湿式ビーズミルを用いたナノクリスタル製剤の開発とその粉砕メカニズムの数値解析
概要
湿式ビーズミルを用いたナノクリスタル製剤の開発
とその粉砕メカニズムの数値解析
著者
内容記述
URL
藤井 博之
学位記番号:論工第1585号, 指導教員:綿野 哲
http://doi.org/10.24729/00016961
大阪府立大学博士論文
湿式ビーズミルを用いたナノクリスタル製剤の
開発とその粉砕メカニズムの数値解析
2020年2月
藤 井
博
之
謝辞
本研究を遂行するにあたり、温かい激励、ご指導そしてご鞭撻を賜りました大阪府立大
学大学院
工学研究科
物質・化学系専攻
化学工学分野
綿野
哲
教授に心より感
謝申し上げます。綿野教授には、本学在籍時より恩師として、多大なご指導をいただい
ております。いつも的確なるご助言および叱咤激励いただき、進むべき道を示していた
だきました。本研究の結果はその賜物であります。深く感謝いたします。
学位論文審査において、貴重なお時間を割いていただき適切なご意見をくださり、ご
指導いただきました大阪府立大学大学院
教授ならびに齊藤
丈靖
工学研究科
物質・化学系専攻 武藤
明徳
教授に心より感謝申し上げます。
本研究を遂行するにあたり、研究報告会の場で、貴重なご指導およびご助言を賜りま
した大阪府立大学大学院
工学研究科 物質・化学系専攻
岩崎
智宏
准教授に感謝
の意を申し上げます。
本研究を遂行するにあたり、本学在籍時より、ご指導およびご助言、また温かい叱咤
激励をくださいました大阪府立大学大学院
分野
仲村英也
工学研究科
物質・化学系専攻 化学工学
准教授に深く感謝申し上げます。
機会のあるごとに、貴重な助言をいただきました大阪府立大学大学院
物質・化学系専攻
化学工学分野
大崎修司
工学研究科
助教に深く感謝申し上げます。
装置工学グループの学生の方々からの温かいご協力に感謝いたします。とりわけ、菅
裕之氏、三谷亮介氏には、本研究を遂行するにあたり、多大なサポートをいただき、感
謝申し上げます。
社会人として本研究を遂行する貴重な機会を与えてくださいました、当時の武田薬品
工業株式会社
CMC 研究センター
製剤技術研究所
所長
星野哲夫
博士に深く御
礼申し上げます。また、本研究を遂行するにあたり、ご理解および温かい激励をいただ
きました、武田薬品工業株式会社
ファーマシューティカル・サイエンス
ドラッグプ
ロダクト・デベロップメントの同僚に深く感謝申し上げます。
最後に、本研究の遂行に対して、理解し、心身ともに私を支えてくれた家族に大いな
る感謝を申し上げます。
目次
第 1 章 序論
1
1.1. 研究背景
1
1.2. 既往の研究
3
1.2.1. ナノクリスタル技術の歴史
3
1.2.2. ナノクリスタルの分散安定性メカニズム
4
1.2.3. ナノクリスタルサスペンジョンにおける安定化剤の選択
6
1.2.4. ナノクリスタル製剤
7
1.2.5. ビーズミルの粉砕原理
7
1.2.6. 湿式ビーズミルの重要因子
7
1.2.7. ナノクリスタルの吸収性
8
1.2.8. 湿式ビーズミルの数値シミュレーション
9
1.3. 本研究の目的
10
1.4. 参考文献
11
第 2 章 ナノクリスタル製剤に適した原薬の物理化学的性質のクライテリアと再分散性
に優れたユニバーサル処方の開発
16
2.1. 緒言
16
2.2. 原料および実験方法
16
2.2.1. 原料
16
2.2.2 実験方法
20
2.2.2.1 分散剤および湿潤剤のスクリーニング実験におけるサスペンジョンの調製方
20
法
2.2.2.2. 物理化学的特性の調査実験におけるサスペンジョン調製方法
20
2.2.2.3. 粘度測定法
20
2.2.2.4 ナノクリスタルサスペンジョンの粒度分布およびゼータ電位測定
20
2.2.2.5 粉末 X 線回折(PXRD)
20
2.2.2.6 示差走査熱量測定(DSC)
21
2.2.2.7 走査電子顕微鏡(SEM)
21
2.2.2.8 ポリマー吸着量(絶乾法)
21
2.3. 結果および考察
21
2.3.1. 分散剤スクリーニング
21
2.3.1.1. 粉砕品の粒度分布
21
2.3.1.2. 粉砕品のゼータ電位
23
2.3.1.3. ポリマー吸着量と安定性メカニズム
23
i
2.3.1.4. 再分散性の評価
24
2.3.2. 湿潤剤スクリーニング
26
2.3.2.1. 粉砕品の粒度分布
26
2.3.2.2. 粉砕品のゼータ電位
26
2.3.2.3. 再分散性の評価
27
