社会性アメーバにおける時空間自己組織化過程の定量トランススケール解析
概要
自然界には多数の要素が相互作用した結果として、集団レベルでの動的なパターンを自発的に形成する例が普遍的に観察される。回転螺旋はその代表的な例であり、興奮子を構成要素とした集団において生じる信号波伝播の時空間自己組織化パターンである。信号波伝播の回転螺旋化は、心疾患である頻脈や心室/心房細動などのヒトの生命にかかわる疾患や、癲癇などの重篤な脳疾患とも密接に関連していることから、その形成メカニズムに対する研究が盛んにおこなわれてきた。一般的に、回転螺旋は「伝播波が断片化される」ことによって引き起こされることが、実験的・理論的に示されている。一方で、「どのように自発的な断片化を引き起こしているのか」に関しては、多細胞システムに内在する多様性との関連が示唆されるものの、その関係性は明らかになっておらず、自発的な回転螺旋形成メカニズムは不透明なままである。
そこで本研究では、伝播波の自発的な回転螺旋化を実験的に再現できる多細胞システムのモデルとして、社会性アメーバである細胞性粘菌集団のcAMP波伝播を選択して、回転螺旋の自発形成メカニズムの解明に取り組んだ。細胞性粘菌がどのように波を断片化しているのかという問題に取り組もうと思うと、cAMP波が作り出す数ミリから1センチメートル程度の空間スケールの動態と、その構成要素となっている単一細胞レベルの挙動を同時に観察することが不可欠であった。本研究では、私も共同研究者として開発に携わったトランススケールスコープであるAMATERAS1.0を用いることで、1cm2を超える視野を、単一細胞レベルの空間分解能で、定量的にcAMP発火動態解析することを実現した。この定量トランススケール解析の結果、細胞集団が場の興奮性のマクロスケールな空間構造を自発的に形成していく様子を可視化することに成功した。さらに、この興奮性のマクロ構造が足場になることで、単に波を断片化するだけでなく、波の伝播経路形成と整流を行うことで、効果的に回転螺旋を自己組織化していることを明らかにした。
興味深いことに、この興奮性のマクロ構造を自発形成する過程では、自発的に発火を繰り返すことができる1%以下の細胞群だけではなく、まだ集団としては発火応答しない時間から自発発火細胞に応答できる少数のフォロワー細胞が、重要な役割を担っていることを見出した。そこでは、フォロワー細胞が発火強度を上げることで、その方向に存在する細胞集団の応答を誘導する事が分かり、それは単一細胞レベルでも引き起こせることが分かった。そして、ある局所の細胞集団が一度発火応答を開始すると、発火回数依存的に、その発火感度と発火強度を増幅していくことがわかり、このフィードバックによって興奮性のマクロ構造が形成されていくことを明らかにした。
これまでに、細胞の多様性とマクロスケールなcAMP波伝播動態がいかに連動しているのかという問に対して、様々な仮説が立てられてきたが、観察技術に課題があり、それらの実証は実現されていなかった。本研究によって、この問いに対する実験的な知見を提供することに初めて成功し、その結果、回転螺旋の自己組織化メカニズムに対して、従来議論されてきた仮説とは異なる、新しい解釈を提示することができたと言えるだろう。