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酸化ストレス強度依存的なATP濃度変化に伴う細胞死形態シフトの解析

西田, 卓人 東京大学 DOI:10.15083/0002005177

2022.06.22

概要

【序論】
細胞がストレスを受けた際に誘導される細胞死には大きく分けてアポトーシスとネクローシスがある。アポトーシスは一般的に細胞膜の破綻を伴わない細胞死の形態であるのに対し、ネクローシスは細胞膜の破綻を伴った細胞死である。従って両者は細胞の死という点では同じだが、ネクローシスはアポトーシスと比較してDamage-Associated Molecular Patterns(DAMPs)を含んだ細胞内容物の漏出により強い炎症反応が誘導されるといった点で生体内での意義が異なっている。ネクローシスはカスパーゼといった特定の分子やシグナル伝達により制御されて誘導されるアポトーシスと比べて、強烈なストレスにより誘導される非特異的な細胞死と考えられてきた。ところが近年、ネクローシスの中にもネクロプトーシスをはじめとする特定の分子やシグナル伝達により制御を受ける種類のものが報告され注目を集めている。

当研究室では以前、H2O2を用いてHeLa細胞に酸化ストレスを負荷すると、その刺激強度によって異なる形態の細胞死が誘導されることを報告した1。比較的低濃度(1mM)の刺激ではアポトーシスが誘導されるが、より高濃度(3mM)ではネクローシスが誘導される。また、高濃度のH2O2により誘導されるネクローシスはASK1-p38-NR4A2というリン酸化を介したシグナル伝達により制御されていることも明らかにしていた。一方で、同じ酸化ストレスでも刺激の強度によって細胞死の形態が変化するメカニズムやNR4A2がどのようにネクローシスの誘導に関与するのかといった点は不明であった。酸化ストレスにより誘導される細胞死は神経変性疾患をはじめとする様々な疾患との関わりが指摘されており、この細胞死を制御する分子メカニズムの詳細な解明は関連する疾患の治療戦略の提示にも繋がると考え解析を行った。

【方法・結果】
1.酸化ストレス下における細胞内のNAD+量、ATP量と細胞死の形態には相関がある
序論でも述べた通り、近年様々な種類の制御されたネクローシスが報告されているが、その中でも酸化ストレスにより誘導されることが知られているものとしてパータナトスと呼ばれるものがある。パータナトスはDNA損傷刺激に依存して誘導されるネクローシス様の細胞死であり、DNA損傷時に活性化し、NAD+を基質としてPoly(ADP-ribose)(PAR)を合成するPARPolymerase1(PARP1)の活性に依存して誘導される。高濃度のH2O2刺激により誘導されるネクローシスとPARP1との関係を調べたところ、PARP1の活性化によりNAD+が消費され枯渇することがネクローシスの誘導に重要であることが明らかとなった。また、更なる解析の結果アポトーシス誘導性の低濃度H2O2刺激とネクローシス誘導性の高濃度H2O2刺激とでは細胞内でのNAD+濃度変化が異なることが分かった。具体的には低濃度刺激、高濃度刺激どちらにおいても刺激直後に急激なNAD+レベル低下が生じるが、低濃度刺激の場合でのみNAD+レベルの回復が見られる様になった。さらに細胞内のNAD+レベルをNAD+の生合成前駆体であるNicotinamide riboside(NR)を処置することによって上昇させると、本来ならネクローシスが起こるような高濃度H2O2刺激でもアポトーシスが生じるようになり、NAD+生合成経路における律速酵素NAMPTの阻害剤FK866を処置することにより細胞内NAD+レベルを低下させるような操作を施すと、逆に本来ならばアポトーシスを起こすような低濃度H2O2刺激でもネクローシスが誘導されるようになった。以上のことから酸化ストレスを受けたHeLa細胞では刺激の強度に依存して細胞内NAD+レベル変化に違いが生じ、それによって細胞死の形態が制御されていることが示唆された。

一方で、なぜNAD+の枯渇がカスパーゼ3活性化を抑制するのかは不明であった。NAD+はPARPファミリーなどの基質となるだけでなく、解糖系などを介したATP合成においても重要な働きをしている。加えて細胞内のATP量の多寡によって細胞死の形態がアポトーシスからネクローシスへと変化する例が過去に報告されていた2。以上の知見から酸化ストレス下においても、ストレス強度の違いによって細胞内ATP量に違いが生じて細胞死の形態が変化するのではないかと考えた。実際にアポトーシス誘導性の低濃度、及びネクローシス誘導性の高濃度のH2O2刺激を加えた上で細胞内ATP量の変化を測定したところ、NAD+レベルの時間変化と同じように低濃度のH2O2刺激においては刺激直後に一度ATP量の減少が生じその後回復する変化が見られた一方、高濃度のH2O2刺激ではATP量の回復が見られなかった。