2.3.3. HPC-SSL/DOSS で処方化したナノクリスタルサスペンジョンの物理化学的性質
27
の評価
2.3.4. 保存安定性
31
2.3.5. ナノクリスタルに適したクライテリア
31
2.4. 結言
34
2.5. 参考文献
34
第 3 章 DEM-CFD カップリングシミュレーションを用いた湿式ビーズミル粉砕プロセ
スの新規粉砕モデルの提案
36
3.1. 緒言
36
3.2. 原料および実験方法
37
3.2.1. 原料
37
3.2.2. 実験方法
37
3.2.2.1 ナノクリスタルサスペンジョンの調製
37
3.2.2.2. ナノクリスタルサスペンジョンの粒度分布およびゼータ電位測定
37
3.2.2.3. 粉末 X 線回折(PXRD)
37
3.3. 数値シミュレーション
38
3.3.1. DEM-CFD カップリング
38
3.3.2. 衝突回数
39
3.3.3. 衝突エネルギー
39
3.3.4. 計算条件
39
3.4. 結果および考察
42
3.4.1. 数値解析
42
3.4.1.1 自転公転回転速度の影響
42
3.4.1.2. 粉砕媒体粘度の影響
45
3.4.1.3. 粉砕ボール径の影響
49
3.4.2. 粉砕実験結果
53
3.4.3. 数値計算結果と実験結果の比較
56
3.5. 結言
61
3.6. 使用記号
61
3.7. 参考文献
63
ii
第 4 章 コントロールリリース製剤の吸収改善を目的としたナノクリスタルの応用
64
4.1. 緒言
64
4.2. 原料および実験方法
65
4.2.1. 原料
65
4.2.2. 実験方法
65
4.2.2.1. ジェットミル IR 錠(50 mg)の調製
65
4.2.2.2. ジェットミル MR 錠(50 mg)の調製
65
4.2.2.3. ナノクリスタル IR 錠(50 mg)の調製
66
4.2.2.4. ナノクリスタル MR 錠(50 mg)の調製
66
4.2.2.5. 粒度分布およびゼータ電位
68
4.2.2.6. 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
68
4.2.2.7. 耐酸性試験
68
4.2.2.8. 溶出試験
68
4.2.2.9. 再分散性の評価
68
4.2.2.10.保存後の再分散性の評価
69
4.2.2.11.動物試験
69
4.3. 結果および考察
69
4.3.1. ナノクリスタルサスペンジョンの製造結果
69
4.3.2. ナノクリスタルの再分散性評価
71
4.3.3. 溶出プロファイルの比較
74
4.3.4. イヌ PK 試験結果
75
4.4. 結言
78
4.5. 参考文献
78
第 5 章 総括
79
本論文の基礎となる発表論文
82
本論文に関連するその他の発表
82
iii
第1章
序論
1.1 研究背景
医薬品分野では、創製される新規医薬品候補化合物(API: Active Pharmaceutical Ingredients)
の約 90%は Biopharmaceutical classification system (BCS)で定義される難水溶性化合物に分
類される[1]。これは、ターゲット分子に対する高い親和性を有しながらも、分子構造が複雑化し
たため、分子量および脂溶性が増加したことが要因である[2]。一般的に、薬物の吸収性は、溶
解性、膜透過性および代謝性の積により表されることから、難水溶性化合物の多くは、溶解性
に起因して血中への吸収性が乏しくなる。そのため、前臨床段階における有効性と安全性が証
明できずに、約 70%は開発中止に至ると報告されている[3]。したがって、難水溶性化合物の開
発成功確率を高めるために、溶解性を改善する製剤技術の開発が重要である。溶解度を向上
させる手法として、塩あるいは Co-crystal などを探索する Crystal Engineering[4]、生体内で代謝
されることにより活性を示すプロドラッグ化[5]、水と接触することで自発的に微細なエマルション
を形成し比表面積を増大させ吸収を向上させる Self-Micro Emulsifying Drug Delivery System
(SMEDDS)[6-8]、疎水性化合物の親水性を向上させるシクロデキストリンとの包接[9]、アモルフ
ァ ス 化 し た 薬 物 と ポ リ マ ー に よ る 固 体 分 散 体 の 形 成 [10] 、 Liposome[11] 、 及 び Micellar
