流動解析を用いた多チャネルシングルモードポリマー光導波路の低損失化とfan-in/fan-out素子への応用 (本文)
概要
1970 年代から開発が始まった光ファイバおよび半導体レーザを用いた光通信技術は、現在では社会インフラの一つとして欠かせない存在となっている。光ファイバを一般個人宅へ直接引き込む FTTH(Fiber To The Home)は 2018 年には契約数が 3000 万件を突破し[1-1]、光通信技術は個人レベルにおいても身近なものとなった。また、近年では 5G などの高速移動系通信技術の発展とスマートフォンやタブレット端末などの情報通信デバイスの普及に伴い、SNS(Social Network Services)や動画配信サービス等の情報通信サービスが広く利用されるようになってきた。このような背景から、情報通信技術の発展に比例して、データトラフィックも年々増加している。
総務省が公開している「我が国のインターネットにおけるトラヒックの集計・試算」[1-2]から、固定系ブロードバンド契約者の総ダウンロードトラフィックは年々増加していることが示されている(図 1-1)。特に、2013 年前後から総ダウンロードトラフィックが急激に増加していることが確認できる。また、2020 年は新型コロナウイルス拡大により、感染拡大防止のため企業の業務形態の変化や個人の在宅時間の増加から、2020 年 5 月のトラフィックが大幅に増加(前年同月比 57.4%増)していることが確認できる。
このような情報通信サービスの発展や社会情勢により、今後も通信トラフィックは増加傾向が続くことは容易に予測される。
これらの情報通信サービスを維持する為に、北米を中心にデータセンタがここ数年で多く建設されている。このデータセンタとは、サーバなどの装置を設置・運用することを目的とした施設を示している。近年急激に発展したクラウドサービス、IoT(Internet of Things)、AI(Artificial Intelligence)など、個人や企業向けのデジタル技術が広まっており、これらを支えるデータセンタの重要性は非常に高まっている。
図 1-1 ではブロードバンド契約者のトラフィック量の推移を示したが、SNS や動画配信などのクラウドサービスは全てデータセンタを通して行われることから、データセンタ内のトラフィックも同様に増加傾向が続いている。図 1-2 にデータセンタトラフィックの推移と今後の予測を示す。これは、経済産業省が公開している「平成 29 年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(我が国のデータ産業を巡る事業環境等に関する調査研究)」により報告されている[1-3]。前述したように、情報通信サービスやデジタル技術はデータセンタを活用していることから固定系ブロードバンド契約者の総トラフィックに比例してデータセンタ内のトラフィックも増加する。図 1-2 から、2030 年にデータセンタ内のトラフィックは 163 ZB(ゼタバイト)と 2016 年比で約 10 倍の規模に達すると予想されている。2024 年には、約 40 ZB と 2021 年比で約 2 倍に増加することが予想されている。この傾向から、今後もデータセンタ内トラフィックの増加が続き、益々データセンタの需要と重要性が高まっていくと考えられる。
このようにデータセンタトラフィックは今後も増加傾向が続くことから、データセンタ市場の拡大も予測されている。図 1-3 に地域別のデータセンタ市場の売上高の推移を示す[1-3]。2014 年から 2020 年にかけて、世界のデータセンタ市場は約 178 億ドルから約 275 億ドルと 1.5 倍に拡大することが見込まれる。特に、米国における市場規模の拡大が顕著であり、2018 年の段階で、2014年の 86.3 億ドルから 2020 年に 140.1 億ドルにまで市場規模が拡大することが予測されていた。近年では、IT 関連企業が独自にハイパースケールデータセンタを建設するケースが増加している。
また、大量の情報を高速に処理することが要求される High-performance computings(HPCs)の分野においても情報処理能力の向上が年々増加傾向にある。図 1-4 にスーパーコンピュータの性能ランキング「TOP500」を示す[1-4]。この表から 2020 年に演算性能 1 位のスーパーコンピュータは442 PFlop/s の処理能力を達成し、過去 20 年間で約 4 年ごとに演算性能は 10 倍に上昇していることが分かる。
このような増加するデータトラフィックや情報通信機の性能向上を支える技術の一つが光通信 技術である。従来は基地局間ネットワークや FTTH 等の需要が主であったが、近年はデータセン タ内のトラフィックに対応するため光通信関連装置の需要が更に高まっている。この光通信関連 装置の世界市場は、2025 年には 2018 年比 56.4%増の 15 兆 6,469 億円と予測されている[1-5]。今 後もデータセンタ内のトラフィックは増加傾向が予測されることから、データセンタの新規建設 およびネットワークの帯域増大要求に伴い光通信関連装置の需要も更に高まることが期待される。
