエネルギー産⽣のためにエネルギー代謝関連遺伝⼦の発現量を増加させることが⽰唆された.本研究における24時間の絶⾷は飢餓の条件としては⼗分であるが,スナップショットであるために,飢餓における経時的な遺伝⼦の発現変化を特定することはできない.本研究で得られた発現変動遺伝⼦は飢餓に関連する遺伝⼦の⼀部であり,今後様々な飢餓条件における遺伝⼦発現解析を⾏うことで,飢餓における⼀連の⽣理的な応答の解明が可能であると考えられる.

 第三章では,RNA-Seqで特定された発現変動遺伝⼦を対象に,飢餓とその度合いを判定可能なマーカー遺伝⼦としての評価を⾏なった.飢餓とその度合いを判定するマーカー遺伝⼦としては,餌料が充⾜した個体でその発現量は安定し,かつ絶⾷期間や餌料濃度の違いに対して⼀貫した増減傾向を⽰すことが望ましい.本研究では,様々な絶⾷期間あるいは餌料濃度で飼育したC. sinicus雌成体の発現変動遺伝⼦の発現量変化をqRT-PCR法により測定し,マーカー遺伝⼦としての評価を⾏なった.飼育には摂餌区と絶⾷区を設け,摂餌区には培養した緑藻類Tetraselmis sp.を餌料として細胞濃度が飽⾷濃度(8,000cellsmL−1)となるように加え,絶⾷区では無給餌で飼育を⾏なった.摂餌区と絶⾷区でそれぞれ3,6,12,24,72時間の飼育を⾏なった.また,異なる餌料濃度(0‒8,000cellsmL−1)でそれぞれ48時間の飼育を⾏なった.さらに,飼育期間中は24時間毎に産卵数を計数し,卵⽣産速度を求めた.

 qRT-PCRによる測定の結果,実験期間中のNDとVTG2は摂餌区において安定した発現量を⽰した.⼀⽅,絶⾷区では時間経過に伴ってND発現量は増加し,VTG2発現量は低下した.摂餌区と絶⾷区で飼育期間毎に発現量を⽐較すると,NDとVTG2はいずれも6時間以降のすべての期間で有意差が認められた.さらに,餌料濃度の減少とともにND発現量は増加し,VTG2発現量は低下する傾向があった.以上のことから,NDおよびVTG2発現量変化は,時間的および量的な飢えの度合いを反映する可能性が⽰唆された.残りの7遺伝⼦(COX,SD,XYLT,VTG1,SW2,DHX,SUMO)は摂餌区における安定性を⽋くか絶⾷期間および餌料濃度の変化に対して⼀貫した増減傾向を⽰さず,飢餓のマーカー遺伝⼦としての信頼性においてNDとVTG2に劣ることが⽰された.卵⽣産速度は,絶⾷48時間以降に有意に低下し,餌料濃度の減少とともに低下する傾向を⽰した.本研究で得られたマーカー遺伝⼦によって,⻑年議論のあった動物プランクトンの飢餓について,その有無や時空間的な分布が明らかにされると考えられる.

 第四章では,Neocalanus属カイアシ類3種を対象に休眠時の⽣理状態における特徴をRNA-Seqにより評価した.北太平洋亜寒帯域は,季節的な餌料環境の変化が著しく,春季の短期的な植物プランクトン⾼⽣産期を除くと,餌料の乏しい期間が⻑期に継続する.本海域で優占するカイアシ類Neocalanus cristatus,Neocalanus plumchrus,Neocalanus flemingeriの3種はいずれも春季から夏季にかけて表層で成⻑し夏季から冬季にかけて深層で休眠するという特徴的な⽣活史戦略を有する.親潮域において動物プランクトン試料を層別に採集し休眠する成⻑段階個体(N. cristatusとN. plumchrusのコペポダイト5期,N. flemingeriの雌成体)を選別し,液体窒素で固定した.第⼆章と同じ⽅法で,種別にトランスクリプトーム配列の構築し,発現量の取得を⾏なった.表層(0‒200m)から採集された個体を活動個体,深層(500‒2,000m)から採集された個体を休眠個体とし,活動個体と休眠個体で発現量が異なる遺伝⼦を特定した.発現変動遺伝⼦を3種間で⽐較し,共通する発現変動遺伝⼦の中から休眠を特徴づける遺伝⼦の探索を⾏なった.

 N. cristatus,N. flemingeri,N. plumchrusからそれぞれ42,384,43,700,48,392のトランスクリプトーム配列が構築された.活動個体と休眠個体で発現量が異なる遺伝⼦はそれぞれ572,1147,1040配列であった.3種間で共通する発現変動遺伝⼦は125配列であった.共通の発現変動遺伝⼦125配列のうち,28配列は休眠個体で発現量が⾼く,97配列は低かった.休眠個体で⾼発現した28配列のうち20配列で相同な配列情報が得られ,低発現した97配列のうち67配列で相同な配列情報がデータベース上から得られた.相同な配列の機能から発現変動遺伝⼦の機能を推定し,その機能のうち休眠時の⽣理応答に関連すると予想される遺伝⼦に着⽬すると,その例として,脂質代謝に関連するlipase(LIP)と鉄イオン結合タンパク質hemerythrin(HR)の発現量が休眠個体で増加していた.⼀⽅,⻑鎖脂肪酸の合成に関連するelongation of very long chain fatty acids(ELOV),糖代謝に関連するalpha-amylase(AMY),タンパク質代謝に関連するcathepsin(CTS)とchymotrypsin(CTR)の発現量は休眠個体で低下していた.休眠中のカイアシ類は,代謝維持に必要なリソースとして貯蔵脂質に頼りながら(LIP),休眠時の酸化ストレスに応答(HR)し,⼀⽅で,脂質の貯蔵(ELOV)と糖およびタンパク質の代謝(AMY,CTS,CTR)を低下させることが⽰唆された.

 本研究で得られた発現変動遺伝⼦には予想される休眠時の⽣理状態と⼀致する遺伝⼦(LIP,HR,ELOV,AMY,CTS,CTR)が含まれ,3種間で共通する点においても,休眠時の⽣理状態を指標する遺伝⼦として極めて有効であると考えられる.これらの遺伝⼦の発現量を⽐較することで,休眠個体の判定をより明確にし,ひいては休眠メカニズムの解明の⼿助けとなることが期待される.

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