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大学・研究所にある論文を検索できる 「中国における集団林権制度改革の現状と課題」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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中国における集団林権制度改革の現状と課題

呉, 晨陽 東京大学

2022.06.22

概要

アジアや東欧諸国などにみられた指令経済システムは、1980年代以降改⾰が進み、市場経済化により著しい経済成⻑を遂げた。各国が改⾰を進めるにあたり、とりわけ⼟地の⾮集団化、私有化が⽬標とされた。林業部⾨においても、林地の所有権ないし使⽤権の私有化を⽬的とされる分権改⾰が⾏われてきた。しかしながら、林業における改⾰では森林資源の外部性と森林経営の超⻑期性のゆえに、森林の社会的・経済的・環境的効果の発揮を阻害する事例が報告されている。例えばラオスやカンボジアなどの国々においては、拙速な私有化過程や不確実な所有権分配により森林⾯積の減少、森林資源の劣化、貧困や格差の拡⼤が発⽣した。

中国の状況をみると、1980年代から2000年代にかけて3期にわたり⼀連の林権確定政策が実⾏された。第I期では、1981年に林地の所有権を従来の集団所有においたまま使⽤権(請負経営権)を個々の農家に付与する「林業三定」政策が⾏われた。第II期では、1990年代初頭から2000年代の前半にかけて、荒廃地使⽤権の競売事業をはじめとする請負経営権の流動化が推進され、経営の多様化・⼤規模化を惹起した。第III期では、2003年から現在まで続く林地使⽤権の再確定政策(集団林権制度改⾰)が講じられ、権利の流動化による森林経営の規模拡⼤が急速に進展した。こうした⼀連の林権確定政策のなかで、国際的にも先進的事例とされてきた第III期の政策が、改⾰に随伴する権利確定・権利保障の⼗分性、林地使⽤権の分配の公平性、林業の⽣産性や農家の平均所得に対する経営規模の拡⼤の効果といった点の内実において不明確であり、これらの点の解明が、本論⽂の研究動機となった。

本論⽂の⽬的は中国における集団林権制度改⾰を、その前史をなす1980年代以降の林権確定政策を含め、総合的に評価することである。評価は、改⾰政策の全体的評価と現地調査に基づいた評価と⼤別される。前者は定性的評価と定量的評価から構成される(2〜3章)。後者は現地調査の結果に拠り所有・経営の両⾯で評価を⾏うものである(4〜5章)。以下、各章の内容を順に述べる。

序論にあたる1章では、研究の背景と動機、研究上のいくつかの視座を、各章で取り扱う課題、本論⽂の構成を提⽰した。併せて、中国の森林・林業の基本データを⽰した。

2章では、1980年代から今⽇にいたるまで実施された⼀連の林権確定政策の定性的評価を⾏った。まず、第I〜III期の改⾰政策の政治的・経済的背景と内容を述べた。次に、⾃然資源における持続可能な管理の評価に広く利⽤されている社会・⽣態系フレームワーク(SESF)および⾃然資源管理の分権改⾰の評価に利⽤されているNDRFフレームワークを⽤いて林権確定政策に適⽤する評価指標を抽出した。評価指標は、主にSESFにおける社会・経済・政治的設定、ガバナンス系とアクターに関連する指標となる。第三に、評価軸として農家の所得⽔準の影響と森林保全状況の変化を設定し、評価⼿順として森林資源の採取・維持管理において各アクターが直⾯したガバナンスの機能障害に注⽬した。評価の結果、農家の所得⽔準の向上に向けた主要なガバナンスの機能障害は、①林地の分散錯圃・低蓄積状態、②伐採規制問題、③林業経験の不⾜、④⼿⼊れ意欲の不⾜、⑤補償⾦のただ乗り問題、⑥拙速な改⾰進捗などにある。森林保全状況に関するガバナンスの機能障害は、①保全より伐採を選択する傾向、②(再)造林の不履⾏、③⼿⼊れの不履⾏の3点である。また、各ガバナンス機能障害に共通する要素をまとめると、①規範ルール(改⾰政策の関するあらゆる規範と戦略の集合)、②経済・政治的条件、③地域の特徴(既存制度、利⽤者の特性)、④ネットワーク構造(情報伝達、対話の場、合意形成、公平性・公開性)、⑤改⾰に対する⽀持度、⑥政策の経路依存性などがある。

