Postoperative D-dimer elevation affects tumor recurrence and the long-term survival in gastric cancer patients who undergo gastrectomy
概要
1. 背景
近年,血液凝固系の活性化が悪性腫瘍の血管新生,増殖,浸潤,転移などの機序に関わっていることが報告されており,さらに,様々な癌種において,長期予後と関係することが報告されている(Kanda et al., 2017;Diao et al., 2014;Liu et al., 2014).一方,血液凝固系は,悪性腫瘍に対する手術侵襲によっても,血管内皮障害や炎症性サイトカインを介し亢進することが知られているが,悪性腫瘍の術後再発および生存に及ぼす影響は明らかではない.そこでわれわれは,胃癌患者に対する根治的切除後の凝固系活性を D-dimerを用いて評価し,術後のD-dimer 上昇と腫瘍再発・生存期間の関係から,胃癌術後の血中 D-dimer 値の臨床的意義を検討した.
2. 方法
2009 年 7 月~2013 年 7 月の期間に,神奈川県立がんセンターにおいて,胃癌に対して手術を施行した 680 症例を後方視的に調査し, (1) 特殊組織型,(2) 残胃癌,(3) 術前化学療法施行例,(4) 異時・同時他癌(過去 5 年以内),(5) 非根治的切除(R1/2 切除),(6) 術後 D-dimer 未測定例を除外した 448 例を本研究の対象とした.術後 7 日目の血中 D-dimer 値の中央値をカットオフ値として,術後低 D-dimer 群と術後高 D-dimer 群の 2群に分類し,両群の臨床病理学的背景,全生存,無再発生存および初回再発部位を比較した.
3. 結果
術後 7 日目の D-dimer の中央値は 4.9 µg/ml であり,術後高 D-dimer 群 230 例,術後低 D-dimer 群 218 例に分類された.両群の臨床病理学的背景の比較では,術後高 D- dimer 群で胃全摘,開腹手術,D2 郭清,脾摘,術後合併症の割合が有意に高く,手術時間・出血量が有意に多かった.また,術後高 D-dimer 群で腫瘍深達度はより高度であり,脈管侵襲も高頻度であった.一方で,pN 因子および pStage は両群に有意差を認めなかった.術後 5 年全生存率は,術後低 D-dimer 群で 90.8%,術後高 D-dimer 群で 81.3%であり,有意に術後高D-dimer 群で不良であった(p <0.001).また,術後 5 年無再発生存率は,術後低D-dimer 群で 89.9%,術後高 D-dimer 群で 76.1%であり,有意に術後高 D- dimer 群で不良であった(p <0.001).単変量・多変量解析の結果,術後 D-dimer 高値は全生存(ハザード比 1.955, 95%信頼区間 1.158–3.303, p=0.012),無再発生存(ハザード比 2.182, 95%信頼区間 1.327-3.589, p=0.002)ともに独立した不良因子として選択された.また初回再発部位を比較すると,血行性転移および腹膜播種は有意に高 D-dimer 群で高頻度であった.一方,局所再発およびリンパ節再発は両群に有意差を認めなかった.
4. 考察
本研究の結果から,胃癌術後 7 日目の血中 D-dimer の高発現は,有用な術後再発の予測因子であり,予後不良因子であることが示唆された.過去の研究においても,胃癌の長期予後と血液凝固系の関係が報告されているが(Kanda et al., 2017;Diao et al., 2014; Liu et al., 2014),これらの報告は全て術前の凝固系を評価したものであり,胃癌術後の D-dimer 値と長期予後との関係を 448 例という比較的大規模な症例数で報告した研究は本研究が初めてである.
周術期の血液凝固系亢進が腫瘍再発・長期生存に影響するメカニズムの仮説として,がん細胞-フィブリン-血小板複合体の形成促進による微小転移の増加・増大が考えられる.凝固系が亢進すると生成されるフィブリンが,がん細胞と血小板の間に介在し,がん細胞-フィブリン-血小板複合体が形成される.この複合体は血管内に浮遊するがん細胞(circulating tumor cells: CTCs)が,血流のずり応力による物理的破壊やNK 細胞による捕食から逃れることに関与する(Palumbo et al., 2005;Gay and Felding-Habermann, 2011).さらにこの複合体は,がん細胞の血管壁への接着,血管外への遊走,腫瘍の血管新生・増殖などを促進する(Wojtukiewicz et al., 2016).手術と術後合併症による生体侵襲によってもこの機序が活性化され,微小転移の増大や腫瘍再発に寄与する可能性があ る.そして,フィブリンの最終分解産物である D-dimer は,フィブリンの合成・分解量を最もよく反映した指標といえ,術後 D-dimer 高値例はこのがん細胞-フィブリン-血小板複合体をより多く形成する可能性があり,胃癌術後の D-dimer 値は全生存および無再発生存不良のバイオマーカーとなったと考えられる.
本研究には,単一施設研究に起因する患者選択バイアスや他施設との周術期管理法の違い,D-dimer カットオフ値の決定方法,術前 D-dimer が未評価であること,至適な D- dimer 評価日の検討が不十分であることなど,いくつかの Limitation が挙げられるが,本研究は胃癌術後のD-dimer 値と腫瘍再発・長期生存の関係を示した初めての研究であり,術後に D-dimer を測定することの有用性を示した.術後の D-dimer 値が高値の症例は,腫瘍再発の早期発見のため慎重なサーベイランスが必要であると考える.