HPCs やデータセンタに用いられるコンピューティングシステムはマイクロプロセッサーとともに性能向上してきた。近年では、半導体の微細化が進む一方で、消費電力の増加が課題となりエネルギー効率のよいマイクロプロセッサーを多数集積することで高性能化と低消費電力を両立してきた。高密度に集積されたシステムにて高性能を発揮するためには、マイクロプロセッサー間やメモリ間に広帯域なインターコネクトが要求される。特に、限られた空間と消費電力でより広帯域なインターコネクトを実現するには、広帯域密度、低消費電力なインターコネクトが不可欠である。
しかしながら、従来の電気配線では信号周波数の増加に伴い電気抵抗の増加による伝送損失の増加が顕著となり、消費電力の増加を抑制するためには伝送距離を可能な限り短くしなければならない。また、伝送容量を向上させる並列チャネル数の増加は信号のばらつきであるスキューが問題となる。この様な問題を解決するにはリタイマ IC 等が必要となり消費電力を増加させる要因となる。また並列伝送に対してクロストークが懸念され、配線密度の制限がある。そのため、従来の電気配線方式ではデータの高速伝送と高密度配線による冷却効率の低さから、限られた電力で、現在のスケールアウト・コンピュータの性能を十分に発揮できるほどのデータ伝送速度を達成できないという問題が生じた。
そこで、データの高速伝送を可能にするために、HPCs やサーバの筐体内配線を従来の電気配線から光配線に置き換える光インターコネクション技術が注目を集め、盛んに研究がおこなわれるようになった。光配線は従来の電気配線と比べ、信号減衰量の小ささや低分散性、低電波障害 (EMI:Electromagnetic Interference)やクロストークの低さのために、より高速の信号をより高密度にて長距離伝送できるというメリットを有している。図 1-5 に光コネクタ及び電気コネクタの比較を示す。同等のフットプリント(断面積)におけるチャネル数は光コネクタの方が数倍以上であり、より高密度化が可能であることが分かる。
このような背景から、HPCs やデータセンタ内インターコネクトには光ファイバをベースとした光インターコネクト技術が導入されるようになった。図 1-6 に光インターコネクト技術の推移を示す[1-7][1-8]。第 1 段階ではフロントパネルに実装された光トランシーバにより、ボードエッジから光インターコネクトを行う方式が広く用いられている。第 2 段階では、フロントパネル部分を光トランシーバから光コネクタに置き換え、よりスイッチ近傍に光トランシーバを実装することで電気配線距離を更に短くしている。第 3 段階以降は近年注目を集めている Co-packaged Optics(CPO)と呼ばれている、ASIC と光 IF が実装された基板を PCB に実装する方式が考えられている。一方で、標準化や規格化が今後普及させるための課題であると考えられる。
フロントパネルには、前述したように光コネクタが採用されている。また、光コネクタに関してもより高密度化を実現するために、SC コネクタから LC コネクタといった単心光コネクタの小型化、多心光コネクタの MPO コネクタが採用されている。また、MPO(Multi-fiber Push-On)コネクタでも心数を更に増やすことで高密度化が検討されている。
従来の光コネクタは光ファイバ端面同士を接触させ、さらにファイバ軸方向に荷重を加えるこ とでコア間の空隙を無くすフィジカルコンタクト(PC:Physical Contact)接続技術が用いられている。これにより優れた光学特性が得られるが、フロントパネルなどの接続数が多い用途に導入するに は課題がある。重要な課題の一つは異物による接続不良である。図 1-7 に MPO コネクタの光ファ イバ端面に付着したダストを示す。光コネクタは僅かなダストの付着で挿入損失が非常に大きく なることから、接続毎に光コネクタの端面清掃が不可欠であり、光コネクタケーブルの実装作業 時間を増加させる要因となっている。もう一つの課題は PC 接続に必要な荷重である。MPO コネ クタはファイバ心数によって、加えるべき荷重が異なっている。この為、心数が増加するほど荷 重も増加し、更に光コネクタ数が増加するほど接続に要する荷重が増えていく。
