Parkinson病における鏡像書字と発症機序
概要
鏡像書字(mirror writing,MW)とは、個々の文字、単語、または単語列を逆方向に生成することを指す。MW は意図的に書くこともできる。子供たちの多くは読み書きの発達の途中に文字を逆向きに書く。成人が非利き手で書くときに意図しない誤りで生じる場合もある。脳血管障害の病変では、左右の半球どちらの損傷であっても非利き手で書くときにみられ、文字が鏡像であることに気づかない場合が多い。鏡像書字は脳血管障害患者より Parkinson 病(Parkinson’s Disease, PD)患者に多くみられることが報告されている。したがって、PD 患者には、健常成人や脳血管障害患者に比べて、MW を起こしやすい要因があると考えられる。
本研究では、PD 患者の MW、すなわち左右逆転した文字の出現数を調査し、出現数が患者の局所脳糖代謝率(Regional cerebral metabolic rate of glucose;rCMRglc )と逆相関する脳部位を求め、その脳部位がこれまで提唱されてきた MW の機序、運動仮説や知覚的モニター仮説に合致するか否かを検討した。
東北大学神経内科外来を受診するPD 群 36 名と、地域より公募した健常対照群 23 名に非利き手での書字を施行した。被験者全員が右利きであった。鏡像書字と関連した脳領域を特定するために PD 群に対して 18F-fluorodeoxyglucose positron emission tomography (FDG-PET)で rCMRglc を測定した。
結果、右手での書字でMWが出現した者は、PD患者にも健常対照者にもいなかった。左手での書字ではPD患者36人中15人にMWが出現したが、健常対照者には出現しなかった。患者ごとの左右逆転文字の出現数の中央値は1(範囲1-3)であった。MWあり群とMWなし群とで有意な差があった人口統計学的および臨床的特性はなかった。左右逆転文字の出現数とrCMRglcとが逆相関する領域は右の頭頂間溝(intraparietal sulcus)領域にあった。
右側の頭頂間溝を含む上部頭頂皮質が鏡像の認知に関わることが先行の機能画像研究から示されている。したがって、PD 患者において MW の出現頻度と右側の頭頂間溝領域のrCMRglc の低下が相関したことについても、この脳部位の機能低下が鏡像認知の問題を起こし、自分が書きつつある文字や完成した文字が左右逆であることに気づき難くなって MW が生じたという機序を考えることができる。したがって、PD 患者の MWの発症機序のひとつには視覚的モニター仮説に合致するものが示唆された。