腹部大動脈瘤におけるHelicobacter cinaediの存在証明の研究
概要
I研究背景と目的
腹部大動脈瘤(Abdominal Aortic Aneurysm: AAA)は無症候性に拡大し、破裂した場合の死亡率は非常に高い。現時点では開腹手術とステントグラフト内挿術による手術が唯一の治療法であり、内科的な治療法が確立できれば患者にとって非常に大きな福音となる。AAAの発症・拡大進展の機序は明らかになっていないが、マクロファージから分泌されるタンパク分解酵素と細菌との関連性は有力な説の一つとして注目されている。最近になり、心血管系・脳神経系・骨軟部組織感染の起因菌としてHelicobacter cinaedi(H. cinaedi)による感染が重要な一つとして報告された。また、H. cinaediは動脈硬化や感染瘤の起因菌の一つであるという報告や、本菌の無症候性キャリアの存在の報告がある。これらの先行研究を踏まえ、本研究では、動脈瘤形成の機序に関わる可能性のある因子として、動脈瘤壁における本菌の存在証明を試みた。具体的には、非感染性のAAA患者を対象に遺伝子学的手法を用いてH. cinaediの存在の有無を調べることとした。
II 方法と結果
2019年6月から2020年6月の期間に非感染性のAAAと診断され、開腹手術を施行した39人の患者を対象とした。感染・破裂・炎症性のAAA患者は除外した。
手術時に採取した動脈壁からDNAを抽出しnested PCRにて解析を行った。PCRのターゲットはH. cinaediで特異的な配列を持つcytolethal distending toxin subunit B(cdtB)遺伝子とし、この配列に特異的なプライマーを設定しnested PCRを行った。
39人中9人(23.1%)の患者で大動脈瘤壁においてH. cinaediのPCR産物が検出された。また、PCRが陽性となった9人のうち、瘤化していない腸骨動脈も同時に採取できた患者は6人いたが、これらの腸骨動脈壁でのH. cinaediのPCR産物は全例で検出されなかった。さらにまた、大動脈瘤壁のPCRが陰性であった30人のうち腸骨動脈が採取できたのは14人いたが、これらのPCRも陰性であった。これらの結果と患者の背景因子(喫煙歴、既往歴・瘤型と瘤径、内服歴等)を比較検討したところ虫垂切除歴のある患者で有意に高頻度にH. cinaediのDNAが検出された(P=0.012, 単変量解析)。
III 結論
本研究ではH. cinaediのDNAが非感染性の動脈瘤壁に存在することを遺伝子学的手法により初めて明らかにした。本研究結果は、動脈瘤形成の機序の一つとしてH. cinaedi感染の可能性を強く示唆するものであり、今後の研究の発展につながることが期待される。