左側下大静脈による右総腸骨静脈圧迫症候群を伴った右下肢深部静脈血栓症の1例
概要
I 緒言
左側下大静脈(Inferior Vena cava:以下 左側 IVC)は胎生期の稀な発生異常である1)。今回 CT 画像検査で,左側 IVC により右腸骨静脈圧迫症候群(iliac vein compression syndrome)2)3)を呈していることが判明した右下肢深部静脈血栓症(Deep Vein Thrombosis:以下 DVT)の1例を経験したので報告する。
Ⅱ 症例
患者:67歳,男性。
主訴:右下肢腫脹・疼痛・歩行困難。家族歴:特記すべきことなし。
既往歴;高血圧症。
現病歴;10日前から右下肢の腫脹・疼痛を自覚し症状の改善がないために来院した。
来院時現症;身長 165 cm,体重 73.5 kg。
下腿最大周計 右 39.5 cm,左 37.0 cm。
足関節周計 右 25.5 cm,左 22.0 cm。
右下腿と足部の腫脹・発赤を認め,歩行可能であるが歩行時痛を訴えていた。また臥位で安静時痛はないが膝を伸展させ足関節を強く背屈させると腓腹部に痛みを訴えた(Homans 徴候 陽性)。発症時から咳嗽・呼吸困難など呼吸器症状は無かった。
血液検査:D-ダイマーは6.2 μg/ml と上昇していたが,他のプロテインS・プロテインC・AT-Ⅲなど凝固系検査に異常なかった。
超音波検査所見:右総大腿静脈から浅大腿静脈・膝窩静脈にかけて内腔に輝度の高い血栓像を認めプローブで圧排されず(compression test:陰性),カラードプラー法で血流を認めなかった。以上の所見から右下肢 DVT と診断した(図1)。
CT/3D-CTvenography 検査所見:DVT 血栓局在 の範囲と大腿静脈より中枢則の血栓進展の有無や静脈 還流を障害する病変の有無を検査する目的に CT 検査 を行った。CT 検査でも右膝窩静脈から鼠径靭帯直上 までの大腿静脈まで血栓による陰影欠損像を確認した。骨盤腔内には腫瘍など占拠病変は認めなかった。しかし,IVC の走行異常を発見した。即ち,左右総腸骨 静脈合流部から左腎静脈分岐部までの IVC は大動脈 左側を走行し(図2a),右腎静脈分岐部までの間は 大動脈の腹側を横走し(図2b,c),右腎静脈分岐 部から中枢側は腹部大動脈の右側の正常な位置に存在した(図2d)。
また,総腸骨動・静脈分岐部で左総腸骨動脈と第5腰椎体の間に挟まれるように右総腸骨静脈が存在して一部狭小化していた(図3)。局所に血栓や陰影欠損像はないが3D-CT venography では造影不良を認めた。(図4*矢印) 以上の画像検査所見から, 左側 IVC に伴った右腸骨静脈圧迫症候群と判断した。胸部では肺動脈に血栓による陰影欠損像を認めなかったため肺塞栓症の合併なしと判断した。
治療経過:発症から来院まで10日経過していることから,急性期から慢性期に移行していると判断し経静脈による血栓溶解療法は施行せず,外来通院で経口抗凝固薬(ビタミンK依存性)の内服治療を開始した。治療開始して2週間後には腫脹・発赤・疼痛は軽減 した。超音波検査では血栓の退縮により一部血流の再疎通が確認できた。6年経過した現在,臨床症状はないが浅大腿静脈には一部器質化血栓が残存している。また右総腸骨静脈に血栓は認めていない。抗凝固療法は継続し,治療開始時から現在も弾性ストッキング着用を併用している。
Ⅲ 考察
左側 IVC は胎生期の発生異常である4)。IVC は発生第3~7週に出現する左右一対の主静脈系に由来し,後主静脈・主下静脈・主上静脈によって形成される。正常な発生では左側の静脈は右側に比して消退する傾向が強く腎静脈より下は右主上静脈の遺残により形成される1)3)4)。それに対して左側 IVC は左主上静脈の遺残である 。諸家の報告では発生頻度は0.04~0.54%とされている1)3)4)-7)。我々の施設で,この6年間に施行した腹部 CT 検査1,597例で IVC の形態異常を検索 したところ,腎静脈以下の IVC 欠落1例,重複 IVC 2例,本症例も含め左側 IVC3例認めた。左側 IVC の頻度は0.19 %であり従来の報告とほぼ同程度で稀 な異常であった。通常無症状で臨床的な意義は少ない とされているが肉眼的血尿や腎疾患で発見されるとの 報告8)や,IVC 血栓症の報告もある5)9)。また本症例のように深部静脈血栓を契機に発見されることがある。また画像診断が多用される今日では腹部大動脈瘤や腎腫瘍など他疾患の検査で偶然発見されることがある1)。腹部外科手術では IVC の走行異常に気づかずに,術中操作で不用意な IVC 損傷の危険がある。多量出血を避けるために左側 IVC を念頭に入れて術前の画像検査を行うことが肝要と考える6)7)10)11)。
腸骨静脈圧迫症候群は1956年に May と Thurner12)が提唱し,その後1965年に Cockett らにより腸骨静脈 圧迫症候群としての概念が確立された13)-15)。正常な解剖学的位置関係では,IVC は腹部大動脈の右側を 走行する。腸骨静脈圧迫症候群は左右合流部で左総腸 骨静脈が右総腸骨動脈と椎体との間に挟まれた圧迫と 動脈拍動による血流障害・静脈壁の繊維化肥厚から血 栓形成される病態である3)16)17)。頻度は20 %との報告があり2)17),左下肢の深部静脈血栓症の要因とされている。日本静脈学会の調査報告では下肢 DVT の左右 差は左下肢に発症が多い結果であったことは腸骨静脈 圧迫症候群が関連していると思われる18)19)。左側 IVCでは左右総腸骨静脈合流部は第5腰椎の高さに位置し,正中線より左で,正常とは逆に左総腸骨動脈の背側にあるため右総腸骨静脈が椎体との間で圧迫される。本症例は左側 IVC により右総腸骨静脈に圧排を認めた。 CT 画像上は局所に血栓形成や閉塞は認めないものの 3D-CT venography では造影不良な部位があり血流低下が予想され,右下肢深部静脈血栓症発症に関与していることが推察された20)。
Ⅳ 結語
1.稀な左側下大静脈を伴った右下肢深部静脈血栓症の1例を経験した。
2.下大静脈の奇形により右腸骨静脈圧迫症候群を呈していた。
3.本症例では左側下大静脈・右腸骨静脈圧迫症候群による静脈還流障害が右下肢深部静脈血栓症の発症に関与したと推測される。