このような背景から、近年では空間接続型光コネクタの開発が盛んである。この空間接続型光コネクタは主にレンズを用いたビーム拡大型[1-9]~[1-12]と非ビーム拡大型[1-13][1-14]に分類される。空間接続型光コネクタの利点は光コネクタ嵌合時に光ファイバを弾性変形(PC 接続)させるための荷重が不要となるため低荷重を実現でき、光ファイバ心数に依存せず荷重を一定にすることが可能である。また、光ファイバ端面間が非接触であることから嵌合時にダストを押しつぶすことがなく、ダストが光コネクタ端面に固着しないため清掃が容易である。更に、レンズを介して光ファイバを接続する方式ではビーム径がシングルモードファイバ(SMF:Single Mode Fiber)の数倍になるため、光路上にダストが付着した際の挿入損失への影響を低減可能である。
ビーム拡大型光コネクタの外観図を図 1-8 から図 1-10 に示す。ビーム拡大型多心光コネクタの多くは MT(Mechanical Transfer)フェルールにレンズアレイを貼り付けた構造、または MT フェルールの形状をベースにレンズを一体成形した方式が採用されている。更に、レンズには非球面レンズアレイまたは GRIN ロッドレンズアレイが用いられており、光コネクタ端面のスポット径は 100 µm 前後と SMF の約 10 µm よりも拡大されている。この為、ダスト付着に対する光学特性への影響を抑制可能である。一方で、レンズを介して光ファイバ間を接続するため軸ズレや角度ズレの製造公差要因が多く、MPO コネクタよりも挿入損失が理論的に高くなる。
非ビーム拡大型光コネクタは光ファイバ端面間に数 µm の微小な空隙を設けることで空間接続と低挿入損失を両立している。この空隙を設ける方法として、特殊な研磨工程によりフェルール端面より内側にファイバ端面を凹ませる方法やフェルール端面にスペーサを接合する方法が採用されている。ビーム拡大型光コネクタと比較すると、軸ズレや角度ズレの製造公差要因が少ないことから低挿入損失が実現できるが、スポット径は通常の光コネクタ同等であることからダストが付着した際の挿入損失増加の低減が困難である。
また、近年では Co-packaged optics(CPO)と呼ばれるチップ周辺まで光インターコネクトを導入し、高密度・広帯域を実現する技術が注目されている。図 1-11 は過去 10 年間におけるスイッチ ASIC の総帯域と電気配線速度の推移を示している[1-15]。ASIC 帯域幅は 2 年ごとに倍増しているのに対し、電気配線速度は 4 年ごとにしか倍増していないことが分かる。そこで、光学素子とスイッチ ASIC を低損失の電気チャネルで Co-package 化することで、上記課題を克服する検討がなされている。図 1-12 に Co-packaged optics の模式図を示す。スイッチ ASIC 周辺に光エンジンが配置され、光ファイバで光信号を取り出し、フロントパネルまで伝送する。この新しいアーキテクチャによりスイッチと光学系の間の電気チャネルを数十ミリメートルにまで縮小し、広帯域・高密度の光インターコネクトが実現可能と考えられている。
別の形態としてスイッチ ASIC 周辺に実装されたシリコンフォトニクスチップから光導波路を介してパッケージ基板エッジにて光ファイバと接続する方式も検討されている。この光導波路としてはガラス光導波路[1-16]またはポリマー光導波路[1-17]が検討されている。ガラス光導波路(図 1-13)はイオン交換法により屈折率を上昇させ、コアを形成している。ガラス光導波路の利点は受発光素子として用いられるシリコンフォトニクスチップと線膨張係数差が小さいため、環境温度変化による体積変化がもたらすチップと導波路間の軸ズレを抑制することが可能である点である。この為、結合損失の温度依存性を小さくすることが可能である。ポリマー光導波路(図 1-14)の利点 は光配線と電気配線の複合が容易であり、従来の電子基板や実装技術を用いることが可能な点で ある。
従来のシングルモード光ファイバを用いた光ファイバネットワークの伝送容量は波長分割多重などの多重化技術により増加してきたが、原理的な限界に近付いて来ている[1-18][1-19][1-20]。また、データセンタ内サーバ機器のフロントパネルにおいては従来の光ファイバコネクタを用いた伝送容量では不足することが懸念されている。図 1-15 にイーサネット・フロントパネル・スイッチ帯域幅の推移を示す[1-7]。2008 年ではフロントパネルの帯域幅は約 0.5 THz であるのに対し、 2018 年では約 5.5 THz と 10 倍に増加していることが分かる。今後もフロントパネルの帯域幅を向上させるにはビットレートの向上と単位面積当たりの光ファイバ本数の増加が不可欠である。この為、光インターフェースには高密度化が求められており、ボードエッジは光トランシーバを配列するのではなく、光コネクタ配列によるパッシブな光信号接続形態とすることで単位断面積当たりのファイバ心数を増加させて、広帯域密度を実現している。一方で、既存の光コネクタは既に光ファイバ本数が 24 本の並列配列にて標準化がなされおり、前述したように更なる多心化や空間結合型の新たな光コネクタ等が開発されている。しかしながら、光コネクタ内の光ファイバピッチの高密度化には限界があり、単位面積当たりの実装可能な光ファイバ本数は限られている。
