前立腺癌におけるZNF750遺伝子のDNAメチル化異常に関する研究
概要
前立腺癌の発生・進展メカニズムを解明し、それを診断、治療に応用するためには、ジェネティックな異常だけでなくエピジェネティックな異常を示すドライバー遺伝子の同定が重要である。前立腺癌における DNA メチル化異常を解析するため、我々が独自に開発した癌特異的メチル化遺伝子探索法“MeTA”を用い、ジンクフィンガー転写因子 ZNF750(Zinc Finger Protein 750)を見出した。ZNF750 は上皮の恒常性維持に重要な転写因子であるが、2014 年に食道扁平上皮癌で ZNF750 遺伝子変異が報告されて以来、扁平上皮癌のがん抑制遺伝子の一つとして知られている。これまで、前立腺における機能、前立腺癌との関連に関する報告はない。
まず、3 種の前立腺癌細胞株(DU 145、LNCaP、PC-3)と正常前立腺上皮細胞株(RWPE-1)を用い、ZNF750 遺伝子の mRNA、タンパクレベルでの発現を解析し、RWPE-1 に比べすべてのがん細胞株で著しい発現減少を認めた。また、ZNF750 プロモーター領域の DNA メチル化解析からがん細胞株では高度な DNA メチル化が見られたのに対し、RWPE-1 では非メチル化、あるいは、部分的なメチル化のみであった。さらに、 DNA メチル化阻害剤 5-Aza-dC をがん細胞株に投与すると ZNF750 の発現が上昇することから DNA メチル化が発現抑制の一因と考えられた。一方、5-Aza-dC にヒストン脱アセチル化酵素阻害剤 TSA を加えることによって ZNF750 発現が大きく回復することから発現抑制にはヒストン修飾も関連していることが示唆された。
TCGA のパブリックデータを用いた前立腺癌原発巣の解析は、ZNF750 遺伝子の前立腺癌での発現減少、 DNA メチル化の亢進を示し、細胞株での結果を支持した。また、前立腺癌特異的な ZNF750 の DNA メチル化亢進はプロモーター領域よりもイントロン 1 で高い頻度を示した。前立腺癌 48 症例の腫瘍部、近傍正常部から採取した DNA を用いた qMSP 解析でも、ZNF750 プロモーター領域およびイントロン1領域の癌特異的メチル化の亢進は、それぞれ 90%(43/48)および 98%(47/48)と高頻度であった。
さらに ZNF750 の発現と前立腺腫瘍形成との関連を明らかにするため、前立腺癌細胞株における ZNF750 発現誘導と正常前立腺上皮細胞株における ZNF750 ノックダウンの細胞増殖への影響を解析した。その結果、LNCaP 前立腺癌細胞での ZNF750 発現誘導は、細胞増殖を抑制し、RWPE-1 正常前立腺上皮細胞での ZNF750 ノックダウンは、細胞増殖の亢進を引き起こした。
これらの結果は、ZNF750 の DNA メチル化に関連した転写抑制は、前立腺癌の細胞増殖を亢進させることによって腫瘍形成に関わっていることを強く示唆している。