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大学・研究所にある論文を検索できる 「胃癌におけるクロマチン修飾因子BRD4及びポリコーム抑制因子EZH2の臨床病理学的検討」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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胃癌におけるクロマチン修飾因子BRD4及びポリコーム抑制因子EZH2の臨床病理学的検討

大井手, 慶 東京大学 DOI:10.15083/0002002331

2021.10.13

概要

胃癌は世界における主要な死因のひとつであり、特に日本や中国等の東アジアで罹患率が高いとされる。本邦においては近年早期発見や内視鏡治療の発達により治療成績は向上してきているが、依然として患者数・死亡数の多い疾患である。the Cancer Genome Atlas Resarch Network(TCGA)によれば、胃癌は分子生物学的にEpstein-Barr virus(EBV)関連、マイクロサテライト不安定性、ゲノム安定型、染色体不安定型の4型に分類される。近年、胃癌の分子生物学的解析や癌の発生、進展に関わる分子の研究が進んできており、様々な分子が胃癌の治療標的となることが期待されている。クロマチン修飾因子のひとつであるBRD4やポリコーム抑制因子のひとつであるEZH2は近年特に注目されている分子であるが、これらの分子に対して胃癌の分子生物学的サブタイプごとに臨床病理組織学的意義を詳細に検討した報告は未だなされていないため、これらの分子の発現を分子生物学的サブタイプごとに比較・検討し、さらにその意義の解明に向けて研究を行った。

 本研究は東京大学医学部附属病院で2006年~2013年に切除された胃癌手術検体306例のホルマリン固定パラフィン包埋標本を対象とし、TMA(組織マイクロアレイ)を用いて免疫組織化学染色を行い、胃癌における各分子の発現の臨床病理学的特徴を検討した。また、TCGAの提唱する分子生物学的サブタイプの分類には免疫組織化学的手法を代用することとし、EBER-in situ hybridization陽性の症例をEBV関連胃癌、EBER-in situ hybridization陰性の症例のうち、ミスマッチ修復(MMR: Mismatch repair)遺伝子であるMLH1、PMS2、MSH2、MSH6の4つのいずれかのタンパク発現が消失している症例をマイクロサテライト不安定性胃癌に相当するものとした。EBER-in situ hybridization陰性で上記4つのMMR遺伝子の発現が保たれている症例は、組織型がびまん型のものをゲノム安定型胃癌、腸型のものを染色体不安定型胃癌に相当するものとして分類した。以下、これらの群をそれぞれEBV関連胃癌、MMR欠損型、びまん型、腸型と呼ぶこととする。

 BRD4はBETファミリーに属するクロマチンアダプターの一つであり、遺伝子の転写活性化に関与し、様々な腫瘍において腫瘍細胞のBRD4の過剰発現と予後不良の相関が報告されている。またEBV陽性の鼻咽頭癌においてBET阻害剤が腫瘍進展を抑制し、PD-L1の発現を抑制するという報告もみられる。本研究での免疫組織化学的検討では、胃癌におけるBRD4発現例はびまん型が多く、腫瘍径が大きく、リンパ管侵襲が高頻度であり、予後不良と相関していた。サブタイプごとの解析ではEBV関連胃癌では予後との相関はみられなかったが、BRD4発現例は進行癌が多く、リンパ管侵襲、リンパ節転移が高頻度であった。またびまん型ではBRD4発現例は腫瘍径が大きく、リンパ管侵襲が高頻度で、有意ではないがBRD4非発現例よりも予後不良の傾向を示した。MMR欠損型、びまん型、腸型を合わせたEBV陰性胃癌においては、BRD4発現例は高齢、びまん型が多く、腫瘍径が大きく、リンパ管侵襲が高頻度で、有意な予後不良因子であった。TCGAの胃癌のBRD4mRNAデータではEBVによる発現量の有意な差はみられないが、本研究ではEBV関連胃癌の約90%にBRD4の発現が認められており、EBV陰性胃癌よりも有意に高頻度であった。以上の結果からBRD4発現が胃癌の進展に寄与している可能性があること、BRD4発現はEBV関連胃癌において高発現していることが示された。EBV関連胃癌では、EBVはLatency Ⅰと呼ばれる潜伏感染状態にあり、核内抗原であるEBNA-1を発現しているが、BRD4はこのEBNA-1と相互作用をして転写制御を行うことが分かっており、EBV関連胃癌でもBRD4がこの機序を介してウイルスと相互作用している可能性が考えられた。