これらの解決策の一つとして、1 本の光ファイバ中に複数のコアを有するマルチコアファイバ (MCF)が提案され、開発が進められている[1-21][1-22][1-23]。この MCF による空間多重方式を導入することで、従来のシングルコア光ファイバと比較して、数倍以上の通信容量拡大を可能とすることが期待されている。
一方で、MCF を光ファイバネットワークに導入するにはいくつかの課題がある。この課題の一つに、既存の光送受信機やシングルコア光ファイバとの接続が困難であることが挙げられる。MCF内の複数コアは、断面内で多段状に積層配列された構造であるため、既存の一次元並列された光送受信器と MCF とを接続するためには、多段状から直線状へのコア配列変換が必要となり、その機能を担う光学部品として fan-in/fan-out(FIFO)素子(図 1-16)が求められている。
この FIFO 素子を実現する方法は既に報告されている。図 1-17 に光ファイババンドル方式の模式図を示す[1-24]。MCF の配列に合わせて光ファイバを束ね、溶融延伸することで MCF と同配列かつ同コアピッチの光ファイババンドルを作製する方法である。光ファイババンドル方式の利点は光ファイバ同士の接続であることから接続損失の低減が容易なことである。一方で、溶融延伸によりファイバ長手方向に FIFO 素子が長くなることから小型化が困難である。また、複数の SCFと MCF 間をレンズを介して空間接続する方法も報告されている[1-25]。光ファイバやレンズの実装精度の課題はあるが、接続損失の低減が容易である。一方で、レンズを用いることから小型化や低コスト化が困難である。また、近年は導波路を用いた FIFO 素子も注目されている。図 1-18に積層ポリマー光導波路を用いた FIFO 素子の模式図を示す[1-26]。平面導波路のコアパターンを変化させることで MCF の配列をファイバアレイ等と接続可能な直線状の配列へと変換することが可能となる。しかしながら、積層導波路の厚み方向にはコアパターンを変化させることが出来ず、全てのコアを同一直線状に変換することが困難である。この為、FIFO 素子を更に小型化するためには、光導波路のコアパターンを 3 次元的に配列・形成可能な技術が求められる。
このような背景から、本研究では、シングルモード光導波路とシングルモードファイバ(SMF)との接続損失を低減して、ポリマー光導波路によるマルチコアファイバ向け小型・低損失 FIFO 素子へと応用することを目的とした。
先行研究では、モスキート法にて作製したポリマー光導波路のコア断面形状が円形にならないことが確認出来ており、接続損失を低減するためにはコア断面の円形化が不可欠であった。そこで、モスキート法行程中のモノマー流動解析により、理論的・実験的にコア断面形状を円形化する作製条件の確立を目指した。
また、4 コアを有するマルチコアファイバとの接続を想定した、光導波路設計および試作を行い、小型化・低損失 FIFO 素子の実現を目指した。
本論文では研究内容に関して全 5 章の構成でまとめた。
第 1 章では、本研究の背景を概説し、データセンタネットワークの広帯域・長距離化要求を満たすための光通信デバイス開発の重要性を述べ、本研究の目的を示した。
第 2 章では、データセンタネットワークの広帯域化・高密度化・長距離化を果たす上で重要となる光ファイバ、光コネクタなどの光学素子の種類と特性に関して概説した。
第 3 章では、従来のポリマー光導波路作製法と、本研究で採用したポリマー光導波路の作製法であるモスキート法に関してまとめ、FIFO 素子のための 3 次元コア配線形成が容易に可能となるモスキート法の利点を示した。さらに、シングルモードポリマー光導波路を構成するためのポリマー材料に求められる特性についてまとめた。
第 4 章では、低損失 FIFO 素子作製のためのシングルモードポリマー光導波路の仕様を明らかにし、その作製方法を示した。シリンジを用いてコアモノマーを吐出する工程について、流動解析を用いることでコアの断面形状を乱す要因を明らかにし、真円コア形成のために重要となる作製パラメータを明らかにした。解析の結果、導き出された作製条件下で実際にシングルモードポリマー導波路を試作し、真円断面を有するコアを高い再現性で作製することに成功した。さらに、複数コア間でのモードフィールド径の均一化、コア間ピッチの高精度制御を実現しており、SMFとの接続時の挿入損失を 1.5 dB 以下、接続損失を 0.2 dB 以下に低減することに成功した。またモスキート法にて、3 次元コア配列することで、fan-in/fan-out 素子の作製が可能であることを合わせて実証した。
第 5 章では、本研究で得られた成果を総括し、ポリマー導波路型低損失 FIFO 素子の実現可能性に関する展望を述べた。