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ラットにおける新奇物に対する反応に関する研究

小泉, 亮子 東京大学 DOI:10.15083/0002002307

2021.10.13

概要

人間は利用目的に特化した動物を手に入れるために、人為的な選抜を繰り返して家畜を作出してきた。そのために家畜は、起源となった野生動物とは同種であっても様々な点において変化がみられ、自然環境下では生存に不利な形質を有していることが知られている。このような家畜動物と野生動物の違いの一つに、これまで遭遇したことのない物体(新奇物)に対する反応が挙げられる。家畜動物は新奇物に接近し探索するneophiliaという性質を有する一方、野生動物は新奇物を回避し逃走するneophobiaという性質を有することが明らかにされている。この性質の違いを生み出す要因として、扁桃体基底外側複合体(basolateral complex of the amygdala:BLA)や分界条床核背側部(dorsal bed nucleus of the stria terminalis:dBNST)といった、脅威に対する防御反応を司る脳部位の機能的変化が考えられる。
 実験用ラット(Rattus norvegicus)は現在、常用されている実験動物の一種であり、100年以上前に野生ドブネズミから作出された。現在でも実験用ラットと野生ドブネズミは交配が可能であること、形態学的特徴が共通していることから同一種であると考えられている。そこで本研究では、野生ドブネズミと実験用ラットが新奇物に対して示す反応を比較することで、野生動物と家畜動物における脳機能の違いを理解することを目指した。BLAとdBNSTに関してまず形態学的特徴を比較し、次に新奇物に対する同部位の神経活性を比較した。さらに新奇物に対する反応の性差を調べる過程で、BLAはneophobiaのみならずneophiliaにも関与していることが示唆されたため、脳の局所破壊術によりBLAがneophiliaに関与しているかを検討した。本論文は以下の6章から構成される。

 第1章は総合緒言であり、家畜化の影響、新奇物に対する反応およびneophobiaとneophiliaに関する先行研究について概観するとともに、BLAやdBNSTが防御行動および探索行動において果たす役割についての解説し、本研究の目的を説明した。

 第2章では、BLA、dBNSTおよび嗅球の形態学的特徴を野生ドブネズミと実験用ラットにおいて比較した。供試動物には東京都中央区で捕獲した雌雄の野生ドブネズミおよび雌雄の実験用アルビノラットを用いた。採材した脳より切片を作製し、神経細胞のマーカーであるNeuN蛋白質に対する免疫染色を行った。その結果、BLAやdBNSTを含む脳切片全体の面積は両者で差がなかったものの、野生ドブネズミの方がBLAやdBNSTの面積が大きいことが明らかになった。さらに野生ドブネズミの方がBLAの神経細胞密度は高く、dBNSTでは両者に差は認められなかった。また主嗅球の外網状層の厚さおよび糸球体の面積は両者で差がなかったことから、野生ドブネズミと実験用ラットは同数程度の嗅覚受容体を持つことが示唆された。一方、副嗅球では糸球体層吻側部の面積に差はなかったものの、野生ドブネズミの方が尾側部の面積が大きかったことから、2型鋤鼻受容体数が多いことが示唆された。以上の結果より、野生ドブネズミのBLA、dBNSTおよび副嗅球は実験用ラットと比較して構造的に発達していることが示唆された。

 第3章では、新奇物に対するBLAとdBNSTの神経活性を野生ドブネズミと実験用ラットにおいて比較した。東京都新宿区で捕獲した雄の野生ドブネズミおよび雄の実験用アルビノラットを供試動物として用いた。プラスチック製の人形を新奇物としてホームケージの片隅に設置し、新奇物に近い方からclose zoneとdistal zoneにホームケージを2つに分けた。測定項目として新奇物を設置したときの各zoneでの滞在時間と、zone間の移動回数を、新奇物を設置しなかったときに対する割合として算出するとともに、新奇物を探索した時間を計測した。その結果、新奇物を設置すると野生ドブネズミではclose zoneの滞在時間が減少し、新奇物を回避したことが示唆された。野生ドブネズミの方がclose zoneでの滞在時間の割合は低く、distal zoneでの滞在時間の割合は高かった。しかし移動回数の割合は両者に差がなく、また実験用ラットの方が新奇物を探索した時間が長かった。さらに新奇物を設置した1時間後に採材した脳より切片を作製し、神経細胞の活性化のマーカーであるc-Fos蛋白質に対する免疫染色を行った結果、野生ドブネズミの方がBLAにおけるc-Fos蛋白質陽性細胞数が多かった。しかしながら、dBNSTでは両者に差は認められなかった。また野生ドブネズミの方が視床下部室傍核、視床下部腹内側核および分界条床核腹側部におけるc-Fos蛋白質陽性細胞数は多かったが、扁桃体中心核では両者の間に差はなかった。以上の結果より、野生ドブネズミのBLAは実験用ラットと比較して、新奇物に対してより活性化することが示唆された。

