Biochemical and cellular activity of chemically synthesized elastase inhibitor (S-AFUEI) from Aspergillus fumigatus
概要
【緒言】
侵襲性肺アスペルギルス症(IPA)は重症の日和見感染症の一つであり、近年世界中で増加している。IPAの治療では抗真菌薬のVoriconazoleやAmphotericin Bが第一選択とされているが奏効率はそれぞれ52.8%、31.6%と十分ではなく、新規の治療法が期待されている。殺真菌作用の抗真菌薬に加えて、新規の抗真菌薬を開発する候補として病原性因子を標的とする薬剤が注目されている。
我々は肺アスペルギルス症の患者から分離したAspergillus fumigatusの臨床分離株が強いエラスターゼ活性を持つ事から、エラスターゼと病原性の関連について注目した。このA. fumigatus由来elastase(AFUE)を阻害すれば肺組織傷害が軽減され、肺アスペルギルス症の治療に役立つ事が期待される。共同研究者の奥村らはA. fumigatusの培養上清液からelastase inhibitorを発見し、Aspergillus fumigatus elastase inhibitor (AFUEI)と命名した。Native-AFUEI(N-AFUEI)の収量は微量であり、治療に応用するためにSynthetic-AFUEI(S-AFUEI)の試作を行った。
今回S-AFUEIの各種生理学的検討を行った。Aspergillusはヒト肺に感染すると組織破壊性病変を作るが、エラスチンに加えコラーゲン、フィブリノゲンが標的の一つとなっていると考えられており、AFUEのヒトコラーゲン、ヒトフィブリノゲン水解活性をS-AFUEIが阻害するかを検討した。さらにヒト肺アスペルギルス症への臨床応用を探るため、S-AFUEIがAFUEの正常ヒト微小気管支上皮細胞・正常ヒト肺動脈血管内皮細胞・正常ヒト肺胞上皮細胞傷害性を阻害するか検討した。
【対象及び方法】
肺アスペルギルス症患者由来のA. fumigatus株をYCB-エラスチン培地で3日間培養し、DE52 celluloseおよびSephadex G-75のカラムクロマトグラフィーによってAFUEを精製した。ウェスタンブロットはN-AFUEIの一次構造全体のC-E-K-E-A-Q-F-V-K-Q-E-I-G-Q-P-Y-T(5〜22残基)でウサギを免疫することによって生成した抗AFUEI抗体を使用した。エラスターゼ活性は基質としてGAAPLNA(Glt-Ala-Ala-Pro-Leu-pNA)を用いて測定した。熱安定性はS-AFUEI を37℃、50℃、60℃、および80℃で10分間加熱した後、4℃まで急速に冷却し、GAAPLNAに対するエラスターゼ阻害活性を測定した。AFUEの基質特性を調べるためにヒトコラーゲン(Type Ⅳ)、ヒトフィブリノゲン水解活性を測定した。ヒト細胞傷害性試験は培養したヒト細胞(正常ヒト微小気管支上皮細胞・正常ヒト肺動脈血管内皮細胞・正常ヒト肺胞上皮細胞)をトリプシン処理し、培地に再懸濁し、96マルチウェルプレートに播種した。AFUEを細胞に添加し、37°Cで24時間インキュベートした。テトラゾリウム塩/ホルマザンシステムに基づいた細胞計数キットを使用して、生細胞数を比色定量した。これらの活性をS-AFUEIが阻害するか検討した。
【結果】
S-AFUEIの生理学的検討
ウェスタンブロットではS-AFUEI(7525.1Da)の分子質量に対応する均一なバンドが観察された。エラスターゼ阻害活性試験では、S-AFUEIはN-AFUEIと同等のエラスターゼ阻害活性を示し、ジスルフィド結合のないAFUEIおよび部分的に合成されたAFUEよりも強い阻害活性を示した。熱安定性試験ではS-AFUEIの残留活性は、37°Cで100±0.5%、50°Cで98.6±1.0%、60°Cで95.1±1.6%、80°Cで53.9±4.3%であり、耐熱性が確認された。
S-AFUEIのヒトコラーゲン(Type Ⅳ)及びヒトフィブリノゲン水解阻害活性
S-AFUEI(3.75㎍)のヒトコラーゲン(Type Ⅳ)水解阻害活性を調べた。AFUEはヒトコラーゲンを30分後から水解し始め180分後にほぼ水解したのに対し、S-AFUEIはAFUEのヒトコラーゲン水解活性を強く阻害し180分後でも水解されなかった。
