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大学・研究所にある論文を検索できる 「孤発性筋萎縮性側索硬化症患者剖検脳における神経細胞核特異的DNAメチル化の検討に基づく新規分子病態の探索」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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孤発性筋萎縮性側索硬化症患者剖検脳における神経細胞核特異的DNAメチル化の検討に基づく新規分子病態の探索

濱田, 健介 東京大学 DOI:10.15083/0002004996

2022.06.22

概要

背景筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis: ALS)は脳および脊髄に存在する上位および下位運動ニューロンが選択的かつ進行性に変性・脱落する難治性の神経変性疾患である。現時点で有効な治療法は確立されておらず、根本的な治療法の確立にむけてALSの病態生理の解明が急務となっている。

ALS研究の歴史を振り返ると、1869年にフランスで最初に報告されて以降、現在までに臨床研究から病理学的研究、そして分子生物学・分子遺伝学的研究と種々のアプローチが用いられてきた。特に1990年代以降の分子遺伝学の進歩に伴い、現在までに多数の関連遺伝子が報告されている。RNA代謝異常、グルタミン酸濃度上昇、酸化ストレスをはじめとして様々な運動ニューロン変性を引き起こす仮説が提案されているが、病態の根本はなお不明な部分が多く、ALSの病態生理の大部分は現時点では未解明であると言わざるを得ない。特にALSの大多数を占める孤発性ALSの病態解明には高い壁が立ちはだかっているのが現状である。

そこで、本研究では遺伝子の塩基配列異常に依らない発現調節のメカニズムとしてDNAメチル化に着目した。DNAメチル化は哺乳類のゲノムではシトシン残基とグアニン残基の連続した配列(CpG配列)のシトシン残基中のピリミジン環5位の炭素がメチル化されることで起こる。CpG配列の豊富な部位をCpGアイランドと呼び、特に遺伝子のプロモータ領域に存在するCpGアイランドの近接した複数のCpG配列がメチル化されると遺伝子発現が強く抑制される。DNAメチル化は様々な外的要因により影響を受けることが知られており、反応は速やかで分から時間単位でメチル化変化が起こる。このことから、様々な外的要因に対応して塩基配列を変更することなく柔軟に遺伝子発現を制御するシステムを形作っていると考えられる。

神経変性疾患におけるDNAメチル化異常を探索する試みはALSにおいても行われており、2000年代に入ると次々と報告されている。ALSを対象としたゲノム網羅的DNAメチル化解析は2009年に前頭葉(背外側前頭前野)皮質をサンプルとした報告が最初である。2012年には脊髄をサンプルとした報告があり、いずれも複数の遺伝子でメチル化変化を認めている。近年、片方がALSを発症した一卵性双生児および三つ子のペアの末梢血を対象としたDNAメチル化解析が報告され、同一のDNA配列をもつペアの比較により新たに2遺伝子でメチル化変化を認めたと報告されている。

これらの研究の問題点としては、同一個体であってもメチル化変化は組織ごとに異なるため、末梢血では神経細胞に起こったメチル化変化が捉えきれないという点がまず挙げられる。また、神経組織を用いても神経細胞と非神経細胞では複数の遺伝子でメチル化が異なるため、神経細胞と非神経細胞をまとめて扱うと、神経細胞に特異的に起こっているメチル化変化を捉えきれない可能性がある。さらに、大脳皮質をサンプルとした場合にALSでは変性を起こす領域の選択性が強いため、解析に用いた部位によってはALSによる変化を十分に捉えられない可能性があるという問題点もある。

これらの問題点を解決すべく、本研究では中心前回の大脳皮質をサンプルとして、さらに運動ニューロンに特異的な変化を検出するためにflowcytometryを用いて神経細胞核を分離する手法を用い、分離した神経細胞核からDNAを抽出することで得た神経細胞核特異的DNAに対してマイクロアレイを用いたゲノム網羅的メチル化解析を行うこととした。そして、塩基配列異常によらない遺伝子発現異常を運動ニューロンに限定して検出し、ALSの新規の分子病態を解明することを目的とした。

方法
本研究では東京大学医学部神経内科学教室において凍結保存されている剖検半脳から孤発性筋萎縮性側索硬化症患者12人(男性7人、女性5人)、正常コントロール12人(男性8人、女性4人)に由来する検体を用いた。

運動ニューロンが選択的に障害されるというALSの特性から、一次運動ニューロンの細胞体が存在する中心前回を用いて解析する必要があるため、凍結脳から肉眼的に中心前回を同定し切り出した。組織学的な裏付けを行うため、切り出したうちの一部をさらに切り出し、リン酸化TDP-43およびSMI32による免疫染色を行った。

そして、凍結脳の一部を細切したのちに懸濁し、死細胞のDNA鎖と特異的に結合する7-Amino-Actinomycin DおよびNeuNをマーカーとして、セルソーターを用いて神経細胞核を分離した。分離した神経細胞核からフェノール・クロロホルム法を用いてDNAを抽出した。十分量のDNAが得られたことを確認し、得られたDNAにbisulfite処理を行った後に反応液を調製しマイクロアレイ(Infinium® Human Methylation 450 Bead Chip)と反応させた。その後スキャナで読み取り数値データに変換した。

得られた数値データは統計解析環境Rを用いて読み込み、メチル化の指標となるβ値を求めることで、各プローブにおけるDNAメチル化を数値化した。その後データのquality checkを行い、β値の分布を確認した。

