Exposures associated with the onset of Kawasaki disease in infancy from the Japan Environment and Children’s Study
概要
1. 序論
川崎病は,1967 年に川崎富作博士が初めて報告した乳幼児に好発する全身性の血管炎である(川崎,1967).発症は乳児に最も多く,日本を含む東アジア人に多い.我が国では出生数の減少にも関わらず,新規発症患者数は増加し続けている(日本川崎病研究センター, 2019).診断は,発熱,眼球結膜充血,口唇紅潮・イチゴ舌,発疹・BCG 接種痕の紅潮,四肢末端の変化,非化膿性頸部リンパ節腫脹の 6 つの主要症状をもとに行う.本症は,冠動脈瘤等の心血管後遺症の合併が大きな問題となる.急性期治療は,免疫グロブリン大量静注療法が第一選択である.発症から 10 病日以降も発熱が持続する場合は,冠動脈瘤合併の危険性が高まるため,早期診断と早期治療介入が重要である.
川崎病の真の病因は,未だ特定されていない.しかし,発症には,免疫の未熟性,遺伝的疾患感受性,未知の環境因子などが関与すると推定されている.複数の疾患感受性遺伝子が同定され,環境因子として感染症や感染以外の因子(両親の既往歴,社会背景因子など)が報告されてきた.しかしながら,胎児期の曝露と川崎病の発症との関連を検討した研究は,ほぼ皆無である.川崎病は後天的疾患であるが,乳児期発症が多いことから,胎児期の曝露因子について前向きに探索することは,学術的に重要な意味を持つ.
日本の大規模出生コホートである,“子どもの健康と環境に関する全国調査”(以下,エコチル調査)は,約 10 万人の子どもを前方視的に追跡し,胎児期から幼児期にかけての曝露を前向きに評価している(Kawamoto et al., 2014; Michikawa et al., 2018).私たちは,エコチル調査のデータを用いて,胎児期および周産期の曝露因子と 1 歳までの川崎病発症との因果関係について探索的に検討することを目的として本研究を実施した.
2. 対象と方法
対象はエコチル調査の参加者である.自己記入式の質問票に記入された,既往歴,周産期歴,生活習慣,環境曝露,社会経済的地位など様々な胎児期および周産期の項目の中から,川崎病の発症に関連しうる 41 項目の曝露因子を抽出した.川崎病に関する臨床データは,発症者の担当医より情報を得た.生後 12 か月までの川崎病発症を主要アウトカムとし,単変量および多変量ロジスティック回帰分析を用いて,各曝露因子と川崎病発症との因果関係を探索した.
3. 結果
90,486 人が対象となり,胎児期から生後 12 か月まで追跡調査を行った.343 名(0.38%)が 1 歳までに川崎病を発症した.単変量解析の結果,以下の 4 つの変数が、川崎病の発症に関連した統計学的に有意な変数として抽出された.父親のアレルギー疾患の既往(オッズ比[OR] 1.51,95%CI 1.09-2.09),母親の妊娠中の甲状腺疾患の合併(OR 1.97, 95%CI 1.01-3.83),妊娠中期から後期の母親の葉酸サプリメント摂取,出生した児の同胞の存在(OR 1.39, 95%CI 1.11-1.74)である.
これらの 4 つの変数から、約 50%が欠測値であった父親のアレルギー疾患の既往歴を除き、さらに川崎病が男児に好発するため性別(男児)の変数を加え,全 4 変数について多変量解析を行った.その結果,妊娠中期から後期の母親の葉酸サプリメントの摂取不足(OR 1.37,95%CI 1.08-1.74),妊娠中の母親の甲状腺疾患の合併(OR 2.03, 95%CI 1.04-3.94),児の同胞の存在(OR 1.33, 95%CI 1.06-1.67)が,川崎病の発症とそれぞれ有意な関連を認めた.
4. 考察
本研究より,1 歳までの川崎病発症に,妊娠中期から後期の母親の葉酸サプリメントの摂取不足,妊娠中の母親の甲状腺疾患の合併,児の同胞の存在の 3 つの因子が関連する可能性が示された.
一つ目の因子である,“妊娠中期から後期の葉酸サプリメントの摂取不足”は,同時期の適切な葉酸摂取が川崎病の発症を減らす可能性を示している.葉酸は,核酸やアミノ酸の生合成,DNA のメチル化などに重要な役割を果たしている.妊娠中の葉酸摂取は神経管閉鎖障害などの先天性疾患のリスクを低減させるため,強く推奨されている(Viswanathan et al., 2017).新生児の臍帯血の葉酸濃度は,母親の血中濃度と正の相関を示し,子宮内での葉酸曝露は胎児および出生直後の児にも影響する.葉酸は,臍帯血中の免疫細胞の DNA のメチル化への影響(Amarasekera et al, 2014)や,活性化マクロファージの炎症性サ
イトカイン遺伝子の発現を抑制する可能性(Samblas et al., 2018) が示されている.したがって、子宮内での葉酸曝露は,児の免疫機能の発達に影響を与え,川崎病の発症リスクを低減させるのかもしれない.本研究では,葉酸の摂取量との因果関係は検討できておらず,真の関連性の証明には,さらなる研究が必要である.
二つ目の因子として,“妊娠中の母親の甲状腺疾患の合併”が川崎病発症のリスクを高める可能性が示された.既報でも母親の自己免疫性疾患がリスク因子であるという報告がある(Belkaibech et al., 2020).また,自己免疫性甲状腺炎を合併した母から出生した児の臍帯血においては,炎症性サイトカインとリンパ球サブセットの変化が報告されている(Svenson et al., 2006).胎児期の免疫学的変化が,川崎病発症にも影響を与えるの可能性がある.ただし,既報も本研究でも,甲状腺疾患を合併していた母親は極めて少なく,結果の解釈は慎重であるべきである.
三つ目の因子である“児の同胞の存在”については,同胞を介して感染症に曝露される機会が増加し,その結果,川崎病の発症リスクが増加する可能性が考えられる.これまで,様々な感染症が川崎病の発症の契機となることが報告されている.しかしながら、本調査では感染症の詳細な情報は得られておらず、直接的な因果関係の証明は困難である。
本研究により,3 つの曝露因子が乳児期の川崎病の発症に関連する独立したリスク因子であることが示されたが,因果関係を検証には,さらなる研究が必要である.今後,私たちは,母親の葉酸サプリメント摂取に着目し,妊娠中の母親の血液検体を用いて川崎病発症との関連について新たな解析を進めている.さらに,1 歳以降の川崎病の発症者にも注目し,ほぼ全ての川崎病患者が発症する 5 歳まで観察期間を拡大し,本研究で示された 3 因子に,出生後の曝露因子も加えて,発症のリスク因子の解析を継続する予定である.