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The Effect of Inertia on Brand-name vs. Generic Drug Choice

伊藤, 佑樹 東京大学 DOI:10.15083/0002002370

2021.10.13

概要

【研究の背景・目的】医療費の増大が問題となるなか、後発医薬品の使用拡大は喫緊の課題となっている。しかしながら、日本をはじめ、多くの先進国での後発医薬品の拡大はその価格での優位性と比して十分ではない。多くの保険者・政府は価格を規制する形で課題の解決を図ってきた(Carone, Schwierz, & Xavier, 2012)。しかし、価格規制の効果は限定的とされている(R. G. Frank & Salkever, 1992)。そのため、価格規制にかわる、あるいは追加的に後発医薬品の使用を促進できる施策が求められている。
 近年、価格規制や補助金によらず、非合理的な個人の行動を是正、あるいは非合理性に応じた選択の枠組みを与えることで行動変容を促す「ナッジ」と呼ばれる施策の重要性がうたわれ(Thaler & Sunstein, 2008)、「ナッジ」は公共政策上でも重要な役割を果たすと考えられている(Chetty, 2015)。また、行動変容を促す施策は、大きな価格変更と同様の効果を持ちうることが既存の研究で示されている(Allcott, 2011; Bertrand, Karlan, Mullainathan, Shafir, & Zinman, 2010)。
 本研究では、患者の非合理的な選択を説明づけるものとして、Inertia(慣性)と呼ばれる個人の傾向に着目した。個人は、繰り返し選択を行う場合において、以前の選択と同じ選択を行う傾向にあり、この傾向は個人の選択肢に対する選好とは別に存在することが示されている(Dubé, Hitsch, & Rossi, 2010; R.E.Frank, 1962)。この傾向はInertiaと呼ばれ、電力・医療保険・確定拠出年金のプラン選択などにおいても、存在することが示されている(Handel, 2013; Hortaçsu, Madanizadeh, & Puller, 2017; Madrian & Shea, 2001; Polyakova, 2016)。Inertiaは選択に対する無関心や選択肢に対するsearch costからなると考えられ、関心を喚起することや情報提供でその影響を取り除くことができると考えられ、「ナッジ」がInertiaの除去に対して効果的であると考えられる。
 本研究の目的は、患者の先発・後発医薬品の選択においてInertiaの影響があることを示し、その影響を定量化することである。また、Inertiaを取り除くような「ナッジ」施策や価格規制、後発医薬品に対して補助金を提供するような施策を行った場合のシミュレーションを実施し、いかなる施策が後発医薬品の使用拡大に対して効果的であるか検討することである。

【方法】本研究では、ある大都市圏を含む後期高齢者医療広域連合より提供された、2013年9月から2014年8月にかけての後期高齢者に関する医科・調剤レセプトデータを用いた。脂質異常症の治療薬である、ピタバスタチンの後発医薬品が2013年12月に発売されたことに着目し、発売後の患者の先発/後発医薬品間の選択を分析した。Inertiaの分析においては、その選択肢に対する個人の時間非依存的な選好とInertiaの効果とを識別、つまり別々の効果として捉えることが重要である。識別可能な状況を考えることで、Inertiaは個人の選好とは異なる、選択への無関心などといった非合理的な要素が込められたものとして捉えられる。本研究のデザインでは、後発医薬品発売前からピタバスタチンの処方を受けている患者と発売後にピタバスタチンの処方を受け始めた患者がいる点から、Inertiaの効果が識別される。同様の手法は先行研究においても、Inertiaの識別に用いられている(Handel, 2013; Polyakova, 2016)。
 本研究で用いたデータは後発医薬品発売前3ヶ月間、発売後9ヶ月間を含む。分析において、患者・処方は、患者自身が医薬品の選択を行った状況に着目するため、(1)後発医薬品発売前3ヶ月間にレセプトが観察される者、(2)自己負担割合が10%の者、(3)公費負担・高額療養費制度の利用がない者、(4)観察期間中に入院をしていない者、(5)受診した病院・利用した薬局で先発・後発医薬品の両方が処方されている者、(6)処方日数が14, 21, 28, 30, 35日のいずれかのみである者、(7)院外処方を対象とした。
 患者は価格・先発医薬品に対する評価・Inertia(前回の選択と同じ種類を選択すること)の効果の影響を受けるとの仮定の下、患者が先発/後発医薬品から得られる効用をモデル化した。各効用は上記の項目に加え、誤差項を含むものとした。誤差項はtype-1極値分布かつ独立同分布に従うと仮定した。推定上、先発医薬品に対する患者の評価については患者間で正規分布に従って分布しているという仮定を置いた。上記の分布の仮定の下では、本モデルは混合ロジットモデルと同等である。推定はmaximum simulated likelihood推定を用いて行った。
 また、上記で推定された価格・先発医薬品に対する評価・Inertiaに関するパラメータを用いて、政策を導入した場合の発売後9か月経過時点の後発医薬品のシェア・総医療費の変化をシミュレーションした。政策として、(1)後発医薬品発売後3ヶ月間、後発医薬品選択者に対して価格の50, 100%の補助金を与える、(2)後発医薬品価格を先発医薬品価格の50, 40, 30%に設定する、(3)前回先発医薬品を選んだ患者からInertiaの効果を完全に取り除く(後発医薬品の存在に関する注意喚起などを通して実行する)、という3つの政策案を検討した。

