Primate-specific POTE-actin gene could play a role in human folliculogenesis by controlling the proliferation of granulosa cells
概要
【緒言】
女性の性腺機能は卵巣における残存卵胞数に依存し、卵胞の早期の枯渇は早発卵巣全(POI: Primary Ovarian Insufficiency)を来す。POI の原因として卵巣手術や抗がん剤治療などの医原性、染色体異常、また近年は POI 患者のエクソーム解析から様々な遺伝子変異が報告されているが、未だ原因不明の特発性が大半を占めている。一方で、 POI と診断された患者が甲状腺機能低下症やアジソン病などの自己免疫疾患を併発も多く、POI と自己免疫疾患との関連性も古くから指摘されている。本研究では、患者血清中に卵巣に対する自己抗体が存在する仮説を立て、患者血清と卵巣顆粒膜細胞タ由来ンパクを用いた免疫沈降検体のプロテオーム解析により、甲状腺自己抗体陽性 POI 患者血清中に存在する抗卵巣顆粒膜細胞自己抗体の抗原候補として POTEF タンパク質を同定した。POTEF 遺伝子は霊長類の性腺・胎盤特異的に発現を認める POTE Ankyrin Domain Family の 13 ある遺伝子パラログの1つであり、β-actin のレトロトランスポジションにより分子内にアクチンドメインを持つという構造的特徴を有する。これまで in vitro 実験では、POTEF がアポトーシス促進作用をもつ可能性が報告されているが、卵巣内における POTE タンパク質の局在や機能の詳細は不明である。我々は、POTEF タンパク質のヒト卵巣、とくに卵胞の顆粒膜細胞における発現と局在を確認、さらにヒト顆粒膜細胞株を用いた実験により、卵胞発育における機能の解析を試みた。
【方法】
当院倫理委員会の承認とインフォームドコンセントを得て実施した。
ヒト非黄体化顆粒膜細胞株(HGrC1)から抽出したタンパクを抗原、患者血清を抗体として施行した IP で得られた検体のプロテオーム解析(LC/MS/MS)により、自己抗体の抗原候補を同定した。同定された POTEF タンパクに対する抗体を用いて、ヒト正常卵巣の免疫染色により、各発育段階の卵胞における POTEF タンパク質の局在を観察した。HGrC1 を用いて薬剤誘導による Flag タグ付き POTEF タンパク質を発現する細胞株を樹立し、POTEF の顆粒膜細胞における機能解析を行った。Annexin V を用いたフローサイトメトリーによりアポトーシスの評価を行った。また、細胞増殖速度を評価するため MTS アッセイを行った。Flag 抗体を用いた IP によるプロテオーム解析から POTEF と相互作用するタンパク質分子を同定し、細胞蛍光染色により POTEF との細胞内での共局在を観察した。siRNA を用いて、同定された分子のノックダウン HGrC1を作成し、細胞増殖能への影響を評価した。
抗 LC3 抗体を用いた細胞蛍光染色、WB を行いオートファジーに与える影響を検討した。
【結果】
HGrC1 から抽出したタンパク質と甲状腺自己抗体陽性 POI 患者血清を用いた IP サンプルの LC/MS/MS によるプロテオーム解析により、抗原候補として POTEF が検出された(Table1)。
ヒト正常卵巣の免疫染色により卵胞を構成する顆粒膜細胞および莢膜細胞の細胞質に POTEF タンパク質の発現を認めた(Fig. 1A-L)。卵胞の発育段階ごとに評価をすると、原始卵胞および一次卵胞の顆粒膜細胞は染色されるが、2 次卵胞~前胞状卵胞では染色を認めず、排卵前胞状卵胞や黄体の顆粒膜細胞は再び染色される。卵胞発育過程で POTEF タンパク質の発現に変化があることが観察された。1 つの原始卵胞に数個しか存在しない顆粒膜細胞は、排卵前の卵胞では 100~1000 万個に増えている必要があり、顆粒膜細胞における POTEF タンパク質の発現量の変化が細胞増殖能を変化させ卵胞発育を制御している可能性を考えた。
