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大学・研究所にある論文を検索できる 「食料安全保障論の歴史的位相と我が国の食料安全保障政策の展開に関する研究」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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食料安全保障論の歴史的位相と我が国の食料安全保障政策の展開に関する研究

末松 広行 東京農業大学

2021.09.24

概要

人間にとって「食べること」は生きていく中での基本中の基本である。農業が始まり,すべての人が食べることに1日の生活を費やさなくなってきたとき,ある集団においてその集団の構成員すべての食を確保することは,その集団の重要な任務となっていった。

 現代において,この任務,すなわち食料の安全保障の任務は主として国が担うこととなっている。この任務の重要性はいかなるときにも変わることはないが,世界の食料の状況,国内の食料の状況によって,人々の食料安全保障についての重要性に関する意識は異なってくる。

 現在,わが国の農業を取り巻く環境は,複雑化してきている。こうしたなかで,わが国の農業政策のなかでも最も重要な課題が国民に対する食料の安定供給であるのは当然であり,その政策的な課題として,国民の食と生命の保全のための食料安全保障論が重要な課題となる。

 本研究においては,筆者が農業政策の部署において食料問題にかかわる政策的担当を長年にわたって行ってきたことも踏まえ,食料安全保障についてのこれまでの考え方を整理するとともに,その今日的意義と様々な農業政策が食料安全保障の考え方とどう合致しているのか,今後どういう課題があるのか等について考察した。

 食料安全保障については,日本の国民がキチンと食べて行けるようにするための方策であり,基本的には,①しっかりとした国内生産,②安定的な輸入,③いざというときのための備蓄について十全な政策をとることをいう。

 研究に当たっては,背景にある農業政策と食料安全保障論を,第1にその食料安全保障論が登場した歴史的背景を19世紀半ばのイギリスの穀物法撤廃にまで遡り,そこでの国際分業論とその後登場する国民経済の枠組みの中で重要となる食料安全保障論の歴史的経緯について分析を行い,わが国の食料安全保障論の歴史的位相を明らかにすることを目指した。

 第2に,一国の国民経済においてはグローバル化が進んだとしても,「食料主権」の国際運動に見られるように,食料安全保障論は第1次世界大戦,第2次世界大戦という歴史的な経験知からして重要な課題となるのであり,現在の日本の農業政策においても食料自給率と食料安全保障論が依然として重要な農業政策の根幹であることを明らかにしようとした。

 第3に,以上も踏まえ,食料安全保障論はメインシステムとしての自給率向上論だけでなく,国際的な貿易の枠組みに規定される中での取り組みであるサブシステムの構築について論じることとした。

 すなわち,現在危機的な自給率の低下が叫ばれているが,自給率の向上は依然として重要な政策的課題ではあるものの,これをメインシステムとするとするならば,このメインシステムは経済のグローバル化のなかでの国際的な貿易枠組みのなかに大きく政治経済学的に規定されてTPPやEPA,RCEPなどの農業政策外からの大きな影響を受けてその向上を図ることは容易ではないことが示されている。

 本研究ではメインシステムとしての自給率向上は,食料安全保障の見地から依然,重要な政策であるという認識には変わりはないが,従来議論されてこなかったサブシステムの構築をこれとの関連で提起することが重要と考えている。

 それは,食料自給率の向上を将来的に展望するうえでは,現在の農業生産力を維持するばかりではなく,潜在的農業生産力をも合わせたかたちでの政策的補完関係が重要だと考えるからである。従来までの食料安全保障論はメインシステムの考察のみに主眼が置かれ,サブシステムの構築が十分主張されたとは言いがたい。

 本研究ではこの点にも力点をおいて考察し,将来的な自給率向上や食料安全保障を実現するために,バイオマス利活用や担い手論の育成,さらには攻めの農政による輸出産業の形成も潜在的農業生産力の維持につながり,将来の安全保障論につながる可能性を担保するものであることを主張した。この点は本論文の従来の研究にはない特徴となっている。