続いてH2O2刺激時の細胞内ATP量の減少がPARP1の活性化によるNAD+の枯渇に依存しているのかを調べる目的で、PARP1阻害剤であるDPQを処置したところ高濃度のH2O2刺激時に見られる細胞内ATP量の減少が抑制された。さらに、NAD+生合成前駆体であるNRを処置した場合、高濃度のH2O2刺激でも細胞内ATP量の回復が見られるようになった。DPQやNRの処置によって高濃度H2O2刺激においてもNAD+レベルが上昇し、カスパーゼ3が活性化しアポトーシスが誘導されるようになることから、酸化ストレスによりアポトーシスが起きるような条件ではネクローシスが起きる条件の時と比べて細胞内ATP量が高くなっていることが分かった。

序論で述べた通り高濃度H2O2刺激により誘導されるネクローシスはNR4A2に依存している。さらに解析を進めると、NR4A2の発現抑制によって高濃度H2O2刺激によるネクローシスの誘導が阻害されるだけでなく、本来失われるカスパーゼ3の活性が観察されるようになることを見出した。一方でNR4A2が細胞死の形態変化に対して果たす具体的な役割については不明であった。NR4A2を発現抑制した時の細胞内NAD+,ATP量変化を測定したところ、NR4A2の発現抑制によって若干ではあるが高濃度H2O2刺激時の細胞内NAD+,ATP量の上昇が確認された。このことからNR4A2は高濃度H2O2刺激時に細胞内のNAD+,ATP濃度を下げることで細胞死の形態をネクローシス寄りに変化させていることが示唆された。

2.高濃度のH2O2刺激では内因性のアポトーシス誘導経路が阻害される
高濃度のH2O2刺激時にアポトーシスが抑制されるメカニズムとして、細胞内ATP量の低下が示唆されたが、ATP量の低下がなぜアポトーシスの誘導を抑制しているのかは不明であった。そこで高濃度H2O2刺激時にはアポトーシス誘導のシグナル伝達におけるどのポイントが抑制されているのか解析した。アポトーシスが誘導される経路には大きく分けてDeathReceptorシグナルにより誘導される外因性経路と、ミトコンドリアからのシトクロムcの放出などに依存する内因性経路が存在する。それぞれカスパーゼ8とカスパーゼ9がイニシエーターカスパーゼとして重要であることが知られているため、それぞれのノックアウトHeLa細胞をCRISPR-Cas9システムにより作製した。作製したHeLa細胞にH2O2刺激を加えたところ、アポトーシス誘導性の低濃度H2O2刺激ではカスパーゼ8ではなくカスパーゼ9のノックアウト細胞でカスパーゼ3の活性化及び切断が減弱した。このことからHeLa細胞において低濃度のH2O2刺激依存的に誘導されるアポトーシスは内因性経路に依存することが分かった。更に刺激強度を変えた時の各カスパーゼの切断に注目すると、高濃度のH2O2刺激ではカスパーゼ9の切断が抑制されていることが分かった。以上のことから、高濃度のH2O2刺激によるアポトーシスの抑制は、内因性経路におけるカスパーゼ9の切断よりも上流のイベントで生じていることが示唆された。

【総括・展望】
本研究において私は、酸化ストレス刺激下ではその強度によって異なる細胞内ATP量変化が起こることを見出し、その違いによって細胞死の形態が変化する可能性を示した。また、酸化ストレス刺激下での細胞内ATP量変化は、PARP1の活性化によるNAD+の消費が重要な役割を担っていることが示唆された。これまでに酸化ストレス強度依存的な細胞死形態変化の制御を担うが、その具体的な役割が不明であったNR4A2に関しても細胞内NAD+,ATP量の制御を介して細胞死の形態を変化させることが示唆された。

更に高濃度H2O2刺激時にアポトーシスが抑制されるメカニズムとして、アポトーシスの内因性誘導経路のうちカスパーゼ9の切断よりも上流のイベントが抑制されていることが分かった。このイベントとしてはミトコンドリアからのシトクロムcの放出や、それに引き続いて起こるアポプトソームの形成が考えられる。興味深いことにアポプトソームの形成にはATPが必要であることが報告されており3、このステップが高濃度H2O2刺激では抑制されている可能性がある。

序論でも記した通り、酸化ストレスにより誘導される細胞死は神経変性疾患などの疾患との関わりが指摘されている。またPARP1の活性に依存したネクローシス様の細胞死は特にパータナトスと呼ばれており4、PARP1ノックアウトマウスの表現型解析からパーキンソン病の発症などとの関連が指摘されている。一方でNR4A2とPARP1依存的な細胞死との関わりを示した報告は存在せず、本研究はPARP1依存的細胞死の分子メカニズムに新たな知見を与え、関連する疾患の治療標的の提示にも繋がると期待される。興味深いことに、過去には神経細胞内のATP量を保つことによってパーキンソン病の発症を抑制できるという報告がなされている5。アポトーシスとネクローシスは炎症誘導性という観点から性質の異なる細胞死であり、神経における炎症が神経変性疾患の病態発現に寄与するという報告もあるため、細胞内ATP量の制御による細胞死形態の制御はこのような疾患の治療標的にもなり得ると考えられる。

参考文献

[1] Watanabe T et al., J Biol Chem. 2015.

[2] Eguchi Y et al., Cancer Res. 1997.

[3] Kim HE et al., Proc Natl Sci USA. 2005.

[4] Fatokun AA et al., Br J Pharmacol. 2014.

[5] Nakano M et al., EBioMedicine. 2017

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