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肺腺癌における転写因子ASCL1の機能解析

宮下, 直也 東京大学 DOI:10.15083/0002002420

2021.10.13

概要

【背景・目的】
 肺癌は本邦のみならず世界において癌死の主要な原因である。非小細胞肺癌は肺癌の約85%を占めており、組織学的に肺腺癌や肺扁平上皮癌といったサブタイプに分類されるが、その中でも遺伝子変異や転写プロファイルに大きな違いが存在することが近年明らかになってきた。2015年に改訂された世界保健機関の分類では、小細胞肺癌と大細胞神経内分泌癌は共に神経内分泌腫瘍に分類されており、病理学的に類似した組織形態を示し、免疫組織化学染色で神経内分泌マーカーが陽性となる。しかし、これらの特徴は必ずしも神経内分泌腫瘍に限られたものではなく、肺腺癌の約10から20%でも神経内分泌マーカーが陽性となると報告されている。また病理学的に肺腺癌と診断された肺癌組織の遺伝子発現プロファイルからも、神経内分泌分化に関連する遺伝子群が高発現を示すサブグループの存在が明らかにされている。
 神経内分泌細胞分化に関与する分子生物学的機構としては、achaete-scute complex homolog 1 (ASCL1)bHLHファミリー転写因子の関与が多く報告されている。ASCL1は肺の神経内分泌細胞の系統分化の主要な制御因子として機能し、マウスモデルにおける肺の神経内分泌腫瘍の形成に必須の転写因子とされている。
 臨床的な観点からは、ASCL1の標的遺伝子群の発現は非小細胞肺癌の予後不良因子とされている。同様に、ASCL1と共発現する遺伝子群も肺腺癌の予後不良群に高発現とされる。以上より、ASCL1の発現を認め、神経内分泌分化を伴う肺腺癌の存在を認識することは、肺癌患者の予後予測や治療の観点から臨床的に重要であると言える。しかし、ASCL1陽性肺腺癌の臨床的、分子生物学的特徴については依然不明な点が多い。
 本研究では、非小細胞肺癌の手術検体由来の組織マイクロアレイを活用した免疫組織化学染色を行い、非小細胞肺癌におけるASCL1陽性の頻度を確認し、研究対象を肺腺癌に限定した。次に、次世代シーケンサーで得られた肺腺癌組織のトランスクリプトームデータを解析し、ASCL1陽性肺腺癌とASCL1非陽性肺腺癌における生存期間、ドライバー遺伝子変異、癌抑制遺伝子変異の頻度差を検証した。また、ASCL1陽性肺腺癌において免疫関連遺伝子の発現低下がみられることを見出した。さらに組織マイクロアレイの免疫組織化学染色を行い、非小細胞肺癌におけるASCL1発現とPD-L1発現の関連を検証した。さらにASCL1陽性の肺腺癌細胞株ではASCL1ゲノム領域がスーパーエンハンサーを形成し、DNA低メチル化状態にあることを確認した。In vitroの実験として、ASCL1陽性の肺腺癌細胞株を用いて細胞実験を行い、ASCL1の発現変化が細胞増殖、細胞周期、アポトーシスといった細胞機能に及ぼす効果を検証し、またマウス肺腺癌細胞株を同系マウスの肺内に同所移植する実験モデルを構築しASCL1の腫瘍形成における役割をin vivoでも検証した。最後にASCL1陽性の肺腺癌細胞株においてmiRNAアレイ、サイトカインアレイ、RNA-sequencing(RNA-seq)を行うことで、肺腺癌におけるASCL1の発現と関連する遺伝子群やサイトカイン・ケモカイン群を同定した。

