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大学・研究所にある論文を検索できる 「新たな自動灌流細胞培養手法の確立に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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新たな自動灌流細胞培養手法の確立に関する研究

安田, 玲子 神戸大学

2020.03.25

概要

ハリー・イーグルによる合成培地の開発により1959 年以来細胞培養技術は大きく進歩し,生体外で安定して細胞を培養することが可能になった.通常,細胞は培養容器に入れられ,一定期間ごとに人の手によって古い培地の除去と新たな培地の供給が行われており,細胞培養はアナログな手動による培地交換が暗黙知に行われている.しかしながら,同手法では作業者間や実験間で培養条件に相違が生じ,安定した培養や評価を行うことは難しい.また,培地交換の度に培養容器をインキュベーターから取り出す必要があるため,培地の温度やpH などが定期的に変化することに加え,断続的に古い培地の除去と新たな培地の供給がなされることによる栄養条件の急激な変動をも引き起こしてしまう.これらの課題を解決する手段として,本論文では灌流培養法に着目している.灌流培養法は培地を一定の速度で連続的に供給しながら同量の培地を排出する培養手法で,培地の急激な状態変化をなくすことが可能なことから,細胞への不必要な刺激を低減させる可能性を有している.しかしながら,一般的な灌流培養では培養領域の狭いマイクロ流体デバイスが用いられることから,多くの細胞を扱う実験への適応は難しい.そのため,細胞への不必要な刺激を低減させる可能性があるにもかかわらず,灌流培養は普及していない.一方,培養手技の安定化や細胞の品質の均質化にはロボットによる自動培養システムが有用であるが,機器が高額であるため限定的な利用に留まっている.加えて,長期間の培養が必要な再生医療分野や創薬分野においては,作業者の人件費も課題となっている.そこで本論文では,一般的な培養容器を利用可能かつ一般的なインキュベーター内に収容可能な,小型の自動灌流培養装置を開発することで,これらの課題の解決を目指している.開発した自動灌流培養装置の有用性については,株化細胞における細胞ストレスや mRNA 発現変動を通常の培養法と比較することに加えて,細胞の長期培養の成績から評価している.

第Ⅰ章では,市販の 35 mm 培養皿内の流速をすべて均一にすることを可能にする灌流培 養装置を開発し,装置の機能検証を行っている.その結果,培養皿内を密閉にするアダプ タを用いることでチューブポンプのロット差による流量誤差や表面張力の影響を受けない,送液の安定した閉鎖系の灌流培養装置を開発することに成功している.また,抑え治具を アダプタの中央に装着することで,培養皿内の密閉培養空間において圧力の影響を受ける ことなく培地量を一定に保つことにも成功している.さらに,アダプタに溝構造を設ける ことによって流体力学的に密閉培養空間の液体の流れを制御し,溝構造のないアダプタと 比較してより均一に培養皿内に培地を送液することにも成功している.これらの研究成果 の一部は,Applied Science 誌において既に公表している.

第Ⅱ章では,Ⅰ章で開発した本灌流培養装置を用いて,培養手法の違いが細胞に影響を与えるのか否かについて調べるため,一般的な株化細胞である 293T 細胞を実際に培養し,既知の細胞ストレスマーカーである DDIT3 を指標に評価している.さらに,知見の少ないこれらの関係について包括的な評価を行うため,次世代シーケンサーを用いた解析,主成分分析およびパスウェイ解析による網羅的な解析を行っている.その結果,灌流培養において従来の手動による培地交換と比較して細胞のストレスマーカーである DDIT3 の mRNA 発現量を約半分に抑えることに成功し,培養手法の違いによる細胞への影響が小胞体ストレスに関連していることを明らかとしている.近年では小胞体ストレスは恒常性維持機構である統合的ストレス応答の一部として知られており,小胞体ストレスによって PEAK が活性化され,eIF2α のリン酸化を促進する.リン酸化された eIF2α は転写因子である ATF4 の選択的な翻訳を促進し,DDIT3 などのストレス応答遺伝子の転写を促進する.そこで,統合的ストレス応答と培養手法の違いとの関連について,eIF2α およびリン酸化された eIF2αのタンパク質の発現をウエスタンブロッティング法により評価した結果,本実験条件では培養手法の違いによる eIF2αのリン酸化に違いはみられなかった.次に,灌流培養装置を用いた灌流培養が従来の手動による培地交換と比較してDDIT3 の発現量を低減させたことから,DDIT3 の発現を制御する ATF4 と培養手法の違いとの関連について解析した.NGS解析から eIF2αの下流の転写因子である ATF4 の発現量を調べた結果,灌流培養条件,手動による培地交換,培地交換無しの順に発現が高くなった.このことから,培養手法の違いが ATF4-DDIT3 経路を介してストレスを低減させることが明らかとなった.本実験では培養手法の違いによる eIF2αのリン酸化に違いはみられなかったが,灌流培養条件において ATF4 および DDIT3 の発現がともに低減したことから,統合的ストレス応答が関与していると考えられる.しかしながら,灌流培養による DDIT3 の低減が既知の統合的ストレス応答によるものではなく,ATF4 を介する新たな経路によるものであるという可能性も否定できない.これらの研究成果の一部については現在 Applied Science 誌において既に公表している.

第Ⅲ章では,再生医療分野および創薬分野における本灌流培養装置の有用性を評価するため,それぞれの分野におけるモデル細胞である RPE 細胞および HepaRG 細胞の長期培養を行うことで本灌流培養装置の稼働評価を行っている.さらに培養手法の違いによる細胞への影響を調べるため,各条件における細胞の分化・成熟レベルをそれぞれ評価している.その結果,HepaRG 細胞およびRPE 細胞ともに,灌流培養を行った細胞において従来の手動による培地交換と比較して分化・成熟が促進されていることが明らかとなり,さらに,分化や成熟促進の影響は培養期間が長期化するほど顕著となることもわかっている.また,42 日にも及ぶ灌流培養中,液漏れやコンタミネーションなどの装置による実験上の問題は生じていないことから,本培養装置は長期培養に適した装置であるといえる.これらの結果により,本論文で開発された自動灌流培養装置は長期間の培養に適しており,再生医療分野における自動培養装置として有用であることを示唆している.これらの研究成果については現在投稿準備中であり,知財化による公知化制限が解け次第投稿する予定である.

以上より,本論文では市販の 35 mm 培養皿に適合した均一流れを可能にする灌流培養装 置の開発に成功している.さらに,本培養装置を用いた灌流培養では従来ノウハウや経験 則に基づいて行われてきた手動による培地交換と比較して細胞のストレスを低減させるこ とに成功しただけでなく,細胞の分化や成熟をも促進させることも明らかとしている.細 胞の長期培養においても本論文で開発された自動灌流培養装置が有用であることが示され たことから,再生医療分野や創薬分野においても本装置の応用が期待できる.市販の培養 容器に適合した自動灌流培養装置の開発により,研究が進んでいなかった培養手法の違い が細胞に与える影響について定量的な評価を行うことが可能となった.その結果,培養手 法の違いが分子レベルでは細胞に大きな影響を与えていることが明らかとなったことから,基本的な技術でありながら実用化されなかった自動灌流細胞培養手法についての科学的な 議論に一石を投じている.また,灌流培養が手動による培地交換と比較して細胞に良い影 響を与えていることも明らかになったことから,新たな細胞培養手法の確立に向けて重要 な知見を得たものとして価値ある集積である.

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