Systems[12]が挙げられる。その中でも、API をサブミクロン粒子以下まで微細化するナノクリスタ
ル[2]が注目を集めている。ナノクリスタルは、固体分散体に代表されるアモルファス製剤とは異
なり、粉砕前と同一の回折ピークを示す結晶であることが特徴である。
ナノクリスタルの吸収改善メカニズムは、API の溶解速度を著しく向上させた上で、溶解度を上
昇させることができるため、と考えられている。溶解速度は、Nernst-Brunner/Noyes-Whitney[13]
により式(1-1)で表される。
d𝐶𝐶
d𝑡𝑡
(1-1)
= 𝑘𝑘 × 𝐴𝐴(𝐶𝐶𝑆𝑆 − 𝐶𝐶 )
ここで、C は t 時間後における溶液の濃度[mg/mL]、A は化合物の表面積[m2]、Cs は化合物の
飽和溶解度[mg/mL]、k はみかけの溶解速度定数[s-1 m-2]を表す。k は溶媒の容積、温度、溶媒
の粘度および撹拌条件に影響を受ける。これより、溶解速度は化合物の表面積に比例すること
が分かる。つまり、API の粒子径が小さくなるに従い、溶解速度が増加することを表している。さ
らに、Freundlich-Ostwald[14]により粉砕後の溶解度は式(1-2)で推算できる。
S = 𝑆𝑆∞ 𝑒𝑒𝑒𝑒𝑒𝑒 �
2𝛾𝛾𝛾𝛾
𝑟𝑟𝑟𝑟𝑟𝑟𝑟𝑟
(1-2)
�
ここで、S は飽和溶解度[mg/mL]、S∞は半径が無限大の化合物の溶解度[mg/mL]、γ は固液界
面張力[J/m2]、M は分子量[g/mol]、r は半径[m]、ρ は密度[kg/m3]、R は気体定数[J・K-1 mol-1]、
T は絶対温度[K]をそれぞれ表す。また、式(1-2)より、溶解度は粒子径の減少に従い、上昇する
ことが分かる。ただし、急激な溶解度上昇を期待するためには、粒子径を 100 nm 以下まで微細
1
化する必要がある。一方で、ナノクリスタルは、API の微細化に伴う表面積の増大により、表面自
由エネルギーが増加することで、粒子間距離が短くなるため、ファンデルワールス力により、容
易に凝集を引き起こすことが知られている[15]。そのため、ナノクリスタルの吸収改善効果を損な
わないように、分散安定性に優れたナノクリスタル製剤の設計が期待されている。一般的に、粒
子表面に電荷を与えて、静電反発力を利用する方法[16]、高分子を粒子表面に修飾させて、
立体障害斥力効果を利用する方法[17]が知られている。しかしながら、API の物理化学的特性
あるいは粉体特性の相関関係を調べ、さらにナノクリスタルと安定化剤がどのように相互作用し、
ナノクリスタルの分散安定化に寄与しているかについては、十分に理解はされていない。そのた
め、ナノクリスタル製剤の設計は、技術者の経験や勘に大きく依存している。
ナノクリスタルを得る手法は、ボトムアップアプローチとトップダウンアプローチの 2 種類に大別
される。ボトムアップアプローチとは、気相や液相において、原子、分子レベルの核からの成長
により微粒子を晶析させる方法であり、数 nm オーダーの粒子が得られることが特徴である[18]。
極めて著しい溶解速度改善効果に加えて、高い溶解度をもったナノクリスタルが得られるため、
吸収改善効果が期待される。しかしながら、ボトムアップアプローチは生産性が乏しく、実用化
を行うにあたり、多くの課題を抱えている。一方、トップダウンアプローチは、API に対して、衝撃、
衝突、圧縮、せん断および摩擦などの力を加えて粉砕することにより、100 nm~100 μm の粒子
を得る手法である[19-22]。粉砕は氷河期後の新石器時代に発明された石臼を用いて、人類が
麦、豆および雑穀の混合物を粉末化して食したときに生まれた最も古い粉体技術である[23]。
粉砕機器の動力も時代とともに、人力、家畜、水力、風力、そして電力と変化してきた。近年で
は、機械的エネルギーにより粒子を粉砕する機械的粉砕法が主流となり、乾式法あるいは湿式
法の粉砕機器が開発されてきた。乾式粉砕機には、高圧粉砕ロール、ボールミル、パワーミル、
カッターミル、インパクトミル、コーミル、ピンミル、ハンマーミルおよびジェットミルが挙げられ、1
~100 μm の粒度が整った粉砕品を得ることができる。一方、湿式粉砕機には、ビーズミル、マイ
クロフルイダイザー、高圧ホモジナイザーが挙げられ、100-1000 nm のサブミクロン粒子を高効
率に調製できる。さらに、機械的粉砕法は、低コストであることに加え、大量に連続生産が可能
であり、工業的に優れた手法である[24]。しかしながら、機械的粉砕法では 100 nm 以下のナノ