 具体的には,第1章において,食料安全保障論の議論についての歴史的展開を確認するために,マルサスとリカードによる経済学的論争のうち貿易自由化と農業保護に関する論争から食料安全保障論について整理した。マルサスとリカードの論争は,①工業国として国際分業を進めるべきか,それとも農業と工業を同時に発展させていくべきか,②いざというときのために穀物自給体制をつくることが必要か,③地主,資本家,労働者という3つの階級に及ぼす影響をどう考えるか,という論点であったが,論争の対象となった穀物法は,1815年には強化され,1846年に廃止された。穀物法廃止後のイギリス農業について,廃止直後には自給率の低下は起こらず,しばらくして自給率低下を経たのち増産政策により自給率向上が進んだ。これについては,政策的論点(穀物法の廃止は海外の安い小麦が入ってくるようになる)を検討する際に,技術の観点(単収の向上など)や海外農業生産国の状況についても考慮することが必要であることを明らかにするとともに,マルサスの論じた内容が現在の日本の食料安全保障問題を論じるに当たっても非常に重要な意味を持つことを指摘した。次いで第2章において,我が国の食料安全保障論について,その成立と発展についてのこれまでの学説を概括しながら,特に国際関係の変化が政策に与える影響に着目し,国際関係の変化が国民及び政策当局にどう受け止められるかによって,それに対応しようとして講じられる政策が影響を受け,具体的な食料安全保障論の内容を規定しているのではないかという仮定を検証した。

 わが国で食料安全保障が正面から政策課題として論じられるようになるのは意外に遅く,1962年に制定された農業基本法においては,食料安全保障を正面から論じた条文はないことを指摘し,食料安全保障論が議論されるようになったのはアメリカの大豆の禁輸騒動などが発生した1973年ころであり,これは世界的な食料需給の激動を背景にして関心がもたれるようになったことが影響していることを明らかにした。

 このころの政府の対応であるが,はじめて食料安全保障の重要性について提言がなされ,国内生産の確保,安定的輸入の確保,不測の事態に備える備蓄の重要性が政府の共通認識になる一方,経済界からは国境措置で農家を守ることの限界について意見が出され,生産性の向上に重点を置くべきとの提言がなされた。

 ここにおいて,貿易自由化を進めつつ国内農業の強化を図るという方針がとられるわけであるが,この結果として輸入が増えないことを実現する政策が実現可能かという課題がつきつけられることとなったことを指摘した。

 次いで,第3章において,世界の食料需給の状況の推移とそれに関して留意すべき点について俯瞰し,特に農産物貿易の工業製品貿易と異なる特徴について分析した。

 1972年にアメリカと旧ソ連の世界同時不作が発生して食料危機が騒がれたあとは,しばらく穀物生産の過剰基調が続いたが,2006年末ごろより世界の穀物需給に構造変化が生じた。2006年から2008年にかけて穀物価格は急騰したが,その原因は,需要(人口と食肉類消費の増加)と供給(単収増加,耕作面積増加についての不透明感)の関係が主であるが,同時に投機の問題もあること,食料の需給問題は,単に消費を我慢すればいいという状況だけでなく,飢餓人口の増加など深刻な影響が発生することを指摘した。

 第4章においては,食料安全保障の状況を示す指標として用いられている食料自給率という指標について,その概念といくつかの種類の食料自給率指標があることについて,その意味する内容の確認とその自給率が用いられる意義づけについて検討し,その時代の農業をとりまく状況を踏まえた政策遂行と自給率指標が関連していることを明らかにした。

 食料・農業・農村基本法が制定され,食料・農業・農村基本計画に食料自給率の目標が設定されたのは2000年からであり,カロリーベース,金額ベース等の数値が設定されたが,それは政策上の重要課題を踏まえて重点の置き方が変更されてきていることを指摘するとともに,1965年以降の数値と主な出来事を整理することにより分析し,時々の自給率の数値と上昇・下降の状況が食料安全保障論の議論にも影響を与えていることについて指摘した。また,食料自給率減少の原因として,食生活の変化と農業生産においてカロリーの高い農産物生産から単価の高い農産物生産への変化が影響していることを確認した。