 またBRD4はPD-L1をコードするCD274を標的遺伝子としINF-γの作用を介してPD-L1を制御しており、卵巣癌などにおいてBET阻害剤がPD-L1の発現を抑制することが報告されているが、本研究においてEBV関連胃癌におけるBRD4とPD-L1の発現率は相関する傾向を示した。EBV関連胃癌でPD-L1発現率が高い理由のひとつとしてBRD4発現の亢進が関係している可能性があり、PD-L1陽性のEBV関連胃癌でBRD4が治療標的として考慮されうる可能性が示唆された。

 近年では白血病をはじめとする様々な腫瘍に対してBET阻害剤による治療が期待されているが、胃癌においてはBRD4そのものの発現の他、PD-L1発現や分子生物学的サブタイプの違いも考慮した検討が重要と考えられる。

 EZH2はポリコーム抑制複合体2(PRC2)を構成するタンパクの一つであり、遺伝子の転写抑制に関与し、様々な腫瘍において腫瘍細胞のEZH2過剰発現と予後不良の相関が報告されている。胃癌においては癌組織でのEZH2発現率が正常組織よりも高いことが分かっているが、EZH2過剰発現による予後への影響については意義が定まっていない。本研究の免疫組織化学的検討では、胃癌全体でのEZH2過剰発現例は静脈侵襲、リンパ節転移が高頻度であったが、予後の有意な相関は認めなかった。またEBV関連胃癌の約60%にEZH2の過剰発現が認められ、それはEBV陰性胃癌よりも高頻度であったが、この結果は公開データベースのTCGAの胃癌のEZH2mRNAデータと概ね一致している。サブタイプ別の解析では、EBV関連胃癌では、EZH2過剰発現例はリンパ管侵襲、静脈侵襲、リンパ節転移が多く、有意ではないが予後不良となる傾向を示した。またびまん型では約7%にEZH2の過剰発現が認められ、過剰発現の頻度は低いものの、EZH2過剰発現例は静脈侵襲が多く、予後不良であった。これらの結果から、EZH2発現はEBV関連胃癌でEBV陰性胃癌よりも多くなること、またEBV関連胃癌、びまん型においてEZH2発現は悪性度の指標となりうる可能性が示唆された。EZH2の属するPRC2はEBV関連B細胞リンパ腫ではH3K27のメチル化においてEBVが関与していることが報告されているが、EBV関連胃癌でのEZH2とEBVの関連性のメカニズムについては今後の研究課題として取り組んでいく必要があると考えられる。また、びまん型はEMT(上皮間葉転換)のプロセスを介したびまん性浸潤を特徴とするが、EZH2は胃癌においてEMTを誘導する働きが報告されており、びまん型でEZH2が予後不良因子となる一因となっている可能性が考えられた。

 EZH2は卵巣癌においてクロマチンリモデリング因子の一つであるARID1Aとの拮抗作用が報告されおり、また悪性中皮腫においてポリコーム群タンパクの一つであるBAP1との拮抗作用も報告されている。しかし本研究において胃癌におけるEZH2発現とARID1A、BAP1発現との関係を検討したところ有意な相関は認められず、胃癌におけるEZH2とARID1A、BAP1との明らかな関係は示されなかった。胃癌におけるARID1Aは約15%に発現低下がみられ、予後との有意な相関はみられなかったが、ARID1A発現低下例は女性に多く、EBV陽性例、MMR欠損例で頻度が高かった。この結果はTCGAデータにほぼ合致する結果であり、またARID1A変異がEBV関連胃癌およびマイクロサテライト不安定性胃癌で高頻度であるという既報告にも矛盾しないものであった。一方、胃癌におけるBAP1の発現低下は約3%であり、TCGAデータのBAP1の変異率に近い割合であったが、臨床病理学的特徴、予後ともに相関はみられなかった。また、胃癌における胎児型マーカーの過剰発現が予後不良因子となるという報告がみられるが、本研究ではEZH2発現と胎児性マーカーの発現は相関する傾向を認め、びまん型胃癌では有意に正の相関を示した。EZH2は発生の初期段階で機能するタンパクであるが、胎児形質を持つ腫瘍にも発現しやすいという可能性が考えられた。

 近年ではリンパ腫をはじめとする様々な腫瘍に対してEZH2阻害剤による治療が期待されているが、胃癌においてはEBV関連胃癌、びまん型においてEZH2発現が悪性度の指標となる可能性が示唆された。胃癌におけるEZH2発現の解釈やEZH2阻害剤の有効性の検討の際には、分子生物学的サブタイプの違いを考慮することが重要と考えられる。

 クロマチン修飾因子BRD4およびポリコーム抑制因子EZH2は分子生物学的サブタイプごとに異なる臨床病理学的特徴を示すことが本研究で明らかになった。胃癌は分子生物学的背景の異なる4種のサブタイプから構成される疾患であり、個々の分子の臨床病理学的特徴について研究するにあたっては、分子生物学的サブタイプごとに分けて検討することが重要と考えられた。