クリスタルを調製することが困難である[25]。そのため、溶解度の顕著な上昇は期待できないた
め、溶解速度を増加することが必要である。理想的には、粒子に与えるエネルギー量を増加さ
せることにより、粒子も限りなく小さく粉砕されるはずであるが、粉砕機が粒子に与えることができ
るエネルギー量には限界があるため、現実的には、ある程度粒子は細かくなると、それ以上は
粉砕が進行しない。これを粉砕限界という[26]。そこで、機械的粉砕法の中で、粉砕限界が最も
小さい 100~200 nm のナノクリスタルを製造でき、工業的にも優れたビーズミル湿式粉砕法に
着目した。ナノクリスタル製剤を開発する上で、粉砕プロセスを理解することは、最適な粉砕条
件の設定やスケールアップ則を理解するために重要である。しかしながら湿式粉砕においては、
粉砕媒体であるビーズの運動、サスペンジョンの流体運動、粉砕機内にどのようなエネルギー
が働いているかを実験的に明らかにすることは難しい。粉砕プロセスにおけるエネルギー利用
2
効率は 1%にも満たないと言われており、その多くは熱エネルギーに変換されている[27]。した
がって、粉砕機内で消費されるエネルギーのうち、API を粉砕するエネルギーがどのように産生
されて、API の粉砕に寄与する応力として働いているかを定量的に把握することは非常に困難
である。そこで、近年ではコンピュータ技術の発展に伴い、数値シミュレーション技術を活用して、
粉砕機内における粉砕プロセスの現象理解を深めるための研究が盛んになってきた。したがっ
て、数値シミュレーション技術を活用し、湿式ビーズミル機を用いたナノクリスタル調製における
重要因子を解明することを試みた。
1.2 既往の研究
本研究を行うにあたり、既往の研究を調査した。
1.2.1 ナノクリスタル技術の歴史[28]
ナノクリスタルは、難水溶性化合物を湿式粉砕により微細化し、溶解速度を著しく改善するこ
とによりBA(Bio-Availability)を改善した、アイルランドの製薬会社Elanが開発した製剤技術で
ある。2000年にWyethが発売したリンパ脈管筋腫症治療剤Rapamune®は、ナノクリスタル技術を
用いた初めての商用品である。Rapamune®は、APIとしてSilolimusを含む錠剤として開発され
た。本製剤は、lipid based liquid solutionとして市販されており、冷蔵保存が必要であった。さら
に、服薬時に用時調製が必要である上に、不快な味を有することもあり、患者の服薬コンプライ
アンスに課題を抱えていた。しかしながら、本製剤にナノクリスタル技術を適用することにより、製
剤の安定性が著しく改善され、冷蔵保存から室温保存となった。また、液剤から錠剤へと剤形
変更したことにより、BAが27%上昇し、患者の服薬コンプライアンスも大きく改善した。しかしな
がら、本製剤に使用された安定化剤は、添付文書からは判別することはできなかった[15, 29]。2
番目に上市されたのは、2003年にMerckが発売した選択的NK1受容体拮抗型制吐剤Emend®
である。Emend®は、APIとしてAprepitantを含み、ナノクリスタルサスペンジョンを結晶セルロース
粒にスプレーコーティングを行い、カプセル充填したカプセル剤として開発された。添付文書よ
り、ナノクリスタルは、ヒドロキシプロピルセルロースとラウリル硫酸ナトリウムを安定化剤として用
いている[30]。Aprepitantは、食餌の影響を強く受ける化合物であり、イヌでは、FedはFastedと比
較して、Cmaxは3倍、AUCは4倍高くなる。Aprepitantをナノクリスタルにすることにより、表面積が
約40倍上昇し、溶解速度が改善した結果、食餌の影響がなくなった[15, 31]。3番目に上市され
たのは、2004年にAbbotが発売した高脂血症治療剤Tricor®である。Tricor®は、超難水溶性化
合物であるFenofibrateをナノクリスタル化し、BAを35%改善した製剤であり、食餌の影響の解消
にも大きく貢献した[10]。ナノクリスタルは、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(3 cp)とドキュセ
ートナトリウムを安定化剤として用いている[32]。
4番目に上市されたのは、2005年のPAR pharmaceuticalsが発売した治療剤Megace® ESであ
る。Megace® ESは、Megestrol acetateを有効成分とするOral suspension (125 mg/mL)である。ナ