3章では2章の課題を引き継いで定量的に改⾰政策の総合的評価を⾏った。その⽬的は、第III期改⾰が⼀国レベルで惹起したインパクトの度合いを計測することである。データとしては、国家統計局によって出版された全国・各省の年鑑資料を⽤い、2003〜2012年、19〜22省のパネルデータを構築した。予測変数を各省の改⾰進捗度とし、⽬的変数を、①農家の⽊材⽣産、②所得⽔準と③造林⾯積とした。計測⼿法の特徴については、観測データに依存する⽋損値の処理、固定効果・ランダム効果の判別と、クラスター頑健⼿法を考慮した。計量モデルについては、①⽊材の⽣産関数、②農家の⽊材⽣産の利潤関数と、③農家の造林⾏動の関数に基づいて構築した。予測変数である各省の改⾰進捗度は、ダミー変数として第III期政策における主体改⾰の前の年を0、主体改⾰の開始年を1、主体改⾰完成の年を2、とおいた。主な結果として、まず改⾰進捗度が農家の⽊材⽣産量に正の効果があることを確認した。その効果は、1省当たりで52万m3の⺠間⽊材⽣産増(2008年江⻄省⽣産量の17%に相当)をもたらした。次に林業への⺠間固定資産投資が農家の⽊材⽣産量と森林経営の収⼊に正の効果があることを確認した。その効果は、林業への⺠間固定資産投資が1億元増えると、1省当たりの⽊材⽣産が約1.4万m3増加し、森林経営の収⼊が約0.1元/⼈・年(全国実質平均値の0.1%)増加すると表現できる。最後に、農家の森林経営の収⼊と造林⾯積への影響はみられなかった。農家の造林⾏動が1990年代末に始まった退耕還林や天然林保護⼯程などの影響をより強く受けた可能性を指摘しうる。

4章では林権をSESFにおける所有権システムの枠組において、実証的に分析した。まず所有権の概念整理およびその構造の概観を⾏った。次に、権利の束論の蓋然性を述べたうえ、⾃然資源の所有権に関する理論的枠組Schlager-Ostrom Framework(SOF)を援⽤・拡張して、中国における林権システムを分析し、林権を、定義・配分、マネジメント・排他・処分、アクセス・収益の権利に構造化した。ここで、マネジメント権を、育林、取引、監督と転⽤の権利、処分権を担保、継承、継続期間と転貸の権利、収益権を直接収益と間接収益権に細分化した。これらの権利の授受について、江⻄省井崗⼭市を事例として、政府側の認識を聞き取り調査から、また農家側の認識をアンケート調査から把握した。その結果、SOFに⽰された権利の重層的関係は農家の主観的認識においては成⽴しないことがわかった。その理由として、政府による林権の制限や、⼀部の農家の林権受権に対する認識と政府の授権認識との間に⽣じていた齟齬が挙げられる。農家の認識する林権は、探索的・確証的因⼦分析により、転⽤型、短期利益型、⻑期利益型(⾃⼰経営)と⻑期利益型(他者経営)の4つの類型に構造化できた。この4類型に着⽬し、調査対象農家を「積極志向」と「保守志向」に⼆分した。⽐較分析により、「積極志向」の農家は村幹部が多く、「保守志向」の農家は補償⾦の受給が多いことがわかった。

5章では経営への改⾰の効果に注⽬し、実証分析によって①個⼈経営のインセンティブへの影響要素と②林業専業合作社の運営状況を明らかにした。

①についてはまず、調査地を4章と同じ井崗⼭市とし、アンケート調査で農家の基本情報、林業の状況、林権に対する認識(4章と同様)、政策要因と経営のインセンティブに関するデータを収集した。次に、村のランダム効果を考慮したロジットモデルを⽤い、上記データの前4者を経営のインセンティブに回帰させた。主要な結果として,より⾃由に⾏使できる直接収益権、転⽤権が経営のインセンティブに正の影響を与えるものの,これらを厳しく規制すると、林地の請負経営権の転貸が発⽣することがわかった。処分権の効果は僅少であり,林業の従事経験の効果が最⼤であり、政策要因としては公益林の指定および関連する補償⾦の影響を除くと顕著な影響がみられないという結果が得られた。林地の分散錯圃状態と⾯積の減少が経営のインセンティブに負の影響があることもわかった。処分権や政策要因が経営のインセンティブに効果をもたない現状を踏まえて、林業技術普及サービスの提供や施策内容を着実に理解させる必要性を指摘した。

②については井崗⼭市に隣接ある遂川県における林業専業合作社の運営実態を調査した。林業専業合作社82社のうち、75社の情報が得られた。そのうち、⽤材林の⽣産・販売サービスを提供する林業専業合作社44社を選び、農家社員数、固定・流動資産、⼟地⾯積、年間売上のデータを⽤いて林業専業合作社の⽣産関数を推定した。その結果、⽤材林合作社では協同経営による規模の経済性がみられず、規模に関して収穫逓減の結果が得られた。その理由は、①株式制の合作社の規模が⼩さいこと、②加⼊割合と加⼊⾯積が低いこと、③⽣産物は初級の中間投⼊要素が多いこと、④社内意思決定の取引費⽤が⾼いことにあると考察した。使途を追跡できる補助⾦⽀援の必要性が⽰唆された。

終章にあたる6章では、2〜5章の課題と結論をまとめ、今後の課題を⽰した。まずSESFを⽤いた総合的評価の結果は⼀般解であるため、局所解を参照した総合的アプローチが必要である。第⼆に、井崗⼭市における林権システムの構造が全国にてどの⼀般性を有するか、またSOFにどのような理論的⽰唆を与えるかの解明には、多くの事例研究を要する。第三に、近年請負経営権をさらに請負権と経営権に分離させる政策の実施が、林権システムの構造をどう変化させたかが課題である。最後に、経営の規模拡⼤を⽬指す政策の潮流に対し、各地域の経営条件を検証することが先決であると指摘した。