S-AFUEI (3.75㎍)のヒトフィブリノゲン水解活性を調べた。AFUEはヒトフィブリノゲンを10分後から水解を始め30分後にほぼ水解したのに対し、S-AFUEIはAFUEのヒトフィブリノゲン水解活性を強く阻害し30分後でも水解されなかった。
AFUEのヒト細胞傷害とS-AFUEIの細胞傷害阻害活性
正常ヒト肺動脈血管内皮細胞、正常ヒト微小気管支上皮細胞、正常ヒト肺胞上皮細胞に対するAFUEの細胞傷害性を確認した後に、AFUE 1molに対しS-AFUEIを各モル比で反応させ、AFUEの細胞傷害性を阻害するか検討した。肺動脈血管内皮細胞ではAFUE単独では細胞生存率41%に対し、S-AFUEI 0.25molで54%、0.50molで84%、0.75molで100%と生存率が向上した。微小気管支上皮細胞ではAFUE単独では細胞生存率22%に対し、S-AFUEI 0.25molで61%、0.50molで80%、0.75molで95%と生存率が向上した。肺胞上皮細胞ではAFUE単独では細胞生存率55%に対し、S-AFUEI 0.25molで67%、0.50molで82%、0.75molで95%と生存率が向上した。S-AFUEI は濃度依存性にAFUEのヒト細胞傷害性を阻害し、AFUE 1molに対しS-AFUEI 0.75molを加える事により、ほぼ100%細胞傷害性を阻害した。
【考察】
肺アスペルギルス症は、血管浸潤を伴う組織破壊を引き起こすことが知られている。エラスチンは肺の約20%を占め、肺組織を構成する重要な成分であると考えられている。さらに、エラスチンは動脈の中膜の弾性線維に豊富に分布しており、IV型コラーゲンは基底膜を含む動脈の内膜に豊富に存在している。AFUEはエラスチンに加えてコラーゲンを水解することにより血管侵襲を引き起こしている可能性があり、S-AFUEI はそれらを抑制する事で血管侵襲を抑制出来る可能性がある。フィブリノゲンは血液凝固に重要な成分であり、AFUEによるフィブリノゲン水解作用をS-AFUEI が阻害する事により出血傾向を抑制する可能性が示唆された。
奥村らは肺アスペルギルス症病態モデルマウスで、N-AFUEIとAmphotericin Bの併用による効果を調べたところ、Amphotericin B単独よりも生存率が高くなる傾向がみられると報告している。AFUEはラット肺に出血を起こさせ、肺胞内ならびに細気管支内出血がみられ、好中球などの浸潤、フィブリン様物質の滲出が認められたことから、肺組織傷害に本酵素が関わっていることが推定されたが、N-AFUEIはこれを阻害することで肺組織傷害を抑制した。今回N-AFUEIとS-AFUEI が同等のエラスターゼ阻害活性、ヒトコラーゲン水解活性、ヒトフィブリノゲン水解活性を示した事から、肺アスペルギルス症病態モデルでS-AFUEI とAmphotericin Bの併用は効果がある可能性が示唆された。
今回新たにS-AFUEI のヒトアスペルギルス症への臨床応用を探るため、最も頻度の高い菌種であるA. fumigatus由来elastase(AFUE)の正常ヒト微小気管支上皮細胞・正常ヒト肺動脈血管内皮細胞・正常ヒト肺胞上皮細胞への傷害性と、それらをS-AFUEI が阻害するか検討した。まずAFUEによる細胞傷害性を調べたところ何れの細胞に対しても傷害性を認めた。肺動脈血管内皮細胞への傷害性は肺アスペルギルス症における喀血の原因となり得ると考えられた。微小気管支上皮細胞ならびに肺胞上皮細胞への傷害性は組織侵襲の原因となり得ると考えられた。次にAFUEの細胞傷害性をS-AFUEI が阻害するかを検討した。AFUEに対しS-AFUEI は濃度依存的に生細胞数を増加させ、AFUEの細胞傷害性をS-AFUEI が阻害する事が判明した。S-AFUEI がAFUEのヒト細胞傷害性を阻害した事からヒト肺アスペルギルス症における喀血、気管支及び肺胞組織侵襲をS-AFUEI が軽減する可能性が示唆された。
【結語】
今回N-AFUEIと同じアミノ酸配列かつ3次元構造を持つS-AFUEI を合成した。S-AFUEI はAFUEのヒトコラーゲン、ヒトフィブリノゲン水解活性をN-AFUEIと同等に阻害する事を確認した。高収量で得られるS-AFUEI はAFUEのヒト由来細胞(肺動脈血管内皮細胞、微小気管支上皮細胞、肺胞上皮細胞)に対する傷害作用を阻害したことから、ヒト肺アスペルギルス症でも既存の抗真菌薬との併用で治療効果が期待できる。