POTEF 発現 HGrC1 は、POTEF を発現誘導していない HGrC1 と比較してアポトーシス率には有意差を認めなかった(Fig. 2B)一方、細胞増殖速度の低下を認めた(Fig. 2C,D)。POTEF タンパク質が HGrC1 細胞内で直接作用する分子の探索の為、IP による LC/MS/MS を行い、POTEF 結合分子として CCT のサブユニットである TCP-1α を同定した(Fig. 3A)。TCP-1α は POTEF のアクチンドメインに結合していた(Fig. 3K)。CCTはもともとアクチンやチューブリンのシャペロン分子として同定されたが、その後、 PLK1 など細胞増殖に関わる重要な分子のシャペロンとしても機能している事が報告されている。HGrC1 を用いた蛍光免疫染色より、TCP-1α の細胞内局在が、POTEF 発現に伴い細胞質の核周囲から細胞膜周囲に移動する事が示された(Fig. 3B-I)。siRNAを用いた TCP-1α ノックダウン HGrC1 において、POTEF 発現誘導 HGrC1 同様に細胞増殖速度が低下した(Fig. 4)。卵巣組織の免疫染色では、どの発育段階の卵胞においても顆粒膜細胞に TCP-1α 発現を認めた(Fig. 5A-F)。また、HGrC1 に POTEF 発現を誘導しても TCP-1α の発現量は変化しなかった(Fig. 5G)。
正常卵巣組織の排卵前卵胞や黄体では比較的強い POTEF 染色を認めたことから、 POTEF の過剰発現、蓄積が顆粒膜細胞に与える影響を検討すべく、POTEF 発現を誘導した HGrC1 を 6 日間継続培養すると、POTEF の過剰蓄積と共にオートファジー活性の指標である LC3 の低下を認めた(Fig. 6)。
【考察】
ヒト卵巣顆粒膜細胞における POTEF タンパク質の発現は各卵胞発育段階で変化することが示された。卵胞成長の過程で、特に顆粒膜細胞の著しい増殖を要する 2 次卵胞~前胞状卵胞において POTEF が発現しないことは、POTEF が顆粒膜細胞の増殖を制御することで、原始卵胞の保存や、霊長類に特異的な単一排卵のための制御の一端を担っている可能性を示唆するが、その証明には更なる研究が必要である。
13 種類ある POTE family パラログのうち分子内にアクチンドメインを有するのは POTEF、POTEE の 2 つのみであり、CCT と結合し抗 CCT 作用を有するのはこの 2 つに特異的な作用と考える。
排卵前の胞状卵胞や黄体で POTEF が強発現する意義を、本研究では十分に解明できなかった。既報では、卵丘細胞の活性や黄体の退縮周期にオートファジーが関連していると指摘されており、それらを制御している可能性が示唆された。
生殖細胞特異的オートファジー機能全(Atg7 ノックアウト)マウスの卵巣が、ヒト POI 卵巣と同じように著しい卵胞消失を認めたという最近の報告があり、また別の研究では POI 患者のエクソーム解析からオートファジー関連遺伝子の変異と POI との関連が指摘されている。我々の実験は HGrC1 における POTEF の過剰蓄積が何らかの機序によりオートファジー不全を来すことを示した。原始卵胞や一次卵胞の顆粒膜細胞における POTEF の過剰発現が、抗 POTEF 自己抗体産生を惹起し、オートファジー不全を介して POI 発症に寄与する可能性について、今後更なる検証を行いたい。
【結論】
POTEF 強制発現株を用いた実験により、POTEF が細胞内で TCP-1α と結合することにより TCP-1α 作用を阻害し、細胞増殖を抑制する可能性が示唆された。POTEF タンパク質の発現変化に伴う顆粒膜細胞の増殖能の変容が、卵胞の維持や発育調節に寄与している可能性が示唆された。POTEF タンパク質が、どのような機序で抗卵巣自己抗体の抗原となり得るのか今回の研究では明らかにできなかった。ヒト卵巣機能の更なる研究により、POI 患者が抗 POTEF 抗体をもつ意義を解明したい。