 第5章では,これまでの論考を踏まえ,食料安全保障についての考え方と食料安全保障を達成する方策について従来から重視されてきた国内生産,安定輸入,備蓄という政策の推進に当たって力を置かれてきた水田の有効活用,輸入先の多角化などについての課題についてこれまでの議論を整理するとともに,その努力が今後とも重要なことを指摘した。

 さらに,第6章において,食料安全保障を充実させる観点から必要なこと,いわゆるサブシステムについての新たな政策についての食料安全保障論との関係を分析した。

 攻めの農政といわれるもののうち,重要なものは,日本の農業の弱い部分を無理に維持・増強しようとするのではなく強い部分を活用し,日本の需要を超えて大きな需要がある海外に対する輸出を推進することであり,これは食料安全保障論の観点からもいざというときの食料転換・生産転換の観点から重要なことを指摘した。

 また,担い手の育成に関しては,単に条件のいい農地における強い農業を振興するだけでは食料安全保障の実はあげられず,高齢者の活躍や中山間地農業などの重要性が増していることを指摘した。

 第7章,第8章においては,これまで単独で論じられることの多かったバイオマス利活用について食料安全保障の観点を加味して論じるとともに,日本の農山漁村の課題と食料安全保障の関係という観点から,農山漁村における水政策と食料安全保障,農山漁村におけるソーシャルキャピタルと食料安全保障,スマート農業と食料安全保障について,最近の政策の動向を分析した。

 終章では,急遽,新型コロナウイルス感染症に関する最近の動きについても検証し,食料安全保障についての考え方を整理しておくことは,いつでも大事であるということを再指摘した。

 現代の日本においては,さまざまな経済活動が行われ,豊かな生活を提供するための様々な努力がなされてきた。この観点からの農林水産業は,「美味しい食を楽しんで食べる。」という観点から人間の身体を作り活動のエネルギー源となる食料を超えた付加価値の提供が重要とされてきた。確かに,食は単なる人間のエネルギー源であるだけでなく,文化的側面を含めて様々な価値を提供している。

 日本の農林水産政策は,この様々な価値を提供することにより,人々の生活を豊かにするとともに農林水産業を産業として発展させ,農林水産業に従事する人々の生活を発展させ,ひいては日本経済を発展させていくことに注力してきたし,これからもそうするべきである。

 しかし,これにすべての政策の根本には,「その国の人々を飢えさせない」という食料安全保障政策がしっかりと構築されていなければならない。結局,国内生産,安定輸入,備蓄の組み合わせをその時々の国際情勢も踏まえつつ適切にとっていくことが大切であるという結論は現在においても同様である。

 改めて,わが国における食料安全保障論の歴史的経緯を見ると,いくつかの画期が指摘される。明治20年代から30年代に綿織物の原料となる原棉の自由化では,東京高等商業の福田徳三vs東京帝国大学の横井時敬との自由化をめぐる攻防の論戦があった。

 また,1960年代以降の農産物の自由化政策における小麦の例もある。国際的に高いと言われていた小麦は自由化によるアメリカからの輸入小麦に太刀打ちできず,麦作がほとんど崩壊し,ようやく復活しつつある小麦も未だ自給率において12%(2018年度)程度である。以上,本論文で明らかになったことは,21世紀のわが国の食料問題の趨勢を考えていくうえでは,わが国の歴史的位相を踏まえた食料安全保障論が依然として重要であることであり,重ねてこのことを指摘しておきたい。

 食料安全保障論についての様々な議論はこれからも続くと考えられるが,これらの点も踏まえて,様々な状況を踏まえた議論が展開されることを望むものである。

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