次に、データの正規化を行った。その際に、解析に用いたRのパッケージに実装された4種類の正規化ルーチンの各々で正規化を行った。その後、サンプルを2枚のチップに分けてスキャンしたことによるbatch effectの補正をそれぞれ行い、正規化ルーチンの比較を行った。

この得られたβ値をもとにして有意なDNAメチル化変化プローブ(Differentially Methylated Probes: DMP)およびDNAメチル化変化領域(Differentially Methylated Regions: DMR)の検出を試みた。

また、ゲノム全体での平均β値の差およびp値の分布を確認するため、全プローブのALS群とNC群の平均β値の差およびp値によるManhattan plotを作成した。さらに、有意なDMRを含む遺伝子における領域内の各プローブにおけるβ値の相関を確認するため各プローブとβ値のcorrelation plotを作成した。

そして、DMRのデータから得られた領域群をもとにしてGene ontology解析およびPathway解析を行った。最後に、臨床情報に基づきALS群をbulbar群とlimb群に細分化し、それぞれNC群と比較してDMPおよびDMR検出を試みた。

結果
データのquality checkを行ったところ、ALS群1例とNC群1例はIntensity分布が他サンプルと比較して特に異常であったため、以降の解析から除外しALSおよびNC群各11例で検討を行うこととした。

batch effect補正後にプローブ単位で各正規化ルーチン間の相関を確認したところ、いずれも強い正の相関を示した。このため、どの正規化ルーチンも本質的には大きな差がないと考え、以後の解析には過去に多くの研究で用いられているBetamixturequantiledilationにより補正したβ値を用いることとした。リン酸化TDP-43免疫染色の結果、ALS群において神経細胞において細胞質や突起に染色性が認められ、核内に封入体様の構造物が見られたのに対して、NC群では同様の構造物は認められなかった。また、SMI32免疫染色ではALS群およびNC群いずれのサンプルで陽性に染色される神経細胞が認められ、ALS群とNC群で明らかな分布の差は認めなかった。

ゲノム網羅的DNAメチル化解析の結果、有意なDMPは検出されなかったが、有意なDMRは22領域で検出された。いずれのDMRも過去にALSとの関連を報告された遺伝子上には存在しなかった。ゲノム全体を通して、明らかな染色体ごとのメチル化の偏りは見られず比較的一様な分布を示した。また、いずれのDMRにおいても各プローブでよい相関が見られた。

Gene ontology解析では、biological process(BP)で有意なtermは認めなかったが、cellular component(CC)では2個のterm、molecular function(MF)では4個のtermが有意となった。CCではtrans-golgi networkに関連したものであり、MFでは1個がメバロン酸経路に、2個がミトコンドリアにおける脂肪酸代謝に関連していた。Pathway解析では、PANTHER、BioCyC、MBioDBの3個のデータベースを用いて検索したところ、BioCyCのみで3個のpathwayが有意となった。これらのpathwayはミトコンドリアにおける脂肪酸・アミノ酸代謝に関連していた。

臨床情報に基づく細分化では、いずれも有意なDMPは検出されず、bulbar群で19箇所、limb群で17箇所に有意なDMRを検出した。このうち、bulbar群のみで検出されたDMRは9箇所あった一方でlimb群のみは4箇所であった。

考察
免疫組織化学による検討の結果、ALS群の神経細胞の核や細胞質に異常なリン酸化TDP-43の分布が認められ、ALS群とNC群の病理学的裏付けが得られたとともに、SMI32陽性細胞の存在から切片中の運動ニューロンの存在が組織学的に裏付けられた。今回の解析では有意なDMPが検出できなかったが、分裂しない神経細胞では癌細胞などとは異なりALS群とNC群との差が小さく、今回のサンプル数では十分な検出力が得られなかった可能性が考えられる。有意なDMRは過去にALSとの関連を報告されていない遺伝子上に検出された。したがって、今回検出された変化は従来知られていなかった孤発性ALSの新たな病態を示唆している可能性が考えられる。臨床情報による細分化ではbulbar群でDMRにlimb群とは異なった傾向が見られたが、これは臨床像を反映している可能性が考えられる。

ゲノム全体ではメチル化の偏りは見られず、メチル化変化がゲノム全体で同時多発的に種々の外的刺激に反応して起こっていたと考えられる。また、DMR内の各プローブのメチル化はよい相関を示し、領域単位でのメチル化変化が示唆された。Gene ontology解析およびPathway解析の結果からは有意なメチル化変化が見られた遺伝子群とメバロン酸経路異常、ミトコンドリアにおける脂肪酸代謝やアミノ酸代謝異常との関連および細胞内のタンパク質輸送異常の可能性が示唆され、これらは過去にALSとの関連が報告されているものであった。

一次性か二次性かは判別できないが、様々な要因でDNAメチル化変化が起こり、その結果として発現異常を介して運動ニューロン変性につながっている可能性が考えられた。本研究で検出された有意なメチル化変化領域からは上位運動ニューロンにおけるDNAメチル化異常を介した新たな分子病態が示唆された。特に、メバロン酸経路、ミトコンドリアにおける脂肪酸およびアミノ酸代謝異常、細胞内におけるタンパク質輸送障害がDNAメチル化異常による発現調節異常を原因として起こり、孤発性ALSの病態に強く関わっている可能性が考えられた。

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