Clinical Significance of Tumour CD44v and MIST1 Expression in Patients With Non-small-cell Lung Cancer
概要
1.序論
近年,その存在が明らかになった癌幹細胞の研究は急速に進み,現在,癌幹細胞は癌の転移や再発に関与していると報告されている(Clarke et al., 2006).肺癌根治手術後の治療成績に関して,進行がんに対しては補助化学療法が施行されているが,いまだ不十分であり(Osarogiagbon et al., 2020),バイオマーカーに基づく個別化治療による治療成績の改善が期待されている.今回,我々は,バイオマーカーの一つとして癌幹細胞マーカーに着目した.癌幹細胞マーカーは,これまでに数多くの報告があるが,その中で今回我々は,肺癌術後の術後成績との関係が複数報告されているCluster of differentiation 44 variant (CD44v),細胞の分化との関連があり成人肺組織でも発現が認められているMuscle intestine and stomach expression 1 (MIST1),肺腺癌の術後成績との報告があるLeucine-rich repeat containing G-protein-coupled receptor 5 (LGR5),およびLGR5とともに細胞の分化増殖と関連し肺がん組織での高発現が報告されているFrizzled7(FZD7)の4つのマーカーに着目し,肺癌手術後症例のがん組織におけるこれら癌幹細胞マーカー発現の臨床的意義を検討した.
2.方法
神奈川県立がんセンターで2011年8月から2015年10月までに非小細胞肺がんに対し,根治的手術が施行された360症例を対象とした.これらの症例の組織マイクロアレイを作成し,免疫組織化学分析を用いて各癌幹細胞マーカーの発現を評価した.次に各マーカーの発現と臨床病理学的因子および根治切除後の再発率・生存率との関係について検討した.
3.結果
各癌幹細胞マーカーの高発現は,CD44v:15.2%,MIST1:23.9%LGR5:67.7%,FZD7:55.5%に認められた.
臨床病理学的因子との関係について,CD44vの高発現は,性別(男性),喫煙習慣(喫煙者),組織型(扁平上皮癌),病理学的T因子(T2・3),血管および胸膜の浸潤(有り)に有意に関係していた.MIST1の高発現は,血清癌胎児性抗原レベル(低値),病理病期(I期),および病理学的N因子(0)と有意に関係していた.LGR5の高発現は,血管浸潤(有り)と有意に関係していた.FZD7発現レベルと臨床病理学的因子との間には有意な関係は認められなかった.
根治切除後の生存率との関係については,CD44vの高発現は全生存,無再発生存ともに低く(p<0.001),MIST1の低発現は全生存が有意に良好であった(p<0.05).CD44vは,多変量解析においても独立した根治切除後の全生存・無再発生存の不良因子であった(p<0.05).一方,LGR5,FZD7の発現と根治切除後の全生存,無再発生存に,有意な関係は認めなかった.
4.考察
これまでにCD44vの高発現が非小細胞肺癌の術後生存期間の不良因子であるとの報告がいくつかなされているが(Sunetal.,2013),その一方で,発現による有意な差を認めないとの報告や,反対にCD44vの高発現は良好な術後生存期間と関係するとの報告もごく少数ながら存在し(Situetal.,2010),非小細胞癌組織におけるCD44v発現の術後生存への関与については双方の報告があった.結果に不一致が見られた理由としては,研究対象となった症例数,症例群の組織型の比率,腫瘍の病期,抗体の種類,免疫染色で高発現又は陽性と判断するためのカットオフ基準,人種など,いくつかの異なる条件の下で研究が行われたことが推測される.
CD44vと非小細胞肺癌の関連性に関して2つのメタアナリシスによる報告があり,CD44vの高発現が術後生存についての不良因子であると報告された(Zhao et al., 2014; Jiang et al., 2014).しかし,これらのメタアナリシスに含まれた各研究の患者数は,我々の研究よりも少なく,複数の患者背景や研究方法が異なっていた.本研究は,統一された条件下でCD44vの発現と生存の関連性について施行された研究としては,これまでで最大の症例数による報告である.
また,本研究は,MIST1と非小細胞肺癌の関連を報告した初めての研究である.われわれは,MIST1の高発現は,術後全生存が有意に良好であり,低CEAレベル,病理病期I期,pN0カテゴリーなど,予後良好の予測因子と相関していることを示した.癌種は異なるが,Li et al., (2018)は膵癌組織におけるMIST1mRNA発現レベルは,正常膵組織と比較して低下していることや,免疫染色でもMIST1の発現が低下していることを報告している.さらに,MIST1の発現は,Snail/E-カドヘリン経路を介して,膵癌細胞の上皮間葉移行を阻害し,腫瘍形成能を低下させることを報告している.
結論として,腫瘍組織内のCD44v発現レベルは,非小細胞肺癌に対し根治的に切除された症例において有用な臨床予後マーカーである可能性が示唆された.