 第4章では、新奇物に対する反応における性差を検討した。東京都中央区で捕獲した雌雄の野生ドブネズミおよび雌雄の実験用アルビノラットを供試動物として用い、第3章と同様の実験を行った。その結果、野生ドブネズミと実験用ラットのいずれにおいても全ての行動指標において雌雄差はみられず、また性周期の影響もみられなかった。またBLAや、性的二型核であるdBNST、視床下部腹内側核および内側視索前野においてc-Fos蛋白質陽性細胞数を解析したものの、野生ドブネズミと実験用ラットのいずれにおいても雌雄差はみられなかった。以上の結果より、新奇物に対する反応において性差はないことが示唆された。
 本章では追加解析として、野生ドブネズミと実験用ラットの雄個体において、新奇物を設置したときとしなかったときの行動反応を各動物種内で比較したところ、本章の実験に供試した野生ドブネズミは第3章にて供試した野生ドブネズミとは異なり、新奇物を設置してもclose zoneやdistal zoneでの滞在時間が変化せず、新奇物を回避しなかったことが示唆された。一方で実験用ラットでは、close zoneでの滞在時間が増えdistal zoneでの滞在時間が減少していることが確認され、さらに新奇物に対する探索時間も実験用ラットの方が長かった。またBLAにおけるc-Fos蛋白質陽性細胞数を比較したところ、第3章の結果とは異なり野生ドブネズミの方が少ないことが明らかとなった。以上の結果より、BLAは新奇物に対する回避行動だけでなく探索行動にも関与していることが推察された。

 第5章では、新奇物に対する探索行動におけるBLAの関与について検討するために、実験用アルビノラットのBLAを局所破壊し新奇物に対する反応を検討した。6週齢のWistar系統ラットを供試動物として用い、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)の微量を両側のBLAにハミルトンシリンジを用いて注入した。また対照群として溶媒を両側のBLAに注入した。手術から1週間後にホームケージ内に新奇物を設置し、新奇物に対する探索時間および活動量の指標として歩数を計測した。行動実験後には脳を採材し、切片を作製して破壊部位を特定した。その結果、BLA破壊群と対照群の間に歩数の違いは見られなかったものの、NMDAを投与されたBLA破壊群は対照群よりも新奇物に対する探索時間が短かった。これらの結果より、BLAは新奇物に対する探索行動に関与していることが示唆された。

 第6章では、総合考察を行った。本研究の結果より、野生ドブネズミのBLAは構造的に発達しており、実験用ラットよりも新奇物に対する神経活性が高いことが明らかとなった。また野生ドブネズミと実験用ラットの両者において新奇物に対する反応に性差はなく、BLAはneophobiaだけでなくneophiliaにも関与していることが示唆された。
 本研究より、新奇物に対する反応にはBLAが重要な役割を果たしていることが示された。感覚器官で受容された新奇物の情報はBLAを活性化させ、その後野生ドブネズミでは防御行動の神経回路へ、実験用ラットでは報酬行動の神経回路へ、それぞれ情報が伝達されているものと推察された。また実験用ラットにおいては、BLAの機能のうち防御行動に関与するものが特異的に衰退した可能性が示唆された。これは、家畜化の過程で人間や新奇環境といった刺激へ曝露される機会が増えた結果であると考えられた。さらに新奇物に対して回避行動も探索行動も示さない野生ドブネズミが存在したことから、neophobiaは野生動物全般にみられる性質ではないと推察された。今後、野生ドブネズミと実験用ラットの脳機能を比較していくことで、家畜動物と野生動物の脳機能の相違点のみならず、家畜化が脳機能に与える影響を解析できることとなろう。
 野生ドブネズミは現在でも駆除の対象とされているが、新奇物に対する回避行動はその捕獲を妨げる要因の一つとなっている。ネズミの回避行動に関連する本研究成果は効率的な駆除方法の開発に貢献し、人間社会における公衆衛生の向上や希少動植物の保護に応用されることが期待される。

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