【結果】分析においては、8, 645名の患者に対する74, 365処方を分析対象とした。観察期間中のピタバスタチンの先発医薬品は後発医薬品と比べて、3-5円/日自己負担額が高い状況であった。それに対して、平均的な患者は先発医薬品が後発医薬品と比して4.7円/日の価値を持つと評価していることが示された。この価値の患者間の標準偏差は、3.0円/日であった。また、平均的な患者にとってのInertiaの効果は3.1円/日の大きさであり、先発医薬品に対する評価の60-70%の効果があることが示された。これらの効果はそれぞれ統計的に有意なものであった。
 シミュレーションの結果、後発医薬品の選択率に関して、政策を導入しない場合の発売後9か月後の選択率は45%であり、後発医薬品選択者に対して価格の100%の補助金を3ヶ月間与える施策では53%、後発医薬品価格を先発医薬品の価格の30%に設定する施策では64%、Inertiaを取り除く施策では67%となった。総医療費に関して、施策を導入しない場合との比較では、後発医薬品選択者に対して価格の100%の補助金を3ヶ月間与える施策では27%、後発医薬品価格を先発医薬品の価格の30%に設定する施策では27%、Inertiaを取り除く施策では12%の削減効果を認めた。また、消費者1人あたりのwelfare(患者にとっての効用を金銭化したもの)に関して、施策を導入しない場合との比較では、後発医薬品選択者に対して価格の100%の補助金を3ヶ月間与える施策では0.9円/日、後発医薬品価格を先発医薬品の価格の30%に設定する施策では1.1円/日、Inertiaを取り除く施策では0.1円/日の改善を認めた。

【考察】本研究の結果から、Inertiaは患者による先発・後発医薬品間の選択において存在し、先発医薬品に対する評価の効果にも匹敵する影響の大きさを持つことが示された。また、先発医薬品に対する評価の患者間分散は大きいことが示され、この分散の大きさは価格規制の限界を示唆するものである。
 シミュレーションの結果からはInertiaを取り除くような施策が後発医薬品の選択率において、後発医薬品の価格を大きく下げる施策と同等の効果を持ちうることが示された。なお、患者にとってのwelfareの観点からは価格規制の方がInertiaを取り除く施策と比べて優位である。しかし、生産者側にとっての便益を考慮する必要があること、患者の先発医薬品に対する評価を政策の効果を検討する上で必要な要素と捉えるべきかは不透明であることから、政策立案者にとって消費者のwelfareの最大化は必ずしも達成すべき目標ではないと考えられる。
 Inertiaを取り除くような施策、つまり行動変容を促す「ナッジ」と呼ばれる施策が後発医薬品の選択に与えうる効果を示したのは、本研究が初めてである。今後は、いかにInertiaを効率的に取り除くことができるかに関する究明が期待される。

【結論】本研究は、患者の先発・後発医薬品選択においてInertiaの効果が存在し、その効果は先発医薬品に対する評価の大きさと比較可能な大きさを有することを示した。また、シミュレーションを通じて、後発医薬品の選択率上昇に対しては、Inertiaを取り除く「ナッジ」が価格規制と同等の効果を有しうることを示した。本研究の結果は、後発医薬品の使用を価格規制に頼らない方法で広げるという観点から、医療政策立案上の重要な資料となると考えられる。また、日本に限らず、公的に医療が提供される国家にとって後発医薬品使用拡大は共通の課題であり、世界的な視点からも重要な結果が得られたと考えられる。

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