ノクリスタルサスペンジョン製剤とすることにより、食餌の影響を軽減し、従来処方の1/4に投与量
3
を削減することができた。ナノクリスタルは、ヒドロキシプロピルメチルセルロースとドキュセートナ
トリウムを安定化剤として用いている[33]。5番目に上市されたのは、2009年にJannsenが発売し
た抗精神病剤INVEGA SUSTENNA®である。筋肉内投与の1ヶ月徐放性製剤であり、プレフィ
ルドシリンジとして開発された。使用期限は2年間であり、特別な取り扱いは必要なく、医療従事
者や患者にとって使用性の高い製剤である。ナノクリスタルは無菌処理が必須である注射剤へ
の適用も可能であることを示した。なお、ナノクリスタルは、ポリソルベート20とポリエチレングリコ
ール4000を安定化剤として用いている[34]。
したがって、ナノクリスタル技術は、難水溶性化合物の固形剤、液剤、注射剤等への適用が可
能であり、溶解速度を改善することにより、吸収性が大きく向上する。その結果、投与量の削
減、安定性の改善、食餌の影響の解消等に貢献することができ、患者のコンプライアンス改善
にも大きく寄与することができる。一方で、ナノクリスタルに使用された安定化剤は、APIや剤形
により異なることが、市販品の調査により分かった。
1.2.2 ナノクリスタルの分散安定性メカニズム
ナノクリスタルに代表されるサブミクロン以下の粒子を安定的に分散させるために、アニオン
性あるいはカチオン性の界面活性剤等を粒子に吸着させて、サブミクロン粒子の表面を帯電さ
せる方法[35-37]が用いられている。粒子表面が正あるいは負の電荷を帯びると、粒子間同士で
静電斥力が働き、粒子間の Van der Waals 力に打ち勝つことで、粒子はブラウン運動を続けるこ
とができ、安定な分散が得られる。一方、静電斥力を失った場合、粒子間の Van der Waals 力が
支配的となり、粒子はたちまち 1 次凝集を引き起こす。さらに、凝集した粒子がさらに 2 次凝集
および 3 次凝集を形成することで、ブラウン運動を続けることができなくなり、最終的には沈殿す
る。これまで、静電斥力の指標として、粒子表面に形成された電気二重層のすべり面の電位で
あるゼータ電位が用いられてきた[38]。ゼータ電位の絶対値が大きいほど、静電斥力が大きくな
るため、安定な分散系が得られる。ゼータ電位の絶対値が 0–10 mV は非常に不安定、10–20
mV はやや安定、20–30 mV は安定、30 mV 以上は非常に安定、と分類されている[39]。また、
粒子表面にポリマーを修飾させることにより、粒子間の立体障害斥力を利用する方法[40]も有
効である。立体障害斥力は静電斥力よりも非常に強い力であるため、ポリマーを効果的に利用
することで、分散安定性に優れた粒子を設計できる。コロイド粒子では、ポリマー吸着粒子間の
相互作用は、粒子表面のポリマー配位状態、あるいはサスペンジョン中の自由ポリマー鎖に大
きく依存することが報告されている[41-43]。さらに、コロイド粒子の分散安定性は、ポリマー吸着
量の影響を大きく受けることが知られている[44]。静電斥力と立体障害斥力を組み合わせること
により、両者の利点を兼ね備えた粒子設計を行うことができ、ナノクリスタルの製剤設計[45-48]
に適用されている。立体障害斥力として、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒロドキシプロピルメチ
ルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールおよびポリエチレングリコールが代表
的なポリマーである。これらのポリマーには分子量の異なる様々なグレードがあり、その選択や
4
修飾量の決定は研究者の経験や勘に大きく依存している。また、各ポリマーがどのように立体
障害斥力として働いているかを理論的に解析した事例はない。
5
1.2.3 ナノクリスタルサスペンジョンにおける安定化剤の選択
湿式ビーズミル粉砕法に用いられた安定化剤の組み合わせを Table 1.1 にまとめた[49]。ナノ
クリスタルの調製には、ポリマーと界面活性剤の併用が有用であることが分かる。また、各検討
で採用された安定化剤の種類は異なるうえに、200 nm 以下のナノクリスタルが調製できた例は
少なかった。
Table 1.1.
Summary of stabilizer combination used by wet-beads milling. ...