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大学・研究所にある論文を検索できる 「作家・北杜夫の病跡学研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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作家・北杜夫の病跡学研究

高橋, 徹 信州大学

2021.02.22

概要

1.研究開始当初の背景
病跡学とは、「精神的に傑出した歴史的人物の精神医学的伝記やその系統的研究をさす(宮本忠雄)」「精神医学や心理学の知識をつかって、天才の個性と創造性を研究しようというもの(福島章)」とされている(日本病跡学会ホームページより)。これまで多くの芸術家や作家、哲学者、映画監督といったクリエイターを対象として、その精神医学的情報と創造性との関連が考察されてきた。特に日本文学においては、近年、高橋正雄による夏目漱石の病跡学研究などが継続的に報告されている 1)。米国を代表する精神科医のひとりであるアンドリアセンは、生物学的精神医学(統合失調症の脳画像研究など)以外にも病跡学を専門としており、作家における気分障害の罹患率の高さを報告している 2)。日本の作家では、宮沢賢治や開高健が双極性障害であった可能性が指摘されている。研究代表者の高橋が在籍する信州大学精神医学教室は、これまで西丸四方や庄田秀志、森島章仁といった病跡学を専門とした精神科医を数多く輩出しており、高橋も近年、宮崎駿(映画監督)や伊藤計劃(作家)を対象とした病跡学論文を発表した 3,4)。

本病跡学研究が対象とするのは、近代日本を代表する作家・北杜夫(本名:斎藤宗吉)(1927-2011 年)である。北杜夫は、純文学『夜と霧の隅で』、大河小説『楡家の人びと』、エッセイ『どくとるマンボウ航海記』などの作品で知られ、また自身が精神科医であり、かつ躁鬱病(双極Ⅰ型障害)に罹患していることを公としたことでもよく知られている。数多くのエッセイを残し、そのなかで自らの気分変動の病状を綴っており、作品自体から、多くの精神医学的情報を得ることができる稀有な作家である。信州大学のある松本市は、北杜夫が学生時代を過ごした旧制松本高校があり、『どくとるマンボウ青春期』の舞台として有名である。2015 年には、親族から信州大学附属図書館に蔵書の寄贈があり、「北杜夫文庫」が創設された。北杜夫と縁の深い信州大学において、精神科医による病跡学研究を行うことは、精神医学のみならず日本文学研究に大きなインパクトを与えると考えた。

2.研究の目的
北杜夫の作品群(小説、エッセイ)と関連資料(親族の著作物)から、精神症状の経過、病状の特徴と変遷、病前性格などを明らかにし、また創作との関連性を検討する。
本研究の遂行により、精神医学・心理学と人文学・近代日本文学をむすぶ新たな研究領域を創出することになる。また近年、精神科診断基準においては、双極性障害が気分障害から独立し、特に重視されている疾患領域であり、本疾患の理解と啓蒙という観点からも大きな成果が期待できる。

3.研究の方法
北杜夫の作品(小説、エッセイ)、関連著作物(齋藤茂吉、齋藤茂太、齋藤由佳等の著作、北杜夫論評書籍等)を通読・概観し、作品年表とともに、病状変動、躁鬱病に関連したエピソードを図表として整理していく。生育史、病前性格、精神症状と作風との関連、創作時の精神状態、家族史、同時代作家との交流と影響、青年期・中年期・老年期の病状の変遷、治療状況、病状に対するコーピング、環境要因(家庭・親族・同年代作家)などを調べた。

4.研究成果
①第一報論文
高橋 徹、松下正明:作家・北杜夫と躁うつ病 ― 双極性障害の診断 ―.病跡学雑誌 95: 58-74,2018
〈抄録〉作家・北杜夫(1927-2011 年)(本名:斎藤宗吉)は、『どくとるマンボウ航海記』『楡家の人々』『輝ける碧き空の下で』などの作品で知られ、また自身が精神科医であり、かつ躁うつ病に罹患していたことを公にしたことでも有名である。北杜夫を病跡学研究の対象とするにあたり、序論である本稿では、双極性障害と診断することの妥当性を検討した。エッセイ等の資料から躁病エピソードと抑うつエピソードを概観し、DSM-5 の診断基準と照らし合わせた。その結果、「双極Ⅰ型障害」と診断した。また特に、初回の躁病エピソードといわれている 39 歳時から 5 年間の気分変動に着目したところ、「急速交代型」「混合状態」の特徴を有した時期があったものと考えられた。

第一報では、次項の概観図(図 1、図 2)を論文内に掲載した。本図により、北杜夫における躁状態の大まかな病状変動(図 1)、混合状態と急速交代型の特徴(図 2)を図示した。

②第二報論文
高橋 徹、松下正明:作家・北杜夫と躁うつ病 ― 顕在発症前エピソードと『どくとるマンボウ航海記』―.信州大学附属図書館研究 8:57-87 ,2019
〈要旨〉作家・北杜夫(1927-2011 年)の双極性障害は、39 歳時の躁病エピソードが初発とされているが、それ以前の時期にも、気分変動が存在していた可能性がある。本論では、この顕在発症前の時期に焦点をあて、その精神状態と創作との関連性を考察した。辻邦生との往復書簡集を主な資料として、『どくとるマンボウ航海記』執筆前後の 1959-1960 年(32-33 歳)頃の精神状態を推察した。この時期には既に、躁状態やうつ状態もしくは混合状態を呈していた可能性が高く、これらの精神状態が初期作品の創作に大きく関与しているものと考えられた。特に意欲・活動性のベクトルが上昇に転じる「うつ病相(うつ状態)の後期」が、執筆活動には適した時期であった可能性を指摘した。また同作品が、それまでの文壇にはなかった独自性と新規性を有していることにも言及した。

第二報においては、以下の図表を作成した。図 3 は躁状態とうつ状態の模式図である。表 1 では 1959-60 年の北杜夫の精神状態を概観した。第一報と同様、図示することで、視覚的に理解しやすいように工夫した。

この論文で使われている画像

参考文献

1) 高橋正雄:夏目漱石の原・天才論『漱石全集第 21 巻・ノート』の「Genius」.病跡学雑誌 82:87-90,2011.

2) アンドリアセン・NC:天才の脳科学―創造性はいかに創られるか.青土社,2007.

3) 高橋徹, 松下正明:宮崎駿にみる身体感覚-体感体験と創造性-.病跡学雑誌 82:75-86,2011.

4) 高橋徹, 松下正明:作家「伊藤計劃」―病と創作―.病跡学雑誌 89:65-80,2015.

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