【方法・結果】
 The Cancer Genome Atlas(TCGA)データベースの非小細胞肺癌データを解析し、ASCL1は扁平上皮癌(1.4%, n=7/502)に比して腺癌(8.3%, n=44/533)により高い頻度で発現することを確認した。次に、腺癌サンプル間のASCL1と神経内分泌マーカーとの相関性を検証した。ASCL1発現レベルは既存の研究報告と一致し、INSM1、SYP、CHGA、およびNCAM1の発現レベルと正相関を示した。さらに、ASCL1発現と喫煙状況の関係性を調査した。元喫煙者(6.7%, n=21/313)または非喫煙者(2.8%, n=2/71)よりも現喫煙者(15.7%, n=18/115)により高い頻度でASCL1高発現例が見られた。また、ウプサラコホート研究の肺腺癌症例(n=223)を元に、ASCL1の発現が生存期間と関連があるかを検証した。ASCL1のタンパク発現レベル(染色スコア)に基づいて評価すると、ASCL1低発現と高発現のグループ間における患者の生存期間に統計的に違いは認めなかった。TCGA肺腺癌データセット(n=533)からも同様の結果が得られ、ASCL1発現レベルごとのグループ間で予後の違いは認められなかった。遺伝子変異との相関については、ASCL1発現はEGFR変異陽性患者において有意に少なかった(0%, n=0/54)。
 次に肺癌に対する有効な治療であるPD-L1チェックポイント阻害薬の治療反応性とASCL1の関係を調べるため、ウプサラコホートより得た組織マイクロアレイサンプルに免疫組織化学染色を実施し、PD-L1タンパク発現を評価した。ASCL1タンパク発現レベルの異なる3グループ間でPD-L1染色スコアを比較すると、ASCL1高発現の非小細胞肺癌症例ではPD-L1免疫染色陰性であり、PD1、PD-L1チェックポイント阻害薬の効果が低い可能性が示唆された。さらに肺腺癌におけるASCL1と腫瘍免疫環境について解析するため、各免疫細胞のマーカー遺伝子を整理し、クラスター分析によって、TCGA肺腺癌を遺伝子特性の異なる発現パターンを示す4つのクラスターに分離した。その結果、ASCL1高発現群の殆どが免疫細胞マーカーの発現が低いクラスターに分類され、ASCL1高発現肺腺癌では腫瘍内免疫細胞浸潤および免疫応答が比較的乏しく、免疫療法の障害となりうることが示唆された。
 ASCL1陽性肺腺癌の遺伝子レベルでの背景をより明確にするため、26の異なる肺腺癌細胞株の統合的なマルチオミクスデータセットであるDBTSSデータベースを解析した。まず遺伝子発現パターンを比較するため多次元スケーリングプロットを作成すると、ASCL1陽性の2つの細胞株は明らかに差別化された遺伝子発現パターンを示した。次に各細胞におけるスーパーエンハンサーを解析すると、ASCL1はASCL1陽性のVMRC-LCDおよびPC-7細胞株におけるスーパーエンハンサーと関連するが、一方で他細胞株におけるスーパーエンハンサーの基準を満たしていないことを発見した。
 In vitroでのASCL1陽性肺腺癌細胞株におけるASCL1の機能を解析するため、2つの異なるASCL1 siRNAをVMRC-LCD細胞株にトランスフェクションし実験を行った。ASCL1ノックダウンを行うと細胞増殖は阻害され、細胞周期はG2/M期アレストを認め、アネキシンV陽性アポトーシス細胞分画が増加することを確認した。
 またASCL1の腫瘍形成における役割をin vivoで明らかにするため、マウス肺腺癌LLC細胞を同系マウスの肺内に同所移植するモデルを構築した。マウスAscl1およびコントロールのGFPを発現するレトロウイルスベクターを作製し、マウス肺腺癌細胞株に感染させたのちマウス肺に投与し腫瘍形成を行った結果、Ascl1強制発現LLC細胞投与群は、GFP強制発現LLC細胞投与群に比して腫瘍体積、重量の増加傾向を認め、Ascl1発現によって肺腺癌細胞の腫瘍形成能が促進されることが動物モデルで示された。
 ASCL1陽性肺腺癌細胞株においてASCL1が制御する遺伝子を探索するため、siASCL1で処理したVMRC-LCD細胞のRNA-sequence解析を行った。その結果、2つの異なるASCL1 siRNAで共通する302個の遺伝子をアップレギュレートし、357個の遺伝子をダウンレギュレートすることを発見した。ダウンレギュレートされる遺伝子には、肺小細胞癌においてASCL1の標的遺伝子と知られるDLL3、LFNG、RETおよびMYCLなどがあった。これらの遺伝子に定量的RT-PCRを実施したところ、ASCL1ノックダウンによってこれらの発現は抑制された。
 またRNA-sequenceの結果から、ASCL1ノックダウンが選択的にVMRC-LCD細胞のスーパーエンハンサー関連遺伝子を抑制することも確認した。すなわち、ASCL1は細胞のアイデンティティを決定する、スーパーエンハンサー媒介転写プログラムを制御するマスター制御因子として機能している可能性があると考えられた。
 さらにASCL1陽性の肺腺癌細胞株においてASCL1が制御するmiRNAを探索するため、siASCL1で処理したVMRC-LCD細胞のmiRNAアレイを行い、siASCL1トランスフェクションでアップレギュレートされる15個のmiRNA、ダウンウンレギュレートされる26個のmiRNAを発見した。そしてマウス肺腺癌細胞株にAscl1およびGFPを強制発現させ培養上清のサイトカインアレイを施行することで、Ascl1強制発現で発現が変動したケモカインを同定した。

【結論】
 本研究では、ASCL1発現によって特徴的な臨床的または分子生物学的特性を示す肺腺癌のサブグループが定義されることを示した。肺腺癌の治療において、治療標的となっているドライバー遺伝子変異が存在しない腺癌の新規治療の開拓は重要な課題であるが、ASCL1陽性肺腺癌は特徴的な分子生物学的背景を持つため、新しい展望を開くことができる可能性がある。

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