格子経路模型とランダム・ウォークの三角関数拡張および楕円関数拡張
概要
数式や理論にa,b,qといったパラメータを導入することを拡張という.導入の仕方を,パラメータに0や∞などの特別な値を代入したとき元の理論に戻るような形に工夫することで,元の内容を網羅しつつより幅広い応用が期待される理論を作ることができる.
ChaundyとBullardによって示された以下のような恒等式がある[1].
1=(1−x)n+1∑mk=0(n+kk)xk+xm+1∑nk=0(m+kk)(1−x)k.(1.1)
この恒等式の証明方法はKoornwinderとSchlosserによって複数紹介されている[2,3].今回はその中の「重み付き格子経路法」に着目した.これは,格子模型上の経路に適切な重みを課すことで,全経路の重みの和を恒等式と一致させる証明方法である.ここでいう格子模型とは正方格子上の領域のことであり,格子点間を結ぶ線分に沿って領域内を右または上へ移動する経路を考えている.また,重みとは各ステップに与える関数のことであり,経路の重みは通過したステップの重みの積によって定義される.本研究では,最も基本的な拡張であるq–拡張から,最大の拡張といわれる楕円関数拡張まで,q–拡張,第1(a,b;q)–拡張,第2(a,b;q)–拡張,(a,b,c;q)–拡張(論文題目ではここまでを総称して三角関数拡張とよんでいる),楕円関数拡張といった順に,計5段階の拡張を(1.1)式に施した.そしてそれらを重み付き格子経路法によって証明することで,拡張された恒等式とそれに対応する格子経路模型を得た.ただし今回,通過した点の座標に依存する形に重みを拡張したことで,全経路の重みの和の表記が明らかではなくなった.そのため証明の詳細な手順は本研究のオリジナルとなっている.楕円関数拡張はその他の4つの拡張を含んでいるため,ここでは楕円関数拡張した恒等式と格子経路模型の重みを紹介する.恒等式は
1=(ac,c/a,bx,b/x;q,p)n+1(ab,b/a,cx,c/x;q,p)n+1∑mk=0θ(acqn+2k;p)(acqn,bcqn,c/b,qn+1,ax,a/x;q,p)kθ(acqn;p)(q,aq/b,abqn+1,ac,cqn+1/x,cxqn+1;q,p)kqk+(bc,c/b,ax,a/x;q,p)m+1(ab,a/b,cx,c/x;q,p)m+1∑nk=0θ(bcqm+2k;p)(bcqm,acqm,c/a,qm+1,bx,b/x;q,p)kθ(bcqm;p)(q,bq/a,abqm+1,bc,cqm+1/x,cxqm+1;q,p)kqk(1.2)
となる.重みは,もとの恒等式に対しては右をx,上を1−xとすれば良いが,楕円関数拡張を施した場合には,
h(i,j;x;a,b,c;q,p):=((i,j)→(i+1,j)の重み)= θ(bcqi+2j,(c/b)qi,axqi,(a/x)qi;p)θ(abqi+j,(a/b)qi−j,cxqi+j,(c/x)qi+j;p),1−h(i,j;x;a,b,c;q,p):=((i,j)→(i,j+1)の重み)= θ(acq2i+j,(c/a)qj,bxqj,(b/x)qj;p)θ(abqi+j,(b/a)qj−i,cxqi+j,(c/x)qi+j;p)(1.3)
となることが求められた.なお,θ(x;p)は変形Jacobiテータ関数という特殊関数である.各パラメータについてp,q∈C,a,b,c∈C\{0}であるものとし,変数はx∈C\{0}である.